解散宣言
- ナノ -



10.ヒロイズム・ブルー

「グンマさん、何してるんですか」
「げっ!ジェノス!」

もはや強制的に日課にされたランニングの途中、ちょーっと疲れたので休憩していたら鬼監督ならぬ鬼サイボーグに注意される。最近はジェノスもオレにかかりきりというわけにもいかず、一人でトレーニングに励むことも多かったのだが、まずいところを見られたせいでまた監視付きの生活に戻ってしまうかもしれない。
オレは誤魔化すように笑みを浮かべて頭をかいた。

「いや〜ちょっと靴紐がほどけちゃって、それを直してたんだよ」
「そうですか、かれこれ10分ほどそうなさっているように思いましたが、余程高い技術で結びなおされているんですね」
「……ジェノス、いつから見てたんだよ。性格悪いな」
「見られていなければサボるグンマさんのほうが性格も悪いし根性腐ってますよ」
「ボロクソだな……」

そりゃ確かに靴紐が〜なんてのは言い訳だが、10分休憩くらい取ったっていいじゃないか。だいたいトレーニングを始めてもう2か月近く経つ。兄貴が昔やってたのと同じメニューはあの強さの秘訣としては軽すぎるように思えるが、一般人がいきなり始めるには苦しいものだ。まず続いているだけでも褒めてほしい。

「グンマさんはあの先生の弟なんですから、十分強くなる可能性があります。俺は期待してるからこそグンマさんに厳しくするんですよ」
「それは嬉しいけどな、そもそも強くなりたいわけじゃないから困るんだよそんなこと言われても。趣味でヒーローやってる兄貴とはどうしてもモチベーションがなぁ……」

せめてヒーローが人気者で、絶対にちやほやされる存在なら憧れたかもしれない。もちろん、中には人気でファンクラブさえ持つヒーローだっているし、助けられた人々はヒーローたちに感謝もしているだろう。
だがZ市に飛来した隕石事件の時、兄貴はZ市を救ったにも関わらず人々から糾弾された。最初こそオレとジェノスとで必死に悪者にされていることを隠していたが、結局隠し通せなかったのだ。あのなんとかいうタンクトップ筋肉馬鹿のせいで。

あの時、ジェノスはたまたまいなかったが、オレは兄貴と一緒にいた。一緒に居ながらにして何もできなかった。本当は感謝されてしかるべきなのに、人々から言いたい放題にされる現実。悔しかった。ヒーローになったってこんな奴ら絶対守ってやらねーと思った。

でも、兄貴は違った。最初から趣味だと言っていただけあって、人気者になるためにやってるんじゃねーと逆に言い返した。
果たしてオレにはあんな覚悟があるだろうか。あんなにかっこよくなれるだろうか。たとえ人気者になりたいわけじゃなくたって、酷い言葉を投げつけられるのは嫌だ。怖い。

オレは少しづつ復興の兆しを見せ始めたZ市を見ながら、小さく溜息をついた。

「なぁジェノス、お前もほんとはヒーローになんて興味ないんだろ?」
「そうですね。俺の目的は悪のサイボーグを破壊することですから」
「だったら、別に無理に人助けなんてしなくてもいいんじゃねーか?」
「……何が言いたいんです?」
「なんかさぁ、ヒーロー間の足の引っ張り合いとか色々見てたら、一体どれだけの奴が本気で人助けの為にヒーローやってんだろって思っちゃって」

もしかして実のところクソ真面目にヒーローやってるのは兄貴くらいのものではないだろうか。オレだって、たわいもない嘘からヒーローを目指して(?)いるわけだし、ヒーローになれば一応給料が出る。今のところバイトで食いつないでいるオレにとってみれば、これは新たな就職活動でしかない。

「そうですね、完全なる善意で活動を続けている者はごく一部ではないでしょうか。綺麗な憧れだけで続けられる仕事だとは思えません。富や名声を目当てになる者やオレのように怪人や悪に恨みをもつ者が大半でしょう」
「……やっぱそうだよな」
「失望しましたか?」
「……」

ジェノスに言われて気付かされた。オレは失望するくらいにはヒーローに憧れていたのか。3年前、兄貴がヒーローをやると言った時にはふーんくらいにしか思わなかったくせに。

「ヒーローも楽じゃないよなぁ……」
「そうですね。思っていたよりしがらみが多い気がします。でも、」

ジェノスはそこで一旦言葉を切った。

「結局肝心なのはグンマさんがどんなヒーローになりたいかですよ」

サイボーグだからか、普段はあまり表情を変えないジェノス。そいつが今、確かにうっすら微笑んで見せた。

「そうだな……」

兄貴といい、こいつといい、どうしてこうオレの周りのヒーローはかっこいいんだろう。同じ男として情けなく、半分感動、半分凹みながらオレは頷く。サボってないで頑張ってみるか。

「そうと決まれば、早速今日はメニューを倍にしましょう」
「えっ」

いくらなんでも、それはいきなりすぎる。
ジェノスのとんでもない一言のせいで、せっかくじんわりと押し寄せていた感動の波も血の気もさあっと引いてしまった。

「まじでヒーローも楽じゃないな……」