- ナノ -

■ 04.孤立無援

「あらあら、なまえさんはどうしたの?せっかくお食事にもお誘いしたのに」

今日は珍しく、家族全員がそろって食事をすることができた。
だからそんな場で、あの女の名前なんて聞きたくもない。ここへあの”異物”が混じるなんてもってのほかだ。「なまえなら追い出されたぜ」イルミが黙っていると、まるで告げ口するかのようにキルアが答えた。最近じゃ親のことを疎ましがって、ろくに喋りもしなかったくせに。

「追い出したですって?まぁ、誰がそんな……イルミなの?」

今度はカルトだ。名指しこそしなかったものの、視線で母親に伝えた。イルミはいい加減腹が立って、「あのさ、」と口を開いた。

「母さんの知り合いだってのはわかってるけど、いくらなんでもやりすぎだよ」

すっかり食事をする気分ではなくなって、持っていたナイフとフォークを並べて皿の上に置く。父も祖父もいることだしいい機会だ。イルミがあの女の訪問を快く思っていないと分かれば、皆もこの過ちに気が付いてくれるだろう。

「キル達にはさっき言ったんだけどね、あまりよそ者を信頼しすぎるのは正直感心しない。母さんには悪いけど、どうも嫌な感じがするんだよ、あの女」
「まぁそれはどういう意味かしら?なまえさんはとてもいい方よ。キルやカルの面倒もよく見てくださるし」
「だから、そういうのが、」

――気に入らないんだよ

喉元まで出かかった言葉を呑みこんで、イルミは別のことを言った。

「よくないんだよ。発展途上のキル達に余計なことを吹き込まれても困る。あの女が万一何かしでかしても、キル達だけじゃ対処できないかもしれないだろ」

なぜ本心を隠す必要があったのかは、自分でもわからない。

「そうねぇ、イルミの言いたいこともわかるけれど、彼女が来てからキルもやる気を出しているようだし……」
「……」

それは正直、言われると痛いところだった。だが、そもそも他人の言葉でやる気を出している方がおかしい。その時点で、それこそ何か吹き込まれている可能性がある。

「もしなまえが悪い奴なら、イル兄がいない間にとっくにやってるって。疑いすぎ」
「甘いね、キル。そんなの油断させるためかもしれないだろ。だいたい本当に母さんの知り合いだっていう証拠があるの?」
「イル兄のほうがなまえのことなにも知らないくせに……」
「知ったとしても同じことだよ」

前のキルアはここまで反抗的じゃなかった。それなのにこうも楯突いてくるのはやはりあの女の影響だろう。だから嫌だったのだ、とイルミは忌々しく思う。

「ねぇ、あなたどう思う?私はただ、知り合いが訪ねてきてくれて嬉しかっただけなのよ」

ここでようやく、母は父に意見を求めた。この場の雰囲気的に母はキルア寄りの意見らしいが、父さえ反対してくれればあの女は二度とうちへは来られないだろう。イルミは父が自分と同意見であることを期待して視線を向けた。当然、そうであるものとして疑ってすらいなかった。それなのに――

「キルア、最近の訓練はどうだ、辛いか」
「……そりゃま、楽しんでやるもんではないけどさ。でも、なまえが来てからは息抜きができるし、前よりはずっとマシだよ」
「そうかそれならいい。ただ節度は守れ。キキョウもだ、いいな?」
「ええ、あなた」

父はそれ以上のことは、イルミが期待したようなことは何一つ言ってはくれなかった。女の訪問に対して完全に反対したわけではない。むしろ、これでは容認したようなものだ。驚いたイルミが思わず責めるような視線を向ければ、バッチリと目が合う。

「イルミ、お前が心配するのもわかるが、俺も彼女の母親とは知り合いでな。キキョウが流星街にいた頃、何度か会ったことがある」

だからそれがどうしたというのだ。あの女は母の知り合い本人ではないし、その娘である証拠もない。顔がいくら生き写しだろうが、顔なんていくらでも変えられる。こんなの納得できない。だが、祖父も何も言わないし父がそう決めたのならイルミにはあの女を追い出すことはできない。

「……そう。わかったよ、今のところはね」

ここは家族団らんの場で、守るべき家族はここにいる。でもその家族は誰一人イルミの味方をしてくれない。

結局皆キルアに甘すぎるのだ。

イルミは食事もそこそこに席を立った。腹立たしいけれど皆がそのつもりなら、自分だけはあの女の行動に目を配っていなくてはいけない。何が目的かは知らないが、必ず化けの皮を剥いでやる。

たとえ家を継ぐのが自分じゃないとしても、イルミはこの家を守らなければならないのだ。だから家の平穏を乱す者は誰であっても許せなかった。

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