- ナノ -

■ 01.もちつもたれつ胃もたれる

最近冷たいねぇ、と言われたから、間髪入れずにいつものことだろ、と返した。

「じゃあ、いつにもまして最近冷たいね

わざわざ言い直したヒソカに、面倒くさいなとイルミは内心で舌打ちする。わざわざ電話をかけてきたから何事かと思えば、出たのを後悔するくらいに下らない内容だ。

「前はもっと誘ってくれたじゃないか
「仕事が立て込んでる時はね」
「キミが誘ってくれないからボク暇なんだけど
「普通に仕事でもしたら?」
「それじゃあ面白くない

そう偉そうに言うことでもないだろうに、ヒソカはきっぱりと言い放つ。確かに人手が必要な時はヒソカに声をかけることもあったが、それだってそう毎回ではない。互いのことはむやみに詮索しないため─それは単に興味がないからでもあるが─普段のヒソカがどうやって収入を得ているのかは知らないものの、イルミからの依頼がなくたって困るほどではないだろう。
つまりは本人の言う通り、ただ暇を持て余しているだけなのだ。

「で、退屈ついでにボクが退屈な理由を探ってみたんだけど、」
「あのさ、ヒソカは暇かもしれないけどこっちは暇じゃないんだよね。用が無いならもう、」
「ナマエ、なんだろ

聞こえてきた名前に、通話を切りかけたイルミの指はぴたりと止まる。またもや内心で舌打ちしたつもりだったが、今度は音が出ていたらしい。電話の向こうでヒソカがくつくつと、それはそれは愉快そうに喉を鳴らした。

「ボクに回ってきてた助っ人の依頼が、今じゃ全部彼女行きなわけだ
「だったらなに」
「いや、それはそれで面白いしねぇただ、いつの間にそんな仲良くなったのかと思ってさ
「別に良くないよ、ナマエはあのとおりの性格だし。ただナマエのほうがヒソカより安上がりなだけ」
「へぇ……

信じていない、と言わんばかりにたっぷり間を置かれた相槌。
しかしイルミは何も嘘は言っていなかった。ナマエとは会う度にちょっとした口論になるほどでお世辞にも仲がいいとは言えなかったし、ナマエが安上がりな女だというのも本当だ。戦力的な意味合いで言えばもちろんヒソカの方が上だが、遠距離攻撃型の彼女はサポートには向いていたし、能力の性質上、囮や陽動にはもってこいである。そのうえ曲がりなりにも女であるため、パーティ会場などで連れて歩きやすかった。

「ボクはキミ達が喋ってるのを見たことあるけど、結構お似合いだと思ったよ
「あっそう。だから?」
「これからデート、楽しんできてね
「は?」

何言ってんの、と言おうとしたときにはもう、じゃあねと電話は切られていた。本当に自分勝手で迷惑なやつだ。何がしたかったのかわからない。唯一わかったこと言えば、これから仕事でナマエに会うことが、なぜかヒソカに漏れているということだけだった。

▽▼

「ナマエさ、ヒソカに今日のことバラしたでしょ」

テーブルの上に、所狭しと並べられた料理の数々。
それが次々と目の前のナマエの腹の中へ収まっていくのを眺めながら、イルミは小さくため息をついた。

「バラふっへいうか、聞はれたから話ひたやけやけど」
「汚い、食べながら喋るな」
「……っ、じゃあ食べてる時に話しかけなきゃいいでしょ」
「ナマエがいつまでも食べてるから悪いんだろ」
「いいじゃんこれが報酬なんだから。イルミのケチ!まだデザートも食べてない!」
「じゃあさっさと頼みなよ」
「まだメインディッシュの途中だよ!見てわかんないの?」

ナマエはふん、と鼻を鳴らすと、再びフォークを忙しそうに動かし始める。イルミからしてみれば、たかだかファミリーレストランのチープな料理をメインディッシュとまで言い張るこの女の神経が理解出来なかったが、とにかく彼女は食事の時間を邪魔されるのが嫌いらしい。

「わかったよ、これはビジネスだからね。食べ終わるまで待ってあげる」
「じゃ、メニュー取って」
「……」

こんな店だからどれだけ注文されようとイルミの懐は痛まないが、それにしてもよく食べる。ミルキの過食に慣れていたイルミですら驚くのだから、その食いっぷりはある意味賞賛に足るのかもしれない。しかもナマエの場合は一体その身体のどこに入っているのかと思うくらい華奢で小柄なのだ。前に一度疑問に思って彼女に聞いてみたが、私の念は人よりエネルギーが要るんだとかなんとか、訳のわからないことを言われた気がする。

「で、イルミは何も頼まなくていいの?」
「オレはいいよ、見てるだけでうんざり」
「あぁそう、お坊っちゃんの口にはこんな安物合わないか」
「そうだね、ナマエが高級料理でお腹壊すのと同じだよ」

そうでなければ、報酬をファミリーレストランで済ませるほどイルミも鬼ではない。そもそも食事で依頼を受けてくれるナマエも大概馬鹿だと思うが、イルミも初めはちゃんとしたレストランに連れていったのだ。
だが、美味しい美味しいと感動していたナマエは翌日見事に体調を壊し、肝心の仕事中は全く使い物にならない体たらくで挙句の果てにはイルミに文句を言う始末。毒に耐性のない人間はともかく、高級料理に耐性がない人間なんて信じられなかった。

「美味しかったらなんでもいいの。私は美味しい物をお腹いっぱい食べられたら幸せなわけ」
「まあ、せいぜい今のうちに食べておきなよ。しばらくこんな料理食べられないと思うし」
「え、それってどういう意味?」

頼むものが決まったのか、店員を呼ぼうとチャイムに手を伸ばしたナマエは、イルミの言葉にぴくりと眉を上げる。

「次の仕事は船の上だ。豪華客船で世界一周楽しい楽しい船の旅ってわけ」
「……それ、期間は?」
「仕事が終わり次第降りるからね。まあ、長くても二日か三日ほどかな」
「じゃあその間の私のご飯は!?」
「これだけ食べたらしばらく食べなくても大丈夫でしょ」
「そんなわけあるか!」
「でももうこんなに食べたんだ。今更やめるなんて言わせないよ」
「……うぐ、じゃ、じゃあもっと頼まないと損よね!」

ピンポーンと鳴らされたチャイムに、元々頼む気だっただろ、と呆れて物が言えない。しかしこれだけ食べさせておけばナマエはきちんと仕事をこなすだろう。
ナマエは馬鹿でがさつな女だが借りはきちんと返す義理堅い性格で、そこだけはイルミも評価をしていたのだった。

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