- ナノ -

■ 05.裏切りは胸のうちに

料理がおいしかったのもあるが、ミルキには今日、自室に戻りたくない理由があった。

食事の席での兄の警告。そして、それに対する父の決定。
あの場では大人しく引き下がったが、あの兄のことだ。絶対にまだ納得していないし、かえってあのなまえという女へのいらだちを募らせたことだろう。そしてそんな”家族想い”の彼ならば絶対になまえを排除しにかかる。しかし実力行使に出られない今となっては、まず相手の情報を集めるところから始めるのが基本だろう。

「ミル、遅かったね」

のろのろと重い足取りで部屋に戻れば、案の定そこにはイルミの姿があった。用件は聞かなくてもわかる。協力を断れば、兄の近くにあるグッズ達が葬られるのだろう。
部屋の空気は早くも重苦しく、逃げ出したくなったミルキだったが、どこへ行こうとこの兄からは逃れられないのだとよく知っていた。

「イル兄が欲しいのはあの女の情報だろ」
「うん、話が早くて助かるね。ということはミルも反対なんでしょ?」
「……俺はまぁ、ほとんど部屋にいるからあんま関係ねーし。ま、でも一応既に調べてあるぜ」

なまえがうちに来るようになったのは3か月前。正直、ミルキにとってはどうでもいいことだったが、それでも一応セキュリティ面で何かあれば叱られるのはミルキだ。だからいくら母親の客とはいえ調べさせてもらった。「でもたいしたことはわかんねーよ。何しろあの流星街出身だしな」どこへやったかな、と山積みの漫画の中から資料を取り出して渡す。

「それはある程度仕方ないと思ってるよ。で、オレがいない間、もちろん代わりに監視してくれてたんでしょ」
「まぁな。でもこっちも特に怪しいところは無し。大抵ママとお茶してるか、キル達の訓練見学したりゲームしたりしてるよ。一応動画も録音もある」

この兄を満足させるにはそれなりにきっちり調べておかないと怖いので、ミルキはやれるだけのことはやったつもりだ。が、怪しいところがないと言うとどうしてもなまえを擁護しているみたいになってしまう。「ま、パパもママもキルアには甘いからな」弁解するようにそう言えば、無表情な兄の眉がわずかにしかめられた。

「そういえばキルはどうしてあんな女でやる気を出してるわけ?」
「対等に口をきいてくれる他人が物珍しいんだろうな。あと、聞いてる限りだとあの女はキルをその気にさせるのが上手いよ」
「その気?」
「キルは褒められて伸びるタイプかもな。調子に乗り過ぎるとウゼーけど」
「これ以上甘やかしていいことなんてないよ。キルのことはオレが一番わかってる。まずはあのやる気のむらを治さないとね……」

そこまで言って話がそれたことに気が付いたのか、イルミは少し黙り込んだ。キルアのこととなると普段は冷静な兄もこれだ。皆キルアに甘いというが、実際の所キルアをいい意味でも悪い意味でも特別視しているのはこの兄なのだろう。
正直なところ、ミルキはなまえの件にも、弟の件にもあまり関わりたくなかった。なので知っていることはすべて話して、さっさと一人にしてほしかった。

「あとは、パパとママだな。これはたまたま聞いただけなんだけど、あの女がママの知り合いの娘だっていうかなりの確証があるみたいだぜ。なんでも念が母親と同じ物だとか」
「母親と同じ念?何言ってるの?念は固有のものでしょ、いくら親子でも同じ念なんてありえない」
「いや、俺もそう思うけどさ……とりあえず、さっき詳しく説明しなかったのはキルに念のこと知られたくないからだと思うぜ」
「そう……」

ありえない、と言い切ったものの、兄は何か考えているようだった。確かに世の中には色んな念があるし、他人の念を盗んだり、コピーしたりする能力があるかもしれない。しかしそれならなおのこと警戒する必要があると思うのだが……。

「とりあえず、この資料はもらっていくよ。また何かわかったら教えて」
「おう」
「……ミルだけはまともそうでよかったよ」

小さく溜息をついた兄は最後にそう呟いた。だが、生憎ミルキはイルミほどなまえに敵意があるわけではない。さっきはあえて言わなかったが、キルアを介してなまえと一緒にゲームをしたこともある。実際に会話をした感想としては、別に不快なところなんてなかった。

けれど――

この裏切りを今の兄に告げるのはあまりにも酷だろう。

ミルキはようやく一人きりになった部屋で、これから我が家に波乱が起こるのだろうなと憂鬱な気分になった。


[ prev / next ]