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■ 07.知りたい近況

──なまえって、結局どうしてるの

たったそれだけの質問が出来ず、イルミは先ほどから時間を無駄にしている。ただ無駄にしているだけでも相当勿体ないことなのに、一緒にいる相手があのピエロだと思うと余計に腹立たしい。ヒソカはそんなこちらの気も知らず(いや、もしかするとヒソカのことだからわざとなのかもしれないが)「奥さんとは上手くいってるのかい?」と一番したくない話題を振ってきた。

「まだ奥さんじゃないよ。籍も入れてないし、式もまだだ」
「でも、結婚するんだろう?今もキミんちに住んでるらしいし、事実上の妻じゃないか」
「部屋も別だし触れてすらいないけど」

「イルミってば、何が言いたいんだい?」

あぁ、やっぱりこいつはわかっててやっている。
不快な笑みを濃くしたヒソカに、イルミは少し殺気をぶつける。それがこの変態を喜ばせるだけだとわかっていても、やらずにはいられなかった。

「で、結局慰めに行ったの?」
「慰める?なんの話だい?」
「だから、お前のことだからなまえにちょっかいかけに行ったんだろ」
「え、ボクが?なんでボクがそんなこと、」
「あのさ、いい加減にしてくれない?」

からかうのも大概にしてほしい。特に今のイルミは自宅でも安らぐことが出来ず、常にピリピリとしていた。もはやさりげなく聞くという当初の思惑すらも忘れて、詰問するようにヒソカを見据える。

「そうは言われても、本当に行ってないんだよねぇ。だいたいキミがやめろって言ったんじゃないか」
「……やめろって言われて行くのがヒソカだろ」
「なんだいそれ、難しいなぁ」

だが、ヒソカは笑うばかりで本当になまえの近況を知らないようだった。もし知っているのであれば、そっちから揺さぶりをかけてくるはず。イルミは内心で、要らぬ墓穴を掘ったと後悔した。

「どうしてそんなになまえが気になるんだい?もう別れたんだろう?それもキミから」
「別れてもなまえはなまえだよ」
「そう、なまえはなまえだ。もうキミの物じゃない」

痛いところを突かれてイルミは一瞬黙り込んだ。「……せっかくオレが殺さないで置いたんだ。自殺でもされてたら気分悪いでしょ」言い訳めいたその言葉に、ますますヒソカは面白そうな顔をする。今は何を言っても自分の首を絞めるような気がしてならなかった。

「自殺?それどころか案外もう既にいい人ができてるかもしれないよ。女の子のほうがそういうのあっさりしてるし」
「……」
「まぁでも、キミがそこまで言うなら様子を見て来てあげるよ。結果に責任は取らないけどね」

なまえに新しい男が出来ているかもしれないなんて、考えてもみなかった。第一、別れてからまだひと月ほどしか経っていない。絶対に無いとは言いきれないが流石に早すぎやしないだろうか。

イルミは自分が結婚することを棚に上げて、なまえの本当かどうかもわからない心変わりを不服に思った。イルミの中で自分は、家の為の最善を尽くしただけで心変わりした訳ではないという認識なのである。なまえの方こそ、実はイルミのことを好きでも何でもなかったなんてこと、あるのだろうか。
イルミが一人で嫌な想像を巡らしているところへ、追い打ちをかけるようにヒソカがポンと手を打つ。

「まぁ、たとえ今はフリーだとしてもボクみたいなイイ男が尋ねていったらまた話は変わってくるかもしれないしね」

それを聞くなりイルミは、彼にしてはわかりやすく眉をしかめた。

「は?冗談は存在だけにしてくれる?」
「冗談じゃないさ、前からなまえのことは味見してみたいと思ってたんだよねぇ。イルミが気に入るくらいだから興味沸いちゃって」
「なまえに手を出したら殺すから」
「ん〜でも、やめろって言われてヤるのがボクなんだろ?」

とん、と小気味よい音がして視線を向ければ、自分でも気づかないうちに針を投げていたらしい。それを間一髪で交わしたヒソカは、わかったよと肩を竦める。もちろんその顔はいやらしく笑ったままだ。

「まぁでも、キミのことだから自分の目で見ないと納得しないだろうけどね」
「……」
「捨てた女の幸せくらい、願ってあげたら?」

ヒソカの言葉に、イルミは考える。なまえの幸せとは一体何だろう。それはイルミ抜きでなしえるものなのだろうか。もし、そうだとしたら……。

いつの間にヒソカは去っていったのだろう。気が付くとイルミは一人だった。

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