■ 06.誘導性忘却
「相変わらず、酒だけは強いようだな」
そこかしこで爆睡する団員が出る中、なまえはまた新しい缶を開けようとしているところだった。途中でお宝鑑賞のために部屋にいたらしいクロロは、なまえの隣にうずたかく積まれた空き缶の山を見て呆れたような表情になる。「でもこれ度数5%だし」流石にテキーラやウォッカではこれほど飲めないが、この程度のアルコールならばなまえにとって水も同然だった。
「まだ残ってるか?」
「うん。飲むの?」
「なまえに見せたいものがある。それを鑑賞しながら飲むというのはどうだ?」
「いいね、見たい」
盗品を売りさばくだけあって、なまえは目利きが得意である。クロロが持っているものの価値がいかに素晴らしいものであるかもわかるし、クロロもクロロで身近に理解者がいることは喜ばしいようだった。二人はとりあえず持てるだけのビールを腕に抱えると、彼の部屋に向かった。
「で、今回は何を盗ったの?」
「ふっ、驚くなよ、”古代ヨタ族の儀式書”だ」
「それほんと!?すっごくいい値段で売れそうだね」
「馬鹿、本は売らないさ」
「わかってるよ」
クロロが好んで古書を集めていることくらい、なまえはとっくに知っている。彼はわざわざ本だけを置いている隠れ家を持っていて、そこにあるのは学者が見たら涙を流して拝みそうな本ばかりだ。
だが、いくらなんでも酒の肴にはふさわしいと思えない。価値があっても古書は見た目には綺麗な代物ではないからだ。
「ついでにヨタ族の儀式で使われていたとされる、大きな水晶も手に入れてな。水晶なんて珍しくないと高を括っていたんだが、これが本当に綺麗なんだ」
「へぇ」
まぁ、入れよ、と促され、遠慮なくクロロの部屋にお邪魔する。片付いているようで片付いていない部屋だ。一か所だけ囲むようにして物の多いところがあるので、いつもはそこがクロロの定位置なのだろう。クロロは机の上の邪魔なものを片付けると、ビールを置いて椅子に座るように言った。そして戦利品が入っているらしい袋から、両手で抱えなければならないほど大きな水晶を取り出した。
「わぁ、ほんとに綺麗……」
「そうだろう」
想像していた丸い形の水晶玉とは違って、それは剣山のような、いわゆるクラスターと呼ばれる形状の水晶だった。だが、今まで見たどの水晶よりも澄んでいて、連なり方も美しい。感嘆の声を上げたなまえにクロロは満足そうに笑って、缶のビールをぷしゅりと開けた。
「正直舐めてた。まさかこんなに綺麗なんて」
「同感だ。加工していない状態でこれなのだから本当に自然というやつは恐ろしいな」
「ねぇ、触ってもいい?」
「構わないが気をつけろよ」
おそるおそる指先で触れてみると、ぷつり、と皮膚に血が滲んだ。その先端は見た目よりもはるかに鋭いようである。夢中になって覗き込んでいると、透明な水晶ごしにクロロと目が合った。
「そんなに気に入ったか?」
「うん、悪いけど私は古書よりこっちかな」
「お前にやる」
「え?」
「気に入ったのなら、お前にやると言ってるんだ」
「ほんと?」
驚いて顔を上げると、クロロは笑った。「俺はそこまで石や宝石に興味があるわけじゃないしな」確かにその通りだが、こんな貴重な物を貰ってしまっていいのだろうか。
「シズクがお前の家の家具をほとんど吸ってしまったそうだな」
「あぁ……おかげさまで」
「だからそれは俺からの引っ越し祝いということで、また新居が決まったら家に飾ればいい」
「異様に豪華なオブジェになるね」
というか迂闊に触れると怪我をしてしまうこれを、普通に飾れと言うのか。そもそもなまえはあまり贅沢をしないたちなので、こんなものが部屋にあると浮くことは間違いない。それでもこんな綺麗な物を貰えることは心の底から嬉しかった。
「水晶には開運パワーもあるらしいぞ。なまえの男運も上がるかもしれない」
「っ、もうしばらく懲り懲りだよ」
「お前の家を訪ねたマチから聞いて、心配していたんだ。でももうだいぶ立ち直ったようだな」
「そう、なのかな……」
今でもイルミのことはまだ好きだった。でも、イルミはなまえのことなんか好きじゃなかったんだとしたら、この未練も酷く馬鹿馬鹿しい。
「忘れろよ、もう」
何回も人を変えて繰り返される言葉に、次第に抵抗がなくなっていく。忘れることが最善で、今なら彼のことを忘れられるような気もした。自分では酔っていないと思っていたが、確実に思考力は低下しているらしい。
「……うん、忘れるよ」
イルミのことも、イルミと過ごした3年間も全部。
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