14.それはサウンドアーギュメント
C級の週1活動のノルマはやはりなかなかに厳しいものだった。その結果、毎日のようにオレも兄貴もわざわざZ市から遠く離れた市まで出向いて何かしらの問題を探す始末。 それでも実力のある兄貴は着実に怪人を倒し、いつのまにかC級2位まで上り詰めていた。
そしてそんな折だ、J市で深海族と名乗る連中が暴れだしたのは。
「現在たまたま居合わせたA級ヒーローが一人で戦いを挑むも、苦戦中とのことです」
S級のジェノスに出動要請がかかるくらいだから、相当強い怪人なのだろう。すかさずオレがニュースをつけると、案の定緊急速報として流れていた。災害レベルは虎。決して近づかぬように市民に訴えかけている。しかしオレ達はただの市民ではない。
「……行くか。こりゃあダッシュで行くしかねーな」 「はい、先生!」
強敵と聞いて真剣な顔になる兄貴。でも、どことなくその瞳が生き生きしているように見える。オレとしては本音を言えば怖かった。兄貴やジェノスとは違ってオレは強いわけではない。だが、これでもヒーローのはしくれだ。 戦えなくても避難者の誘導くらいはできるだろう。
ま、いざとなったら兄貴とジェノスがいるし大丈夫だよな……。
「兄貴、オレも行く!」 「よっし、じゃあ行くぞ!」
けれどもオレの他力本願なこの考えは、言うまでもなく甘かった。 というのも兄貴は「ダッシュで」と言ったのだ。緊急事態にまさかオレの速さに合わせるはずもなく、それは当然ジェノスも同じ。
「か、完全にはぐれた……というか置いて行かれた……」
Z市外へ出ないうちから、オレは途方にくれるハメになったのだった。
▼▽
「おい、貴様は、」
普段は無免ライダーさんと被るので、パトロールには使っていなかった自転車。 それを死に物狂いで漕いでようやくJ市に入ると、不意に頭上から声をかけられた。
「待て、貴様サイタマの弟だろう。今からJ市に向かうなんて馬鹿なのか?」
慌ててブレーキを踏めば、雨でタイヤが滑って勢いよく転んだ。思わず痛みに呻いていると、目の前に人影が立つ。
「ふん、相変わらず無様だな。貴様とは因縁があるが、流石に殺す気も失せるぞ」 「いてて……その声はソニックさ……ん?んんん!?」
相変わらずの高圧的な物言い。それはよしとしても、顔を上げたオレは彼の姿に目を見開いた。「なっ……へ、変態!」理由は知らないし知りたくもないけど、ソニックさんは全裸だったのだ。
「ちょ、なんなんですか!なんで裸なんすか!」 「うるさい奴だな。男同士だ、構わんだろう」 「そ、それは銭湯だったらの話です!」 「それより貴様も早く避難しろ。オレが装備を整えて戻って来るまで、あの魚人が大人しくしているとは思えん」 「魚人……?まさか、」
ソニックさんは既に深海族に会ったのか。そして装備を取るためとはいえ、強いはずの彼が一時退却を強いられている。「……あの、その魚人はどこに?」自転車を起こしたオレがそう尋ねると、彼は驚いたような顔になった。
「は?それを聞いてどうする?まさか行くんじゃないだろうな」 「一応そのつもりですけど……」 「貴様そんなに死にたいのか」 「死にたくないっすよ。でも、オレもヒーローなんで」 「ヒーロー?貴様が?」
オレは言うだけ言って、歯を食いしばった。きっと笑われるだろうと思ったからだ。たとえきっかけは自ら志したものではないにしろ、この数ヶ月間ノルマを達成するため人々を助けてきたというささやかな誇りがある。それを一笑にふされると思うとやはり耐え難い。 しかし案に相違して、ソニックさんは笑わなかった。代わりに真剣な表情で「馬鹿が」と吐き捨てた。
「貴様ごときが行ってなんになる」 「……」 「思い上がるな、貴様のやってるのは正義ごっこだ。貴様の力では誰も守れない」
ソニックさんの言葉は正論過ぎて、何も言い返せなかった。 薄々自分でも思っていたことだが、フルチンの男に説教されると想像以上にこたえた。つらい、つらすぎる。せめて彼が服を着ていてくれたらどれほど救われたことだろう。
「ま、貴様が死のうが俺には関係ないからな。好きにするといい、魚人はあっちの方角だ」 「……ありがとうございます」
オレはそれだけ言うと自転車にまたがる。ペダルを漕ぐ。
雨がアスファルトにぶつかる音が、やけに大きく響いて聞こえた。
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