- ナノ -

■ 05.聞きたくない話

ちょうど最近一仕事終えたばかりらしい蜘蛛は、なまえのことを歓待してくれた。
既に盗品の取引で何度も訪れているが、なまえが流星街出身であるのも受け入れられやすい理由の一つなのだろう。一緒に生活していたシズクが旅団に入ると言い出した時なまえは慌てて止めたが、心配していたほど彼らは悪い人間のようには思えなかった。少なくとも、なまえの価値観でいうならそうである。

ただ少しデリカシーに欠ける者が多いため、到着するなりイルミとのことを話題に出されたなまえは苦笑いするしかなかった。

「おうおう、前の男のことなんて酒でも飲んで忘れちまえ」
「そうだよ、前から思ってたんだよね俺。あいつになまえは勿体ないよ」
「いや、まぁ……」

強引に缶ビールを押し付けられ、飲め飲めと勧められる。金があっても高価なワインやブランデーを空けないところが妙に彼ららしくて、なまえは少し温かい気持ちになった。イルミといたときはそれこそ震えるくらい高いお酒を勧められて、貧乏育ちのなまえは戸惑ったものだ。
既に結構な量を飲んでいるらしいシャルは、なまえの目の前でイルミの悪口を言い出した。

「でもほんとに自分勝手だよねー。人を人とも思ってないっていうかさぁ、これだから操作系は、って感じ」
「はぁ?お前も操作系だろーが」
「そうだけどそうじゃないんだよー。俺も基本他人のことはどうでもいいと思ってるけどさ、やっぱ蜘蛛の皆やなまえのことはちゃんと大事に想ってるしー」
「はいはい、アンタはもう黙りな。飲み過ぎだよ」

マチに服を引きずられるようにして壁際へと連れられて行ったシャルは、一体どのくらい飲んだのだろう。なまえが来た時には既に宴会は始まっていて、あちこちに空き缶や空きビンが散らかっているという状態だった。

「ほんと、あのゾルディックのやつ、なまえのことなんとも思ってないわけ?誠意を見せろよ、痛っ!なんで叩くのさ!」
「はは……」

マチに拳骨を食らったシャルだが、彼が本心からなまえのために怒ってくれていることはわかる。だが、イルミの行動が他人の目から見てもそのように見える──つまり、なまえのことを想っていないように見える、ということは少なからずショックだった。

「まぁ、あれだ。良い男ならうちにいっぱいいるしな」
「そうそう、フィンとかあの見た目で結構乙女チックなとこあるしねー」
「うっせぇ」

本日二度目の拳骨を食らったシャルは、流石に痛かったのか頭を押さえてうずくまった。その様子を見て他のメンバーも笑う。とにかく賑やかで、一人で家にいた頃とは雰囲気が大違いだ。これ以上嫌なことを考えるのはやめて、今は場に流されよう。

なまえは一気にビールを飲み干すと、くしゃり、と缶を握りつぶした。

「よし、おかわりちょうだい」

▽▼


面倒なことになった、とイルミは思ったが、今更どうすることもできなかった。
と、いうのも移動はいつものように私用船を使っていて、いくら女が鬱陶しくても降ろすことも引き返すこともできない。何時間も前から仕事に集中しなければならないほど繊細な神経はしていないが、できることなら疲れることは遠慮したい。
しかしイルミが聞いているいないに関わらず、女は先ほどから延々としゃべり続けていた。

「それでね、南の方へバカンスに行った時の話なんですけど、あ、バカンスと言ってももちろん仕事もありましたの。それで、仕事が終わった後に少しゆっくりして帰ろうと思って、執事にホテルを手配させましたらね、」
「……」

当然、イルミは何度も煩いと言っているし、若干殺気立ってすらいる。けれど目の前の女は鈍いのか気にしていないのか、喋ることをやめようとしない。それどころかせっかく二人きりになれたんですもの!と張り切って、お互いのことを知るべきだと言い出した。

「急だったせいかスイートがどうしても取れなくって!私言ってやりましたの、スイート以外じゃ寝られないって。そりゃ仕事の時は場所を選んではいられませんけど、せっかくの休暇ですのよ?家よりも劣るベッドで寝るなんて意味がないじゃありませんか」
「……」
「あぁ、そう、ベッドで思い出しましたけど、イルミ様は何かこだわりとかあるかしら?二人の為に新しいベッドを設えなくてはなりませんものね」
「いいよ別に、今のままで」

「嫌ですよ私、他の女が寝たベッドなんて」

突然の言葉に顔を上げれば、女はにっこり笑ったまま。「なまえさん、だったかしら?」イルミは先ほどは違う苛立ちがこみ上げてくるのを感じた。

「へぇ……調べたんだ?」
「別にそういう方がいらしたこと自体はいいんですよ。過去のことは過去のこと。あなたは彼女を捨てて私を選んでくださったんですから」
「……なまえをうちに呼んだことは無いよ。オレがなまえの家に住んでたようなものだからね」
「あら、そうですの?まぁ、そういう都合のいい女の一人や二人いたほうが便利ですものね」

「違う、なまえはそういうんじゃない」

何も知らないくせに、知ったような口を利くな。
もしも本当になまえがどうでもよければ、イルミはああやってまともに別れ話などしなかった。この結婚だって所詮、家の為。そこに感情はない。それなのにまるで、なまえよりもこの目の前の女を好きになったみたいに言って欲しくなかった。

「まぁ、イルミ様がどう思っていらっしゃろうと、彼女の方は利用されたとしか思ってませんわ。3年も無駄にしてしまったこと、同じ女として同情いたしますけど」

無駄じゃない、と言おうとして、イルミは口をつぐんだ。イルミにとってなまえと過ごした3年間は楽しいものだったし、きっとそれは彼女もそうだっただろう。
でも今は?なまえにとってはもう、二度と思い出したくない過去なのだろうか。

はっきり言って、この女といればいるほど、イルミはなまえのことを思い出していた。ほんの些細な言動、仕草でも、ほとんど無意識のうちになまえと比較してしまっている。もしかするとこの女もそのことに気が付いているのかもしれない。

「ねぇ、私たちの結婚式に招待したらどうかしら?」
「馬鹿言わないでよ」
「あら、冗談でしたのに」

くすくすと笑うその表情。それすらも、なまえはそんな意地悪な笑い方をしなかった、と思った。

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