■ 10.要らないもの
やはり、数人分の食事の買い物となると荷物が多い。
なまえはちらりと隣を歩くクロロを見て、ごめんね、と謝った。
「別にこの程度どうってことないさ」
「いや、重さというより皆の団長に荷物持たせてるのが申し訳なくて……」
「気にするな、今はただのクロロだ」
確かに彼の言う通り、今のクロロは髪を下ろしてラフな格好である。しかし、恩返しのつもりで食事の用意を買ってでたのに、結局一緒についてきてもらわねばならないのでは意味がない。なまえに向けられる刺客の数が一向に減らないため、あれからずっと旅団には世話になりっぱなしなのだ。
「ほんとに色々ありがとうね。来てくれたのがクロロでよかった」
「前にフェイと行ったときは大変だったらしいな」
「あぁ……私は盗むより買った方が楽だと思うんだけど……」
「まぁ好みの問題だな」
クロロは小さく笑う。こうやって普通にしていると、本当に彼があの幻影旅団の頭だなんて信じられない。しかし個性的でアクの強い団員たちを束ねるだけの器とカリスマ性が、この人には確かにあるのだ。
「ところで、結局刺客が誰の差し金かわからないままなんだな」
「うん……ヒソカが言うには、イルミじゃないって」
「まぁ、あいつの話を鵜呑みにするのは不安だが」
「それは私もそう思う」
なまえを狙ってやってきた刺客たちは、現在旅団メンバーのいい玩具になっている。一応そこそこの腕の実力者がやってくるので、好戦的なフェイタンやフィンクスなどはむしろ楽しみに待っているくらいだ。
「今まで何度も危ない橋を渡ったことはあるけど、ここまでしつこく狙われるのは初めてだし」
「そうだな。確かにしつこい」
「ごめんね、私も早く引っ越し先見つけたいんだけど……」
「いや、しばらくは無理だろう。今日も着いて来てよかったくらいだ」
「え?」
クロロの言葉にまさか、となまえは慌てて後ろを振り向く。しかしそこに広がるのはごくごく普通の街並みで、特に怪しい気配はない。「前だ、なまえ」言われるままに視線を戻して、なまえは思わず息を呑んだ。
「イルミ……」
一方的に別れを告げられてから、顔を合わせるのはもちろんこれが初めてだ。あんなに悲しんであんなに腹を立てたのに、いざこうやって彼に会うとどうしていいかわからない。それだけでなく現れたイルミが驚くほど冷たい殺気を放っていて、なまえはひたすら困惑した。
「や、久しぶり。元気そうだね」
「昼間から何の用だ?」
片手を上げて淡々と挨拶をしたイルミ。なまえを庇うようにさっと間に入ったクロロを、彼は視線だけで見下ろした。
「別にクロロに用はないよ」
「そのわりに随分なご挨拶だな。暗殺者がそんなに殺気を出していいのか?」
「わざとやってるからね。そこ、退いてくれない?」
「嫌だと言ったら?」
爽やかだったクロロの横顔はもうそこにはなかった。今あるのはどこからどう見ても団長の顔で、なまえはその雰囲気に気圧される。
けれども張り詰めた沈黙は、イルミが小さくため息をついたことで呆気なく終わりを迎えた。
「……なるほどそういうこと。ほんとなまえも懲りないよね」
「……え?」
「家に行ったら引っ越しててびっくりしたよ。行動が早いっていうか、もう新しい男のところに転がり込んでるんだ?」
「違っ!私とクロロは、」
そういう関係じゃない──
続けるはずだった言葉は、クロロが制するように片手を上げたことで遮られた。
「改めて聞く、なまえに何の用だ?昔の女は始末してきてと婚約者に頼まれでもしたか?」
「別にそういうわけじゃないよ。そういやなまえの家に色々物を置いていったな、と思ったから訪ねただけで」
「へぇ……」
全く信じていない、と言わんばかりにクロロは相槌を打つが、無理もないだろう。イルミにしては不自然な理由だ。部屋にあったのも些細な日用品ばかりで、わざわざイルミが取りに来るほどの価値があるものなんてない。やはり、刺客は彼の仕業で、今日こそなまえを殺しに来たのだろうか。
「悪いけど、引越しの時に"要らないもの"は全部捨てたの」
「……そう」
デメちゃんで吸ったから、イルミの私物どころか貰ったプレゼントも全部だ。最初は突然現れた彼に驚いたものの、ようやく怒りが込み上げてきたなまえはまっすぐにイルミを見据える。
「そういうことだから、もう来ないで」
行こう、クロロ、となまえはイルミの顔を見ないようにして歩き出した。当然の反応だと自分でも思う。これでいい。これでよかったんだ。イルミは引き止めてくることもなかったし、なまえが吹っ切れているのだとも伝わっただろう。
「……よく頑張ったな」
わざと少し、なまえの後ろを歩くクロロは呟くようにそう言った。なまえはそれに頷きたかったけれど、今は涙が零れないようにするだけで精一杯だった。
[
prev /
next ]