- ナノ -

■ 03.最善が狂いだす

最近なまえと連絡が付かなくて、蜘蛛のメンバーが心配している。

ヒソカから聞いた話に思い当たることのあったイルミは、特にためらうことなく破局の旨を伝えた。別に今更隠すようなことでもないし、遅かれ早かれヒソカの耳にも届くだろう。そうなったときに余計な憶測をされるよりも、今言ってしまった方が面倒くさくなくていい。
イルミは几帳面に見えてわりと面倒臭がり屋であるため、仕事終わりの酒の席で、別段なんでもないことのように話した。

「えっ、キミ達別れたのかい?いつ?どうして?」
「うーん、二週間ほど前になるかな。オレもうすぐ結婚することになったから、それで」
「結婚?誰と?」

質問が多い気がするが、まぁ急なことだから仕方ないのかもしれない。ヒソカは飲む体勢でグラスを持ち上げたまま、食い入るようにイルミを見た。

「なんか、母さんが決めた女」
「母さんが、ってキミ……なまえのことは遊びだったのかい?」
「そういうわけじゃないけど」
「……キミって、そういうとこボクより酷いよね」

遊びなのかい?という質問は、イルミとなまえが付き合った時にも聞かれた。それもそのはず今までのイルミは決まった相手を作らなかったし、それはヒソカだってそう。だがイルミはなまえを鬱陶しいと思ったことはなかったし、一緒にいてとても居心地が良かった。だから別に彼女だけで十分だと思ったのだ。
もちろんなまえに言ったように、今でもその気持ちは変わっていない。けれど何事にも事情というものがある。

「平手打ちされたよ」

なまえが怒るのを見たのはあの時が初めてで、イルミは無意識のうちに左頬に触れた。念すら込められていない、本当にか弱い攻撃だった。もしかすると手加減されたのかもしれない。
ヒソカは呆れたようにイルミを見ると、ようやくグラスに口をつけた。

「そりゃ、いくらあの温厚ななまえだって怒るだろうねぇ。むしろそれだけで済んだのがすごいよ」
「まぁ、オレとしては精一杯の誠意だったんだけど」
「可哀想ななまえ。でも、そうとわかれば傷心の彼女を慰めてあげなくっちゃね」
「は?ヒソカが?やめてよ」

ほとんど反射的にそう口走っていたイルミは、珍しく眉間にしわを寄せる。

「もうキミには関係ないだろう」

案の定、予想した通りの言葉が返って来て、ますます機嫌が悪くなった。

「そうだけど、ヒソカが関わるとろくなことがないから」
「いくらボクでも、今のなまえをこれ以上泣かせたりしないよ」
「泣いてる?なまえが?」
「さぁね、ボクだったら泣いちゃうかな」
「……そういうのウザい」

だが、そうは言ってみたものの、事実なまえと連絡がつかないそうなのだ。彼女の仕事は表向きは武器の流通販売で、その他旅団が盗んだ宝を裏ルートで売りさばいたりもしている。だから危険な目にあっていて連絡が付かない可能性もあるが、このタイミングならばヒソカの推測のほうが正しいのかもしれない。

それでもイルミはなまえが泣いているところなんて想像がつかなかった。彼女は怒りもしないし、泣きもしない。表情は豊かだが、なんでも許容してくれる雰囲気があった。

「キミ、あとで後悔するかもね」
「しないよ」
「だといいけど」

ヒソカは何が可笑しいのか、クククと笑うとカウンターにお金を置いた。

「傷心のキミの為にここはボクがもつよ」

お互いはした金だからどうだっていいが、その言い方が気に食わない。後に残されたイルミは今のグラスを一気に飲み干すと、自分の分は別にカウンターに乗せ、店を出た。

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