15.俺らのジャスティス
「また油断……俺も学習が下手だな」
オレがたどり着いたときにはもう、ジェノスはぼろぼろの状態だった。片腕はちぎられ、顔の半分も表面の装甲がはがれてしまっている。彼がサイボーグと頭ではわかっていても、その光景にはぞっとさせられた。
「ジェ、ジェノス、大丈夫か!」 「グンマさん!?来てはいけません!ほかの者も、シェルターから逃げ出せる者は今すぐ行け!俺が勝てるとは限らない!俺が奴の相手をしているうちに行け!」
見れば他にも、ヒーロー名簿で見たことがある顔がちらほら転がっている。S級でも勝てないのかという恐怖と絶望がシェルター内を包み、やがてそれは混乱に変わった。「に、逃げ……」誰かがそう呟いたのをきっかけに、一斉に走り出す人々。しかし中には足が竦んで動けなくなってしまう者もいた。そしてオレは情けないことに後者の部類だった。
「一匹もぉぉぉ逃がさなぁぁぁぁい!」
魚人が一体何の目的で、逃げる市民までもを追うのか知らない。だが奴の叫びに呼応するようにジェノスが──負傷してボロボロになっているジェノスが、迷うことなく魚人に立ち向かっていった。「グンマさん!何をしてるんです!」怒鳴るようなジェノスの大声にハッとする。ようやく呪縛が解けた。そうだ、オレは……オレにできることは……。
「こっちだ!早く!」
激しい戦闘音に負けじと声を張ると、硬直していた人々が一斉に眉をしかめて耳を覆った。しかしオレがジェノスの声で動けるようになったみたいに、他の人々も動き始める。
「大丈夫だから早くこっちに!子供の手は離すな!」 「ちっ、煩い子ねぇ、頭が痛くなったじゃない」 「歌じゃないだけマシだ!くらえ!」
声を張り上げたことで、オレは嫌でも魚人の注目をひいてしまう。一瞬、目が合った時は冷たいものが背筋を伝ったが、ジェノスが攻撃を重ねて魚人を引き留めてくれていた。あれこそが、本来あるべきヒーローの姿だ。けれども、
「がっ……がんばれ、お兄ちゃーん!」 「あぁ鬱陶しい。ガキは溶けてなさい」
あっ、と思った時には遅かった。オレが手を伸ばすよりも早く、到達した魚人の唾。市民の避難はオレの責任だったのに、少女を庇ってそれを浴びたのはほかの誰でもないジェノスで──
「っ……ジェ、ジェノス……」 「まさかガキを庇って自滅するなんてねぇ」
唾は強酸性だったのだろうか。今や両腕を失い、背中の構造がむき出しになるほど溶けてしまったジェノスの身体が、魚人によって壁に叩きつけられる。そしてオレはなすすべもなくそれを見ていた。「や、やめてくれ……」声にならない呻きが洩れる。ヒーローがどうこうではなくジェノスは大切な友達なのに、オレは彼がやられるのをただ見ていることしかできなかった。
「死ね」 「ジャスティスクラッシュ!」
今度こそやられる──そう思った瞬間、どこからともなく魚人に自転車がぶつけられた。「正義の自転車乗り、無免ライダー参上!」思わず息を呑む。新たなヒーローが現れたことに希望が蘇ったが、しかしそれはすぐに霧散して消えた。彼もまたオレと同じC級。たとえ1位でも勝ち目はない。「よ、よせ!」ジェノスが制止をかけたが時既に遅く、そのことはすぐに証明された。
「もう飽きたのよ」
「うう……期待されてないのはわかってるんだ」
「俺じゃB級で通用しない……自分が弱いってことはちゃんとわかってるんだ!」
「俺がお前に勝てないなんてことは、俺が一番よくわかってるんだよッ……!」
やられてもやられても立ち上がる彼の姿に、胸に熱いものがこみあげる。彼の言葉は全部オレにも突き刺さった。
「それでも俺しかいないんだ!勝てる勝てないじゃなく、ここで俺はお前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!」
そしてその言葉を聞いた時、オレは魚人に向かって一直線に走り出していた。「うおぉぉぉぉ!」勝算なんてあるわけねぇ。人々が無免ライダーさんを応援する声がどこか遠くの出来事のように聞こえる。でもオレはここで応援する側に回りたくなかったのだ。それだけはしたくなかった。
「なによ、こいつ」
振り返った魚人に、奇跡的に拳が当たった。いや、避けるまでもなかっただけのことだろう。殴ったオレの手の方が痛いなんて、ほんとにどうかしている。 無免ライダーさんもふらふらになりながら魚人に殴りかかった。二人で、死ぬ気で魚人を殴る。それを奴はハエか何かを見るようにしばらく眺めていたのだった。しかし、
「残念、無──」
最後まで言葉は聞き取れなかった。おそらく殴られて吹っ飛ばされたのだろうが、やたら周りの景色がゆっくりと見える。 そしてその静止した時間の中で、同じく吹っ飛ばされた無免ライダーさんを支える人物の姿が見えた。オレは無意識のうちに微笑む。
「遅せぇよ……兄貴……」
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