- ナノ -

■ 14.せっかくなので

「5000万、6000万、出ました!56番の方落札です!」

司会の声で落札が告げられる度、会場は異様な熱気に包まれていく。
集団心理とでもいうのだろうか。大して欲しくないようなものでも、他人が欲していると自分も買ったほうがいいのではないかと錯覚する。負けず嫌いな人間だと尚更だろう。

なまえとクロロはステージから離れたところで、オークションを見守っていた。商品は会場にある大きなスクリーンで映し出されるので、わざわざ熱気の渦中にいる必要はない。

「どうだ?なまえ、いいものはあるか?」
「さっきのやつは正直4800万ってとこかなあ。最後、邪魔されて渋々って感じだったし。でも物自体は掘り出しものが出てる印象」
「まあマニア向けだからな」
「っていうか、クロロ、」

なまえは視線をスクリーンから外すと、隣に立つクロロを見上げた。黒髪に黒いスーツ、耳のピアスの青がひときわ目立つ。「盗む前にオークション始まってるけどいいの?」まさかまともに買うわけがないし、となまえは入場の際に渡された番号入りのプレートを手の中で弄んだ。

「あぁ、問題ない」
「……もしかして既に偽物とすり替えて済みだったりする?」
「ふっ、それなら面白いな。だがそんなことはしていない」
「じゃあどうして?」

落札されて一旦人の手に渡ってからだと警備は薄いかもかもしれないが、お宝が散り散りになる分面倒である。不思議そうな顔をするなまえに、クロロは笑った。

「盗む気がないって言ったらどうする?」
「へ?」
「今日は、の話だが」

「2億!23番の方!2億で落札です!!」

どういうこと?と聞き返す前に、会場がどよめいた。どうやら高額落札者が出たらしい。サザンピースのオークションならばともかく、こういったパーティで億単位の金額が動くのは珍しい。なまえは反射的にスクリーンを見た。だが、クロロの視線が捉えていたのは商品ではなく、落札した人物の方だった。

「……なるほどな、あの男が残りの半分を持っていたのか」
「半分?」

男が2億も出して落札したのは一冊の本。古書は見る人が見れば価値がある程度のもので、なまえのような本職からすると扱いづらいジャンルの品物である。知的財産よりも宝石や希少種の人体といった、物理的な財産の方が買い手も多いのだ。
クロロと取引をするようになってからは少し勉強をするようにもなったが、まだまだ彼ほど古書の価値に詳しいわけではない。2億の本ねぇ……と思わずため息がこぼれた。

「そんな貴重な物だったの?勉強不足だった」
「あれは俺が出品したやつさ」
「……つまり、泳がせたってこと?」
「そうだ。あの本は上下巻になっていてな、どうしても下巻がどこにあるのかわからなかったんだが、これでわかった」
「上巻を買ったからって、あの人が下巻を持っているとは限らなくない?」
「その時はあれを取り返してまた同じことをやるだけさ。
だが競らずにあれだけの金額を出すということは、よほど手に入れたかった証拠だ。セット物は是が非でも揃えたくなるのがコレクター心理というものだろう?」

妖艶さのなかにどこか子供っぽさを残した表情で、クロロはくすりと笑った。もちろんその目が真剣なことに変わりはないが、団長モードのときとは随分と印象が違う。
彼にとって仕事は完全に道楽なのだろう。同じ"仕事が趣味"でもえらい違いだなぁ、となまえはどこかの誰かさんを思い浮かべて頷いた。

「なるほど……じゃあ盗むのはまた後日ってわけ」
「せっかくだから、読む猶予くらいは与えてやるつもりだよ」
「優しいのか酷いのかわからないね」
「女はそういう男の方が好きだろう」
「どうかな」

優しいほうが、いいに決まっている。
少なくとも今のなまえはそう思う。

「じゃあこれからあの男を尾行するの?」

後日改めて、ということならそうするしかない。こんな裏のオークションに来るくらいだから情報管理くらいはしているだろうが、蛇の道は蛇。案外調べると簡単にわかったりするものである。
なまえはもうすっかり仕事を終えた気分で、何か飲もうかとウェイターを探そうとした。


「せっかくだからなまえに頼もうか」

「……えっ!?」

しかし、思いもよらない提案が耳に飛び込んできて、なまえは目をみはる。今、なんて……?というふうにクロロを見上げれば、そこには爽やかな笑みが広がっていた。


「心配ない、相手は一般人だ」
「え、いや、そうだけど、でも」

「信頼してるぞ、なまえ」

なんだかんだ団長命な蜘蛛のメンバーが聞いたら歓喜しそうな言葉を残して、クロロは決定事項として片付けてしまう。拒否どころか、なんで私が?という疑問すら受け付けてもらえそうになく、なまえは突然の大役に困惑するしかなかった。

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