16.ブラザーコンプレックス
気がついたらオレは病院にいた。左腕にでっかいギプスをはめた状態で。
「お、グンマ、気がついたみたいだな。んじゃ、家に帰んぞ」
意識が戻るなり、そこにあったのは見慣れた兄貴の顔。雨で服がぐっしょり濡れていること以外には、まったく無傷のようである。「ぎょ、魚人は……!?深海族は!?」聞くまでもなくわかりきっているのに、聞かずにはいられなかった。勢いよくベッドから起き上がったせいで、身体に痛みがはしる。
「あー、まぁ倒したよ」 「そっか……そうだよな……ジェノスは!?」 「あいつもひでー怪我?だけどまあ、大丈夫だ。今は例の博士のとこだろう」 「そうか、よかった……」 「あのなぁ、グンマ、」
オレがようやくホッとしていると、兄貴は呆れたような表情になった。腕を組み、眉を寄せる。
「自分のこともちょっとは心配しろよ。たまたま単純骨折だけで済んだからよかったものの、死んだっておかしくなかったんだぞ?」 「うん、ごめん……」
弱いから出しゃばるな。 ソニックさんに言われたように、兄貴がそう言ってくれたらただ悔しいという感情を抱くだけで済んだだろう。だが兄貴が本当にオレのことを心配してくれているのがわかって、申し訳ない気持ちになる。
「最初から兄貴に任せとけばよかったんだよな。実際あれだけ皆が苦労した怪人を兄貴はあっさり倒しちゃったんだし」 「まぁその…なんだ、その話は置いとけ」 「?」
妙に歯切れの悪い兄貴を不思議に思いながらも、それ以上つっこんで話したくないのはオレも同じ。元々兄貴は手柄を自慢するようなタイプでもないし、事件が解決したならそれでいい。 兄貴に助けられながらベッドから降りて、骨折以外にもあちこち打撲していることがわかった。
「っ、ちょ、兄貴もっと優しく!」 「わかってるって。でもお前、どこ支えても痛がるんだからしょーがねーだろ」 「痛だだだ!ほら、言ってるそばから!」 「あーもうめんどくせぇな」
口ではそう言いつつ、兄貴はくるりと背中を向けてしゃがんだ。「乗れよ」「は?」もちろんその動作の意味はわかる。わかるが、受け入れ難い。いくら怪我人で弟とはいえ、オレは22にもなる成人男性なのだ。
「おんぶしてやるって言ってんだよ」 「いやいやいや、流石にそれは無理」 「俺だってやなんだよ。野郎をおんぶしてもなんも嬉しくねーし」 「まぁ胸当たるとかないしな」 「わかってるなら、早くしろ。置いてくぞ」
兄貴に急かされ、恐る恐る体重をかけてみる。濡れた服の感触がひんやりして気持ち悪かったが、すぐにそれは体温に混じって気にならなくなった。 首に無事な方の腕を回し、あんまスピード出すなよ、と言ってみれば、おう、と返事が返ってくる。
「兄貴の背中って、別にそれほど大きくもないよな」 「乗っておいてそれか」 「だって見た感じムキムキでもねぇし……」
イメージ的に病院の窓とかから外へ出るのかと思っていたが、兄貴は案外普通にオレを背負ったまま廊下を歩く。そりゃそうか。 お陰でいろんな人に情けない姿を見られたが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。兄貴の背中は特別大きくはないが、オレにとって安心できるものだ。今更ながら深海族のことを思い出して、身体が震える。
「……兄貴、ありがとな」 「おう、気にすんな」 「……」
おんぶくらいで、なんでこんなに涙が出るんだろう。これ以上水は吸えないだろうと思っていた兄貴のマントに、後から後から無限に染み込んでいく。
「……オレも兄貴みたいに、強くなりてぇよ」
最強の兄貴は自慢で、憧れである一方、自分の不甲斐なさが際立つようで辛かった。お互い別の道を歩いていたときは気にならなくても、今ヒーローという同じ立場にいる以上どうしても気になる。 とうとう嗚咽まで漏らし始めたオレだったが、兄貴は気づかない振りをしてくれた。
「おいおい、お前までジェノスみたいな事言うなよ」 「……そう、だな。オレも自分で言ってジェノスっぽいって思った」 「あいつも今回しきりに油断したーって言ってたから、元気になったらまた修行修行うるせぇだろうな」 「その感じならきっとオレもさせられそうだ……」 「じゃあそれまでにしっかり食って怪我直せよ。うどんでも食いに行くか?」
兄貴の優しさがどこまでもこそばゆい。オレは泣いてしまった照れ隠しも込め、右腕に力を入れて兄貴の首を絞めるマネをした。
「どうせならもっと栄養あるもん食わせろよ、焼肉とか」 「バッカ、金がねーんだよ」 「ヒーローなのに?」 「ヒーローだからだよ」
その返事におかしさがこみ上げる。兄貴らしいなぁ、と嬉しくなった。
「そっか、じゃあうどんでいいや。大盛りで」 「まかせろ」
腹がいっぱいになったら、それでもう幸せだ。
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