- ナノ -

■ 17.謀略

なまえの元を離れた後、まずイルミが行ったのは犯人捜しだった。

彼女は確かに狙われている。前回、街で会った時に、異様にこちらを警戒していたのはそのせいなのだろう。どこの誰だか知らないが、オレのなまえに手を出すとはいい度胸だな、と思った。しかも今回、刺客が操作系だったことからイルミは濡れ衣を被せられた。絶対に野放しにしておくわけにはいかない。

クロロに縋りつくなまえの姿を思い出し、イルミは無意識のうちに下唇を噛んだ。流石に見せつけられた瞬間は動揺してしまったが、今ではわかる。クロロに嵌められたのだ。
あいつはイルミが犯人ではないと分かっていて、わざとなまえに誤解させるような言い方をした。もし本当にイルミを疑っているのなら、囮とはいえなまえを一人にさせるはずがない。あれは刺客が格下とわかっていなければできない行動だ。

「ほんとムカつく。殺したい」

けれども旅団を殺るのは面倒だ。依頼であったとしても割に合わない。大事な獲物を横取りされればヒソカだって黙っていないだろう。イルミとしてはあの二人が殺し合ってくれると都合がいいのだが、今のところ望みは薄い。そもそもクロロには一応団員であるヒソカと戦う理由がなかった。それこそ、あいつの常軌を逸したストーカーぶりに辟易しない限りは。

そういうわけで、今邪魔なクロロを消すことは難しい。
イルミにできるのはなまえの誤解をとくくらいのことで、そのためには刺客の正体を突き止めなければならない。
先ほどの様子では刺客を殺したとしても自作自演だと言われかねないが、安全な状態が続けばいずれイルミの言葉にも耳を傾けるだろう。

「はあ、ほんとに世話の焼ける……」


口ではそう言いながら、イルミはどこかほっとしていた。
なまえがやけに冷たく、怒っている様子だったのは、イルミがなまえの命を狙っていると誤解していたから――そういうふうに彼は解釈した。
だから刺客さえいなくなれば、なまえは機嫌を直すだろうし、不安もなくなってクロロの甘言に惑わされることもない。

するべきことがわかって自己完結したイルミは、それ以上考えるのをやめた。切り替えが早く、行動力があるのが彼の長所である。しかし彼には思い込みが激しいという短所もあり、そのせいでせっかくの長所がマイナス方向へ振り切ってしまうことがよくあった。

そして残念なことはもうひとつ。

イルミ=ゾルディックには彼の間違いを正してくれるような”友人”が存在しなかった。


△▼


「なるほどねぇ……」

どうやら事態はヒソカの思っていたより面白いことになっているようだった。クロロはあれから拠点を移しておらず、他の団員たちも頻繁に出入りしている。部屋の様子から引っ越し間近かと思われたなまえもそのまま残っていて、たまにクロロの個人的な仕事に着いて行ったりしているらしい。

ヒソカの訪れは相変わらず歓迎されなかったが、二人の関係は相変わらず、というわけでもなさそうだった。

「やぁ、なまえ。もうすっかり元気そうだね」

最近の彼女は少しでも恩返しがしたいと、進んで家事をやっている。そのためタダで手料理が食える、と他の団員が足を運ぶ理由になっているらしい。ヒソカが訪ねた時も彼女は料理中だった。作っているのはプリンのようで、もうすぐ昼の3時になるからだろう。

「お陰様で。向こうもいい加減に諦めたのか、刺客も来なくなったの」

蒸し器の蓋を閉めたなまえは、そう言って肩を竦めた。

「やっぱりイルミの仕業だったっていうのかい?」
「信じたくなかったけどね。でも、実際に襲われたから」
「襲われた?」

我慢できなくなったイルミがとうとう実力行使に出たのだろうか。彼の性格から考えてありえなくはないが、もしそうだとしたら刺客が来なくなったというのはおかしい。諦めるという言葉がイルミほど似合わない男はいないだろう。
なまえは内心で首を傾げるヒソカに気づかず、蒸し上がるまでの時間で洗い物を始めた。

「で、ヒソカは一体何しに来たわけ?」
「ん?それはもちろん、キミに会、い、に」
「はいはい」
「おや、本当なんだけどなァ」

ヒソカの玩具が二人とも気にかけているなまえ。こんな面白いものをヒソカが放っておくわけがない。

「傷心にかこつけて落とすつもりだったんだけど、どうやらクロロに先を越されたみたいだねぇ」
「……うっ、イルミから聞いたの?」

揺さぶりをかけてみると、なまえはわかりやすく気まずそうな顔になった。

「別にいいんじゃないかい?別れた後のことなんだし」
「私というか、主にクロロの名誉なんだけど……まぁ、そうだね、刺客も来なくなったことだしいいか」
「?」
「イルミから聞いたんでしょ?私とクロロがそういう仲だって」
「うん」
「それ、嘘というか、誤解なんだよね」

なまえが言うには、その方が安全だからとクロロがそういう設定にしたらしい。しかしそもそもこうやってなまえを蜘蛛で匿っていることも含めておかしいのだ。いくらなまえが流星街出身で蜘蛛とも取引があるとはいえ、ゾルディックと敵対してまで庇うメリットはない。
ヒソカはそう思ったが、こじれるのは大歓迎。本心を隠して、ヒソカなりの笑顔でにっこり笑って見せた。

「そう。じゃあまだボクにもチャンスはあるんだね」

ヒソカにしてみれば別になんてことない、挨拶のようなものだ。
しかしなまえは冗談としても受け付けなかったのか、盛大に顔をしかめた。

「厄介事はもうたくさん」

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