- ナノ -

■ 13.跳ねた心臓

広々とした会場は一つ一つの装飾が美しく、当然ここに招待された客たちも皆一様に着飾っていた。男性のスーツはどれも高級なものばかりだし、それをぴしりと着こなしているのも品がある。さらに女性のほうは顕著で、色とりどりのドレスに身を包み、重そうな宝石をこれ見よがしに輝やかせている。

周りを見れば見るほど自分がひどく場違いな気がして、なまえは小さくなっているのが精いっぱいだった。そしてそんななまえを見て、隣のクロロはくすりと笑う。

「そんなに緊張するなよ」
「そう言われても……」

怪しまれないよう自然に振る舞わなくてはならない、というのはわかる。だが、こういう場での”自然”がそもそもなまえにはわからない。同郷のクロロもこういった華美な世界からは縁遠いはずなのに、どうしてこう上手く調和しているのだろう。スーツ姿の彼はどこかの財閥の子息と言っても十分通用しそうな雰囲気を醸し出していて、ドレスを着ているというより着られている、といった状態のなまえとは全然違う。

「パクに頼めばよかったのに」

色々世話になっているとはいえ、あまりに落ち着かない状況になまえは非難めいた眼差しを向けるしかなかった。蜘蛛とは何度も取引をしたことがあるが、一緒に盗みに行くとなると話が違う。今回のパーティーは金持ちのマニアばかりを集め、非合法な珍品を扱うオークションを兼ねているらしいのだが、どうせ全部盗むのだから目利きとしてもなまえは要らない。

「パクならこういうパーティーでも絶対映えるよ。背も高いし、スタイル良いし」
「ヒールを履いたあいつとは並びたくないな」
「ああ、なるほど……じゃあマチがいるじゃん」
「あいつもお前と一緒でこういう場所は苦手だからな。ドレスなんてまっぴらごめんだと」
「じゃあシズク」
「眼鏡とドレスは合わないから私服なら行ってもいいよ、って真顔で言われた」
「……」

いかにも幼馴染みの言いそうなことだったので、なまえは思わず黙り込む。確かにそうなると後はなまえしかいない。「消去法じゃ仕方ないね」一般人をひっかけてもいいが、実際仕事に取り掛かる時は邪魔でしかないだろう。

まさか他の団員を女装させて連れて行くわけにもいかないし。

「まあそう言うな。仮にあの三人の誰かが来てくれるとしても、俺はなまえに同伴を頼んだよ」
「……それって、一番面白そうだからでしょ」

あの三人は度胸もあるし、こういった場所でも取り乱さないだろう。あくまで仕事も道楽の内、というクロロはただ円滑に進むより面白みがあるほうを選ぶに決まっている。なまえは転んだら嫌だな、なんて履き慣れないヒールに視線を落とした。

「違う、一番楽しいからだ」
「同じじゃないの」
「ドレス、似合ってる」
「え?」

いきなり飛んだ話題に驚いて顔を上げれば、思いのほかクロロとの距離が近くて再度驚く。「……どうしたの?」褒められて嬉しくないわけではないが、今更褒めあうような間柄ではない。対外的なリップサービスならともかく、なまえにそんなことを言ったって何のメリットもないではないか。しかし、クロロは特にからかう雰囲気でもなく、もう一度似合ってる、と言った。

「あ、ありがとう……?」
「俺が選んだんだから、似合わないわけがないが」
「っ、あーそういうこと」

脱力したなまえは安心しながらもややクロロから距離を取った。跳ねた心臓が元の鼓動に戻るには少し時間がかかりそうである。なんとなく、クロロにドキッとしてしまったこと自体が恥ずかしいことだと思った。自分たちはただの友人で、しかもなまえは失恋したばかりだ。節操がないにも程がある。

だが、そんななまえの内心を知らないクロロはごく普通に会話を続けた。

「というか、俺はてっきりなまえはパーティ慣れしているものだとばかり思ってた」
「え?どうして、」

こんなところまったく縁がない、と言いかけて、なまえは彼が答えるよりも先に察してしまった。「まぁ……私がいても邪魔になるだけだしね」当たり前だが暗殺者でもないなまえはイルミの仕事に着いて行ったことも、着いて来てくれと頼まれたこともない。イルミの場合、危ないから、というよりも足手まといだからだろう。
まぁ今更、そんなことはどうでもよかったが。

「だから全然慣れてないの。もし邪魔しちゃったらそのときはごめんね」
「俺がいるんだ、失敗なんてない」
「うわ、すごい自信」
「なまえのこともちゃんと守るさ」

「……クロロって、キザだよねぇ」

なまえは返事に詰まって、苦し紛れにそう言った。目を合わせてしまうとこちらの動揺が見透かされそうで、目を伏せる。彼を意識してしまった自分が嫌だった。善意で恋人のふりをしてくれたクロロの、優しさを踏みにじるような浅ましい感情だと思った。

「なまえ、」

だが、不意に肩に手が置かれて、なまえは反射的に顔を上げてしまう。今までだって何度も名前を呼ばれたことがあるのに、その声を聞くと悪魔に魅入られたかのように動けなかった。

「なまえ、俺は――」

クロロの唇の動きを目で追っていたなまえの視界は、そこでパッと暗転する。突然の暗闇に会場内はざわめいたが、すぐに会場の中央にスポットライトが当たり、これも演出の一部なのだとみな理解した。

「お待たせいたしました!それでは今宵のオークションを始めさせていただきたいと思います」

マイクを持った司会と、綺麗な女性が布に包まれたワゴンを押して現れる。

「び、びっくりした……」
「そうだな、嫌な演出だ」

なまえが肩の力を抜いたのと、クロロの手が離れたのはほぼ同時だった。

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