09.才能オーバーフロー
いくら壁のうすーい激安アパートとはいえ、自宅にまでソニックさんを連れていくのはまずい。住所がバレるのもそうだし、暴れられて破壊なんてされたらたまったもんじゃない。
というわけでオレは兄貴に電話をかけて来てもらうことにした。せっかく無駄な嘘までついて兄貴を家に引き留めたのに酷いザマだ。だが今のジェノスにかけたら「ヒーローとしての第一歩です。まず自力で立ち向かってください」とかスパルタすぎることを言われそうだからやめた。
「も、もしもし兄貴……」 「お?グンマ、どうしたんだ?」 「あのさ、今すげーピンチなんだけど兄貴助けて」 「怪人か?」 「いや、怪人って言うか……」「代われ」
一体なんて説明するか。忍者の恥ずかしい姿を見たら逆恨みされて、兄貴が強いって言ったら兄貴共々倒してやると言われました?こんなこと言ったら意味不明過ぎて絶対来てくれない。しかし迷っていたら、携帯を強引に奪われた。
「よく聞け、貴様の弟の命は預かった。助けたければ今から言う場所へ来い」 「は?」
そりゃそんな反応にもなるわな、と兄貴に同情していたが、ソニックさんは構わず場所を告げる。「兄貴、まじだから絶対来て!!!」このままだと悪戯だと思われそうだったので、オレもあらん限りの大声を出した。
「……っ!!」
その瞬間、ソニックさんは思い切り眉をしかめて耳を押さえた。しかもそれだけでなく、少しふらつく。「くっ……お前!」あ、もしかして耳キーンってなった感じ?確かに至近距離で大声を出したのはまずかったかもしれないが、大げさではないだろうか。
「……なるほど、貴様もただ者ではないようだな」 「へ?何が?」 「まぁいい。俄然兄貴のほうも楽しみになってきたぞ」 「は、はぁ……」
なんだかよくわからないが、触らぬ神に祟りなし。オレは兄貴が来てくれることを祈りつつ、大人しく待つしかなかった。
▼▽
「くくく……ふはははははは」
オレの必死の祈りが届いたのか、ちゃんと指定された場所に来てくれた兄貴。 だが、そんな兄貴を見るなりソニックさんは壊れたように笑い出した。ほんとにこの人情緒不安定で怖い。けど、いくらなんでも失礼過ぎる。
「あの、ソニックさん、ハゲてるからって一目見て笑うのは流石に……」 「お前の勘違いのほうがひでーよ!」 「ふははは、まさかこいつの兄貴があの時のハゲだったとはな、面白い」 「くっそ、どいつもこいつも! ん?でもお前どこかで……あ、えーとなんだっけ、そう、関節のパニック!」 「音速のソニックだ!」
関節のパニックって酷い間違いだな、と思ったが、それよりもこの二人に面識があることのほうに驚いた。一体いつの間に知り合ったんだろう。なんでもいいけど、早く兄貴に倒されて欲しい。ソニックさんは兄貴に出会えたことで、かなり上機嫌──わかりやすく言えばやる気まんまんだった。
「Z市に隕石を破壊した男がいると聞いてな。そんなふざけた芸当ができるのはサイタマ、貴様ぐらいのものだろうと思って来てみたのだが、まさかこんなに早く出会えるとは」 「一体何の用だ?それとオレの弟がどうかしたのか」 「弟はついでだ。今日こそ貴様を殺す!」 「いや、別に俺お前と戦う理由ねーし」 「死ね!」
その言葉とともに、消えるソニックさん。いや、正確には早すぎて見えていないだけだ。ネーミングセンスから内心ちょっと馬鹿にしていたが、やはり音速の、というのは伊達じゃない。
「ま、兄貴には関係ないんだけど」
次の瞬間、どさっ、と音がしてソニックさんが地面に叩きつけられる。「よくわかんねーけど、グンマは返してもらうぞ」兄貴の手の形からして、どうやらチョップをしたらしい。まぁソニックさんは怪人ではないし、このくらいが妥当だろう。
「さっすが兄貴!大好き〜!」 「やめろきもい。つーかジェノスは?」 「知るかあんな奴。パトロールとか言ってどっか行った」 「へぇ、S級なのに偉いなジェノスは。じゃあ俺もパトロールでもすっか」 「あ、いや、今は……」 「くっ……サイタマ、やはり貴様は強い……今日のところはこの程度にしておいてやろう」
憐れソニックさん。だが、兄貴のチョップを食らって、ふらふらながらも立ち上がったのはすごいと思う。
「だが、次こそは!次こそは貴様の息の根をとめてやるからな!」 「あ、うん。頑張って」 「弟よ、貴様もだぞ!いいな!」 「よくないです」
兄貴はいいけどオレはダメ。だってオレは弱いもん。 ソニックさんは捨て台詞を吐くと、さっと一瞬で消えてしまった。
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