- ナノ -

■ 07.空白は空腹で埋めて

その後、一旦回復したかと思われたイルミの機嫌だったが数時間後にはまた悪化し、今では最低最悪の気分だった。
というのも、無事に船を脱出した後、ナマエは酔いと疲れからか電池が切れたみたいに意識を失った。いや、そこまではまだいい。それだけならばまだイルミは彼女を労わってやることができた。だが問題は彼女が目覚めた後のことであり、なんだか様子がおかしいなと思っていたら、ナマエは全く何も覚えていないというのだ。

信じられないが、自分がどれだけ飲んだのかも、そのうえその勢いのまま、キレつつ泣きつつイルミに告白したことも全部綺麗さっぱり忘れているらしい。
幸いにも仕事は上手くいったことであるしナマエの告白にも悪い気がしなかったイルミは、今回のことをもう不問にしてやろうと思っていたのだが、こんな結末ではどうにも腹の虫がおさまらなかった。いや、実際は悪い気がしないどころではなく嬉しいとすら思ってしまったので、はっきり言って騙された気分だ。

「どうしたの?なんかイルミ機嫌悪いね」

だがそんなイルミの気持ちもつゆしらず、ナマエはいつもの調子で話しかけてくるため、さらに始末におえない。本当に覚えてないの?とイルミが眉をひそめても首を傾げてるばかりで、こちらとしても内容が内容だけに問い詰めにくかった。昨日はそういう好きではないと言っておいて、今日は好きだなんていう彼女のことが全く理解できなかった。

「あ、わかった、お腹すいてイライラしてるんでしょ」
「……あのさ、お前と一緒にしないでくれる?」
「だってイルミ船の中じゃ何も食べてなかったし。私なんかお菓子食べたのにもうお腹ぺこぺこでさー」
「ナマエはいつだってお腹すいてるだろ。食事で依頼を受けるくらいなんだし」
「ちょっと、人をそんな食い意地張ってるみたいに言わないでよ」
「……」

鎌をかけてみても駄目。やはりあれは酔っていたから適当なことを喋り散らしただけだったのだろうか。いつもなら続くはずだった会話のラリーをイルミが切ったことで、ナマエは不思議そうな顔をする。でも、それだけだ。それだけで済まされるのがものすごく気に入らない。気に入らないと思っている自分自身も気に入らない。

「……むかつく」
「え?何が?」
「ナマエが」
「私?なんで?」
「知らない、死ね」
「ちょ、流石にそれは酷くない?」
「酷いのはナマエのほうだろ」
「なんでよ、そりゃ仕事前に飲んだのは悪かったけどちゃんと爆発させたじゃん」
「うるさい、もう黙ってよ」

本当はどうして自分がこんなに苛立っているかなんてわかっていた。ナマエの言葉に一喜一憂して振り回されるたび、自分は彼女のことを好きになっていたんだと嫌でも思い知らされた。

「ナマエと話してると余計お腹が減る」
「ほら、やっぱり空腹のせいだったんだ」
「そう思うならナマエが何か奢ってよ」
「えっ?ムリムリ、私そんなお金ないもん」
「別に高級料理じゃなくていいよ、ナマエの好きなもので」
「……イルミ、そんなお腹減ってたの?そんな何でもいいという瀬戸際まで?」
「うん、だからナマエの家に送るついでに何かご馳走して」
「はぁっ!?家で!?」
「嫌とは言わないよね」

もちろんナマエに拒否権は無い。記憶があろうがなかろうが醜態をさらしてイルミに迷惑をかけたことは変えようのない事実であるし、なによりこれはお願いではなく命令なのだ。

「な、なにもうちに来なくてもそのへんのファミレスとかで……」
「いや、ナマエの家がいい」

こんな感情に気づかされた以上、イルミは何が何でも彼女の本当の気持ちを確かめずにはいられない。そしてそのためには二人以外の誰もいないところで、じっくりと話し合う必要があると思った。

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