12.ラブ・イズ・オーバー
体力測定22点という惨憺たる結果とはいえ、以前に比べれば確実に体力はついた。 単純な筋力もそうだが、歌手になるという無茶ぶり設定のせいでランニングを集中的にやっていたため、特に持久力や肺活量が強化されたような気がする。
「筋力はいざとなればクセーノ博士に頼めばいいですからね」
暗にサイボーグ化を示唆してくるジェノスだが、彼もまずは持久力をつける方針で固めたようだった。今では走る距離を少しずつ伸ばし、日に20キロは走るようにしている。まぁ、ヒーローにあるまじき考えかもしれないが、走るのが早かったら強すぎる怪人に出くわしても逃げられるしな。
そしてC級になったオレにはもう一つ忘れずにやらねばならないことがあった。
「よーし、どっかに悪者いねーかな」
世の中が平和なのはいいことである。が、いつ除籍されてもおかしくないオレとしては、あまり平和すぎるのも考え物である。ヒーローが悪を望むなんてむちゃくちゃだが知るかボケ、こんな仕組みが悪いんだ。 とはいえ今のオレに解決できる事件など限られていて、今日の働きはお魚くわえたどら猫を確保し、裸足で猫を追いかけていた主婦に返却したくらいだ。正直こんなしょーもないことしかしていないが、見てくれている人は見てくれているようで未だ除籍される気配はない。とりあえずノルマはクリアかなーと機嫌よく帰宅すれば、ノートを開いたジェノスが何やら一心不乱に手を動かしていた。
「なにしてんの?また兄貴の観察?」
それにしては今兄貴はここにいない。オレと同じでノルマをクリアするため、パトロールにでも行っているのだろう。まぁ、たとえ兄貴がいなくても予習復習を欠かさないジェノスのことだから、些細なことでも書き留めているのかもしれない。「あ、グンマさん」いつもなら人の気配に敏感なはずのジェノスが、オレに声をかけられてようやく気が付いたようだ。それほどまでに集中していたのか。顔を上げた彼は、少し驚いたような表情になる。
「ちょうどいいところに帰ってきましたね。ついに完成したんですよ」 「え、何が?」 「デビュー曲です、グンマさんの」 「は?」
待て待て、こいつ真顔で何言ってんだ? 突然のことに頭が真っ白になるが、オレはまだ改造されていないはずなのでバグが起きたわけではない。むしろバグっているのは当たり前のように作詞作曲しているジェノスのほうだろう。 しかし彼はこちらの混乱など全く気にせず、見てください!とわりと自信に満ち溢れた顔でノートを近づけて来る。半ば押し切られるようにしてそれを受けとったオレは、まずタイトルに目を走らせた。
「強さの、頂点……」
あーなんだかすっげー嫌な予感がする。人のセンスにあれこれ言える立場ではないが、これはダメだろ無理だろ。これがもし他の奴が書いた物だったら笑いのネタにできるんだが、ジェノスが大真面目にこれを書いたのはわかりきっている。楽譜の読めないオレは苦笑いしながら、歌詞の部分に目を通した。
「えーと…… 『絶対的なその力 秘密はどこにあるのだろう たとえ世間が知らずとも 正義はきっとここにある you are the hero! どんな強い敵でも you are the winner! 絶対負けやしない あぁ目指すべきその背中 今はまだ遠いけど あぁいつか絶対に たどり着いてみせるから hero!hero!hero!』」
「どうですか?まだ1番しか考えられていないんですが、せっかくだし、グンマさんにご意見を聞いてみようと思いまして」 「……うん、これ兄貴のことだよね」 「やっぱりわかりますか!」 「わかるもなにも……」
もうこの子怖い。どんだけ兄貴を崇めてるんだよ。しかもこれオレが歌う前提で書かれてるんだろ?もうお前自分で歌えよ。オレ恥ずかしいわ。 だがジェノスはすっかり自分の世界にいるらしく、オレがドン引きしていてもまったく気が付いていない。
「グンマさんがいいと言ってくださるならこれで決まりですね!」 「え、いや、オレは一言もいいとは……」 「じゃあ早速歌ってみましょう。できることなら先生がいないうちに練習してお披露目したいんです」 「いや、だからさ、ジェノス、」
だめだ聞いちゃいねぇ。お披露目したいってもうこれただのサプライズじゃん。誰も幸せになれないけどさ。 これを歌わされるオレも可哀想だが、弟と弟子に謎の歌で称えられる兄貴にも同情する。こんなんされたら絶対恥ずかしい。
「それじゃあ俺がまず歌いますから、ちゃんと続いてくださいね」 「うん……」
Z市の中でも、この近辺には特に人が住んでいない。 オレが今日ほどこのことに感謝した日はないだろう。
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