- ナノ -

■ 03.がさつな殺意

今回の仕事を遂行するにあたって、わざわざナマエを連れてきたのには理由がある。

ひとつは前にも言ったように、こういった場では女連れの方が怪しまれないということ。
そしてもうひとつは仕事を終えた後、この船から脱出する際にナマエの能力が便利であることだ。

「船内の見取り図はあらかじめ渡してあるけど、障害がないかしっかり確認して」
「わかってるよー。しかしそれにしても無駄なシャンデリアが多いこと多いこと」
「でもナマエなら問題ないだろ?」
「まぁね。でもこれなら配管の中を通らせたほうがいいかもしれない」

そう言って、普段の彼女からは考えられないほど真剣な表情をしているナマエは、意外なことに地理や地形を覚えるのが得意だった。一度見ただけの地図でも細かいところまで実に正確に覚えているし、実際に自分で歩いた場合はなおのことよく覚えている。その記憶の正確さは、いつもはナマエのことを散々馬鹿にしているイルミでも、どんな奴にも何かしらの取り柄はあるものだなぁと内心で舌を巻くほどだった。

「配管の中でもなんでも好きにして。オレはナマエが予定通り爆発させてくれたら問題ないから」

ナマエは水見式で言うところの、放出系の能力者だった。
放出系は基本的に身体から離したオーラを維持することに優れており、最も基本的な戦い方では念弾を打つのが挙げられるだろう。また一方で応用技では、念獣を作り出したり、他人にかける憑念といった類のものも含まれる。

もっともナマエの単純な脳のつくりでは、応用と言ってもそこまで複雑なものが思い浮かぶわけでもなく、銃の弾というより爆弾に近い念弾なだけである。だが彼女が優れているのはその念弾を最大5キロ先まで維持し、その細かい弾道までコントロールできる精密さを持っているということだ。当然、一度に飛ばせる弾の数は距離が遠くなればなるほど少なくはなるが、彼女の驚異的な地形把握能力があれば超遠距離からの攻撃も不可能ではない。視力の問題もあるため対人向けかと言われればいささか微妙だったが、目的の場所とは程遠いところで爆発を起こすなど、陽動や援護射撃のサポートとしては申し分ないだろう。
今回も彼女にはターゲットの誘導や下船の際の目くらましで一役買ってもらうつもりだった。

「ちょい待ち、それは冷たいんじゃないの?船の中を見に行こうって誘ってきたのはそっちでしょうに」
「船の中とは言ったけど配管の中とは言ってない。だいたい人はそんなところ入れないよ」
「いやそれが大きい船だけあって配管も結構太いんだって。イルミ細いしいけるいける」
「いやだね、ドブネズミごっこは一人でやって」
「なんでよりにもよってドブネズミ」
「さぁ、見た目的に?」
「ちょっと一体私のどこが、」

イルミはそこでさっと手をあげると、文句を言おうとしたナマエを遮った。それは単に不毛なやりとりが面倒になったからではなく、向こうのほうからターゲットが歩いてくるのが見えたからだ。「あれだよ」ほとんど唇を動かさず囁くと、ナマエの視線も目当ての人物を捉える。「お、意外と渋めでかっこいいじゃん」ふざけた感想を呟いたナマエの足を踏みつけたかと思うと、イルミは素知らぬ顔してターゲットの隣を通り抜けた。

「っ、なにすんのよ」
「うるさい、怪しまれるだろ」

すれ違ったターゲットは隣の女性─年齢的には妻というより愛人といったほうがしっくりくる─ばかりに意識が向いていてこちらのことなど全く気にしていない。それもそうだ、まさかたった今すれ違った相手が自分の命を狙っているなんて知らないのだから。
痛みに顔を歪めたナマエはというと自然な動作でイルミの腕に自分の腕を絡める。そして仕返しとばかりにこちらの二の腕を思い切りつねった。

「イルミが踏むからでしょ」
「オレの進路にナマエの足があったのがいけないんだよ。ていうか痛いしやめてそれ」
「ちっとも痛がってないくせに」

密着して小声で交わされるやりとりは、はたから見れば甘い囁きに見えるのかもしれない。が、その内容は酷く幼稚なもので、イルミを畏怖している使用人たちが見れば驚きのあまり自分の耳を疑うだろう。だがナマエの反応が面白いからか、売り言葉に買い言葉といった感じでいつもこんなくだらない応酬になる。
生産性が無いし馬鹿馬鹿しいと思う一方で、イルミはそれが嫌いではなかった。

「で、完全にスルーしたけどいいの?今日は殺らないわけ?」
「今日はひとまず様子見。出港した今となっては逃がす心配もないわけだし、殺るなら確実に、だ」
「なるほどねぇ、てっきり私は世間話くらいするのかと思ったけど」
「相手が女だったらそういうハニートラップ的なことも有効かもしれないけどね。相手は男だし、かといってあの男が余程の動物愛好家でもない限りナマエじゃ無理でしょ」
「……えーと、おっしゃってる意味がよくわかりませんが喧嘩を売られたということでオーケイ?」
「ま、ナマエにはナマエのできることをやってくれたらいいから」
「爆発起こして、イルミの髪型をアフロに変えてやることはできるかもしれない」
「へぇ、また死にかけたいなら試してみなよ」

挑発というかほとんど脅しに近いそれに、ナマエは小さく肩を竦めて見せた。というのも以前彼女は本気でイルミの髪型を変えるべく念弾を向けたことがあるからだ。その時も確か下らない言い合いの中でそんな話題になって、馬鹿なナマエは命知らずにも実行してみせようとしたのだが、もちろんイルミがそんな蛮行を許すはずもなく。
返り討ちにあったナマエは昆虫標本の虫よろしく無様に壁に展示される格好となったのだ。さらにその後話を聞いたヒソカのリクエストでもう一度ナマエは磔にされることとなったのだが、あの経験は余程こたえたらしい。

「……遠慮しておく」
「賢明だね」

急にしおらしくなったナマエを見て、イルミは少しだけ愉快な気分になったのだった。

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