13.デスボイス ・パニック
Side サイタマ
一通りパトロールを終えて帰宅するなり、玄関先から飛び出してきたグンマと思い切りぶつかる。 当然俺はびくともせず、すっころんだのはグンマのほうなのだが、なにやら様子がおかしい。
「おい、どうしたんだよ、あぶねーだろ」 「あ、兄貴!大変なんだ、ジェノスが!」 「ジェノス?一体何が、」 「いいから来て!」
一体何なんだよ、とは思いつつ、こんな慌てたグンマを見ることは滅多にないから心配になる。もし怪人が現れたとしても、ジェノスなら余程のことがない限り大丈夫なはずなんだけど……つーかここ俺の家だし流石に室内に怪人はないよな。 引っ張られながらもギリギリ靴を脱ぐことに成功した俺は、部屋の中の光景に一瞬呆気にとられる。 一体ここで何が起こったんだ?
「ちょっ、なんだよこれ!誰だ壁に穴開けたの!」
いくら壁の薄いアパートとはいえ、普通に生活していたらこんな大きな穴が開くはずもない。穴はちょうど俺の部屋とグンマの部屋の間の仕切りをとっぱらった形に空いていて、ポジティブに考えれば部屋が広くなったように感じ……るわけないだろ!酷過ぎる! しかもそれだけでなく、部屋の中央には固く目を閉じたジェノスが転がっていた。
「グンマ、説明しろ」 「ジェノスが暴走しちゃって、それでさっき自力で強制ログオフしたみたいなんだけど、でも壁が!」 「待て落ち着けって。暴走ってどういうことだよ」 「オレたち、歌の練習をしてたんだ。でもジェノスがもっと腹から声出せってしつこくて、それでオレもイラッとしちゃって大声で歌ったらジェノスの様子がおかしくなって……」 「すまん、全くお前が何言ってるかわかんねーわ」
とりあえずジェノスを起こすのが先だ。気絶しているのなら水をぶっかけたいところだが、流石にサイボーグなので躊躇われる。
「おい、ジェノス。大丈夫か、起きろ」
声をかけてみるが応答なし。「どうしよう、オレのせいだ!」ますますパニックになる弟がちょっとウザくなったきたところだが、まあ我慢した。
「おい、ジェノスってば」
電化製品は今まで大概叩いて直してきた俺だ。仕方が無いのでかるーくかるーく頬を叩いてみる。 するとやはり効果があったのか、妙な機械音のあとにジェノスが目を覚ました。
「先生……?」 「あぁ、よかった!マジでビビった!ジェノス、無事なんだな?」 「ええ、すみません。問題は解決しました。グンマさんこそお怪我は……」
そう言って起き上がったジェノスの視線が、無残にも空いてしまった壁の穴を捉える。サイボーグでなければ、きっとわかりやすく青ざめていたことだろう。
「す、すみません!なんてことだ……これは俺が責任を持って修理します!」 「おい、その前に何があったか説明しろって」 「え、あ、はい……事の発端はまず、俺がグンマさんの歌手デビューの一歩としてファーストシングルを作詞作曲したところから始まるのですが、歌詞の確認をして頂き、グンマさんにもOKをもらったこの歌は俺自身、良い出来だと思える作品です。そこまでは良かったのですが、いざその歌を練習する段階になってグンマさんの歌唱力が予想していたレベルよりはるかに低い状態であることが判明し、仕方なく本腰をいれてレッスンをしていたら」 「あーもう20文字!」
「音痴過ぎる歌のせいで神経系統にバグが発生」 「ちょ、そんな言い方……」 「まじか!どんだけ下手なんだよ」
にわかには信じられないが、流石にこんな無意味な嘘はつかないだろう。俺はドン引きしてグンマを見る。昔から下手だとは思っていたが、もしかしなくても悪化しているらしい。もしくは、体力をつけて腹から声がでるようになったせいでもあるかも。
「グンマ、お前もう二度と歌うんじゃねーぞ。いいな?」 「いやいや、いくらなんでもオレのせいじゃないって!」 「グンマさん、俺もクセーノ博士に改良を頼んではみますが、まずその壊滅的な歌の下手さを自覚してください。災害レベル虎……いや、鬼と言ってもいいくらいです」 「そんなに!?オレ災害なの!?」
ジェノスの容赦ない物言いに、ショックを露わにするグンマ。だがそこまで言われると、怖いもの見たさで聞いてみたくもなる。 それに、実はジェノスが作詞作曲したという歌の方も少し気になっていた。
「あ、もしかして歌ってこれか?」
俺は落ちていたノートを拾い上げ、何気なく中身に目を通す。「ど、どうですか?」ジェノスが珍しく上ずった声を出した。が、これは……
「うん……ジェノスも作詞作曲禁止」
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