- ナノ -

■ 32.酷い女

久しぶりにお湯でしっかりとシャワーを浴びることができて、生き返った心地がする。夜はすべて土の中で過ごしたが、汚れることを除けば寝心地は悪くなかった。むしろいつもよりよく眠れた気がするくらいだ。おぼろげながらも包み込まれるような不思議な感覚があったので、土の温度が睡眠にちょうどいいのかもしれない。

無事に1週間プレートを守りきることができたなまえは、自分のプレート3点、ターゲットのプレート3点という模範的な結果で四次試験を通過した。
終了時刻に海岸に行けば、キルアはもちろんゴンやクラピカレオリオもみな揃っており、彼らも無事にターゲットのプレートを手にいれたようだ。そしてそのまま合格者は飛行船に乗り込み、次はいよいよ最終試験だという。
なまえは遠ざかるゼビル島を眼下に捉えながら、感慨に耽っていた。まさかこんな形で自分がハンター試験を受けることになるとは思ってもみなかったし、次が最後ならばなまえは決断しなくてはならない。

最終試験がどのような方式かはわからなかったが、おそらくイルミは受かるだろう。そしてその時なまえの裏切りがキルアに露呈する。彼を傷つけることになると思うと胸が痛んだが、だからといってすべてが丸く収まるような上手い方法も思いつかなかった。今更キルアにイルミのことを伝えて懺悔したところで、二人に逃げ場はない。ただ自分の罪悪感がほんの少し軽くなる程度で、それなら弁解せずにちゃんと憎まれたほうがいい。イルミはなまえとキルアの仲を裂いて友情への幻想を打ち壊したいようだったが、キルアにはもう他に友人がいる。だから安心して憎まれることを選べた。


「なまえ、お前四次試験で俺を避けてただろ」

ふと、後ろから声をかけられて振り向くとキルアがそこに立っていた。この兄弟はとにかく他人の背後を取るのがお好きらしい。
キルアはかなり怒っているようだったが、なまえだってそれくらいは予想していた。自分の悪癖を見せたくなかったので、あえて彼から逃げていたのだ。

「うん、避けてた」
「な……」

こうもあっさり認めるとは思わなかったのか、しかめ面だったキルアは面食らったように瞬きをする。キルアの性格上、ストレートに謝ってしまえばしつこく追及しないのはわかっていた。「せっかくの試験だから自分の力を試してみたかったの、ごめん」なまえが謝れば、キルアは自分の不満をどこへぶつけていいのかわからないようだ。くしゃくしゃと自分の髪をかき混ぜ、あっそ、と呟く。

「そういうことなら別に……いいけど。お前さ、写真送らなくていいのかよ」
「……あ。そうだね、忘れてたよ」
「いいのかよ、そんなんで」
「いいよ。どうせあの人、私に期待してないし」

言いながら携帯を取り出し、なまえはキルアを引き寄せて横に並んだ。「え、ツーショットで送んの?」動揺したような声を出すキルアが面白くて、同時に少し切なくもなる。これで終わりだ。きっとこうやって二人で仲良く写真を撮るなんてこと、この先一生ないだろう。ぱしゃり、と撮った写真の自分は、想像していたよりずっと上手く笑えていた。

「キルアと一緒になんて、きっとあの人へのいい嫌がらせになるよ」
「……」
「そうだ、次が四次試験だって嘘伝えるけど、キルアは試験後どうするのか考えてる?」
「家には戻らない……ていうか、なまえこそどうすんの?」

そう言われても、今のなまえは明確な答えを持ち合わせていなかった。キルアはただなまえが脅されているだけだと思っているが、今のなまえは文字通りイルミに命を握られている。たとえキルアが上手くライセンスを手に入れてゾルディック家から逃げ続ける道を選んだとしても、なまえは一緒に行くことができないのだ。

「もし、もしもだけどさ、特に当てが無いなら一緒に旅とか、」
「私を誘わずにゴンを誘えば?」
「え」
「年も近いし、ちょうどいいじゃない。友達になったんでしょ?」
「ん、まぁ……友達かどうかはわかんねーけど」

言葉を濁したキルアに、我ながら酷い提案をしたものだなと思った。イルミがここにいる以上、そんな冒険は夢物語だ。しかしなまえは別に意地悪でそんなことを言ったわけではなく、本心からこの夢が実現すればいいと思っていた。これはキルアにとってだけでなく、なまえにとっても希望なのだ。この先に暗い現実が待ち受けているのを知っているから、ついつい理想が口をついて出る。「なんでわからないなんて言うの?二人はもう友達でしょ」重ねて問えば、キルアの表情はどんどんと沈んでいく。それでもじっと待っていれば、ややあって懺悔でもするかのように重い口は開かれた。

「……二次試験のとき、俺はゴンやなまえ達を置いていった。たまたまなまえがヒソカの知り合いで、ゴンの鼻が異常だったからたどり着けたようなもんだけどさ、実際あそこで皆が死んでもおかしくなかっただろ?」
「それはそうだね」
「俺は皆を見捨てたんだ……だから友達だって言う資格がない」

吐き出すようにそう言ったキルアの瞳は暗く沈み、その口元は自嘲に歪んでいる。ただ辛そうな顔をするだけならばともかく、そうやって笑っているところにこれまで塗り重ねられてきた諦観が窺える。そもそも“友達”という気さくな単語と“資格”という固い単語が結びつくこと自体、12歳になる前の子供の発想としては違和感しかなかった。

「あのさ、キルア。ゴンはキルアに見捨てないでって言った?クラピカもレオリオも、置いていかないでくれって言った?」
「え……」

なまえの問いに、キルアは俯きがちだった顔を上げ、ちょっと驚いた表情になる。おそらく、彼はなまえからも“資格がない”と言われることを想定していたのだろう。普通で言えばそんなことはあり得ないのだが、これまで彼の近くにいた家族はみな口を揃えてキルアが友達を持つことを頭ごなしに否定した。だからきっと、彼にとっては問いを向けられたこと自体が新鮮だった。弱々しいながらも「言ってない……」と小さく返事をしたキルアは、なまえの言葉を待つように真っすぐに見つめくる。

「誰もキルアが皆を見捨てて逃げたなんて思ってない。友達ってのは対等で、どちらか一方が責任を負うようなこともない。
 お互いに助け合って、そのときできる最善をすればそれでいいんだよ」
「……」
「あの場で残ることを選択したのはゴン。だからその選択にまでキルアが責任を感じる必要はない。だけど友達だから、キルアはゴンが合格できるように道標のコロンを撒いたんでしょ。友達は大事だけど、資格とか、責任とか、そんな重たいことまで考えなくていいと思う。
 大事なのはキルアが皆といたいのかどうか。皆といて楽しいのかどうか」

人と人との関係なんて、なまえにだって何が正しくて何が正しくないのかわからない。偉そうなことを言ったってなまえ自身、生きるのに必死で友達と楽しく遊んだ記憶もろくになかった。だが、今のキルアは“友達”について一通りの解釈しか持っていない。キルアの家族がキルアのために誂えたそれが間違っているとまでは言わないけれど、キルアには違う考え方だって知る権利くらいあるはずだ。

なまえの言葉を聞いたキルアは黙って考えこんでいるようだった。確かにすぐにはそうなんだ、難しく考えなくていいんだ、と気持ちを切り替えることはできないと思う。キルアだってずっとずっと、下手をすればゴンに出会う前から、”友達”というものについて悩んでいたのだろうから。
だが、人生というものはその多くが案ずるより産むが易しである。これから時間はかかってでも、キルアは自分で”友達”のあり方について答えを見つけていけばいい。資格云々は置いておいて、まずはキルア自身が何を望んでいるかが大事だと思うのだ。

「キルアはゴンと一緒にいて楽しい?」
「……まぁな、あいつ予想もつかねーことやってくれるし」
「たとえば?」
「そうだな……三次試験の時のこと、話したっけ?殺し合いして扉を開けなきゃ間に合わないってときにさ、あいつ壁を壊して新しい道を作ったんだ。面白いだろ」
「はは、ゴンらしいね」

少し水を向けてやれば、キルアは生き生きとゴンのことを話しだす。指摘をすれば彼は子供扱いするなと怒るかもしれないが、まさに年相応の純粋な笑顔だった。やっぱり、キルアをこんな風に笑顔にできるのは“友達”しかいないのだ。

「あのねキルア、この話のついでに、ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど」

これでいい、と思いながらなまえはゆっくり目を伏せる。ゴンはキルアの友達だ。でもここまでキルアを騙してきたなまえは違う。自分を慕ってくれる彼を突き放すのは胸が痛むが、これから起こることを考えるならここでなまえははっきりさせておかなければならなかった。

「やっぱ、わたしとキルアの関係は友達じゃないと思うんだ」
「……どういうことだよ」
「キルアは私のことで責任を感じてるでしょ、だからだよ」

確かにイルミは家族――特にキルアのことになるとやたらと攻撃的だけれども、なまえが彼の支配下に置かれているのはほとんど自業自得だと言ってもいい。イルミは最初、なまえに警告だけで済ませようとしていたが、それを無視して深入りしたのはなまえだ。温かい家族像を見せられて、欲を出してしまったのはなまえの落ち度だ。
だからキルアは何も責任を感じることはないのに、彼はずっとなまえの不遇を自分のせいだと思っている。その訂正は絶対にしておきたかった。

「……でも、俺はたとえイル兄のことがなくても、なまえと一緒にいて楽しかった。それじゃダメなのかよ」
「私も、キルアとゲームしたりかくれんぼしたり、すっごく楽しかったよ」
「じゃあ、」
「でもやっぱり、友達っていうのはしっくりこない。キルアもゴンと会ってなんとなくわかったでしょ」

友達の定義を未だ見つけられていない彼に、そんなことを問うのは酷だろう。しかし、こういう場合は理屈よりも感覚のほうが当てになる。キルアはなまえもゴンもひとくくりに友達として扱おうとしているが、それが無理なことぐらい薄々気が付いているだろう。「……だったら、俺となまえっていったい何なんだよ」傷ついた表情でそう言われて、なまえもとても苦しかった。なまえがキルアの友達であることを否定したように、なまえの答えもキルアに受け入れてもらえないかもしれない。
それでも、なまえがキルアを想っていた気持ちは嘘じゃなかった。

「私はね、キルアのこと、友達というより家族みたいに大事に思ってる」
「家族?」
「うん。家族って言ったら、キルアにとっては重くて面倒なだけの存在かもしれないけどさ、私にとって家族は友達よりも大事なものだから、キルアの位置づけは家族なの」
「……」
「もちろん、友達と家族のどっちが強い結びつきかなんて、状況や個人の価値観に依ると思う。だから、キルアがもし友達のほうを大事だと思うのなら、友達を優先していい。家族の立場を取った私を、嫌いになっていい」

最終試験の形式がわからない以上、なまえはこんな逃げ方をするしかなかった。これなら仮になまえがイルミのスパイだったと露呈しても、キルアの“友達像”には影響しない。なまえの行動はキルアの“家族”として、他のゾルディック家の人々がやっていることと同じだ。初めから“家族”側のスタンスを表明してしまえば、失望されるかもしれないが、絶望を与えはしないだろう。
キルアが二度となまえに心を開かなくなったとしても、彼にはもうゴンたちがいる。希望さえ失わなければ、家を出るチャンスはいつかきっと巡ってくると思うのだ。

「家族、ね……俺も、なまえみたいな姉貴だったら欲しかったかもな」

なまえの言葉に耳を傾けていたキルアは、ぽつりとそう呟いた。彼にとっては家族なんて嫌な言葉だろうに、なまえの気持ちを受け止めてくれたことがたまらなく嬉しい。胸が詰まって声が震えそうになったが、なまえは努めて明るい笑顔を作った。

「とりあえず、キルアは次の試験に集中すること。試験後、私はどさくさに紛れて流星街に帰るから心配いらない」
「でも、なまえはオレを連れ戻せってイル兄に脅されてるんだろ?イル兄から逃げられるのか?」
「それはこっちの台詞だよ。キルアと私が分かれて逃げれば、イルミは絶対にキルアを優先する」
「なるほど!……って、なるほどじゃねーよ!じゃあ俺とゴンで旅しろって囮になれってことじゃねーか!」
「うーん、そこはお姉ちゃんを助けるためだと思って」
「何が姉だ!どこの世界に弟を囮にするような姉がいんだよ!」

当たり前のように姉弟と言ってくれて、本当に嬉しい。キルアは呆れた、と言わんばかりに盛大にため息をついたが、なまえの身の振り方については一応これで納得してくれたようである。
拗ねたように口を尖らせた“弟”を見ながら微笑んでいると、彼はふとまたそこで真面目な顔になる。

「そうだ、俺、なまえに聞きたいことがあったんだ」
「なに?」

この機会に改まって聞かれることとはなんだろう。色々と後ろ暗いところのあるなまえは、内心ひやひやしながらも首を傾げて見せる。ヒソカとの繋がりのことだろうか。それとも前にはぐらかした三次試験の内容?いや、もっと昔に遡って、イルミの“なまえを殺した”発言の意味を聞かれる可能性だってなくはない。

「実は俺もクラピカから聞いただけなんだけど……」
「クラピカ?」
「あぁ。なまえがその……夢遊病かもしれないって」
「え……?」
 
キルアの口から出た単語に、なまえの思考は一瞬停止する。
安堵と動揺――相反する感情に、なぜか顔だけは笑ってしまっていた。「夢遊病?」わかっている。自分のことだ。だから家で眠るときは内側からドアにチェーンを巻き付けていたし、ゾルディック家でも自分の身体をベッドに繋いでいた。
けれどもこの話題は、下手をすると自分の裏切りがバレるよりもなまえにとって最悪なものだった。

「俺はそういうの詳しくねーからあんまわかんないんだけどさ、もしイル兄のことで悩んでるならほんとに悪いって思うし、」
「違う」
「……なら、いいんだけど」

なまえの否定の声は、特に大きなものでも荒ぶったものでもなかった。しかしキルアはなまえのただならぬ様子を感じ取ったらしく、場に気まずい沈黙が落ちる。空白の時間はなまえの告白を待っているようだった。けれどもなまえは絶対に口を開かなかった。話してどうなるわけでもない。同情されたいわけでもない。一番いいのは気づかないふりをしてくれることだ。キルアもクラピカも善意から本当になまえを心配してくれているのだとはわかっていたが、それでもどうしてもこの件だけは触れられたくなかった。

「……悪い、変なこと聞いた」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう。あれはイルミのせいって言うか、昔からのものなの。だから気にしないで」
「……わかった」
「それより、次の試験に集中しよう。皆が言うにはペーパテストかもしれないって」

我ながらこんなに下手な話題転換があるだろうかと思わず苦笑しそうになる。しかしそんななまえを救うかのように、ちょうど飛行船内にアナウンスの音声が流れた。

――えー。これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は2階の第1応接室までお越しください

「面談……?まさかそれが最終試験だってのか?」

予想外の“面談”という単語に、キルアの思考はそちらに引っ張られたようだった。きっと今頃他の受験生たちもざわついていることだろう。「さぁ、どうだろうね」なまえはほとんど上の空で相槌を打った。

△▼


面談の部屋は入り口こそドアだったものの、中は他の船室と違ってジャポン風の部屋になっていた。リノリウムの床から一段高くなったところに草を編んだような床材が敷かれており、会長はやたらと平べったいクッションの上で胡坐をかいている。

畳、座布団、後ろにあるのは掛け軸か。

なまえはゾルディック家でゼノから教えてもらった知識を思い出し、靴を脱いで畳の上へと上がる。会長はなまえのたどたどしい動きを見ると、ほっほっ、と楽しそうに笑った。

「そう緊張しなくてよい。これは試験ではなく、ちょいと参考までに質問する程度のことじゃ」
「そうなんですか?」
「あぁ、全く試験に無関係とは言わんがね。
 ええと、まず、なぜハンターになりたいのかな?」

なんだ。本当にただの面談ならそう言ってくれればよかったのに。なまえは自分より先に面談を受けたキルアのことを思い、どうやら色々まとめて仕返しされたようだと内心で苦笑する。
それから気持ちを切り替えて、真剣な顔で会長に向き合った。

「特にありません。私、無理やり参加させられているので」
「おやおや、随分と正直な娘さんじゃのう」
「今さら嘘をついても仕方ありませんから。でも、せっかくここまで来たんだし、ライセンスが貰えるなら貰います」
「あいわかった。では質問を続けるぞ。残った受験者の中で一番注目している受験者は?」

注目?

これはなまえの観察眼を測っているのだろうか。普通で言うなら、今の面子で注目すべきはヒソカとイルミだ。これはもちろん悪い意味で、二人が念能力者なうえに突出した強敵だから。
だが、本当に純粋な意味でなまえが合否を気にしているのはキルアのほうである。

「……99番ですね」
「理由を聞いても?」
「言うまでもなく、彼の才能はおわかりでしょう。それに血は繋がっていませんが、彼は私の弟のような存在だからです。彼には合格してほしい」
「そうか。では、今一番戦いたくないのは?」

ここへきて、戦闘関連の話題か。
この面談は最終試験の参考になるそうだし、もしかすると最後の試験はストレートに戦闘技術を問うものなのかもしれない。しかもこういう聞き方をされるということは、総当たりの可能性は低い。ただ、嫌な相手を言っておけば避けてもらえるのか、ここぞとばかりに戦わされるのかそれだけがわからない。普通で言うならヒソカを挙げるとこだが、そのせいで戦わされる羽目になるのはごめんである。

「私は戦闘向きではないので、本音を言えば誰とも戦いたくありませんね。でも、逆に言えば相手が誰でも結果は変わらない気がするので、誰でもいいです」

なまえはあえてぼやかした返答をすることで、特定の誰かの名前を挙げることは避けた。ふぅむ……と会長は顎髭を撫で、何かを考えているようである。

「99番の彼に合格してほしい。でも、彼とも戦える、と」

やはり最終試験は対戦形式か。だったら、最悪キルアとイルミが当たってしまう可能性がある。特に勝ち進む気のないなまえは誰と当たってもいいが、その二人が当たるのはなるべく避けたい。いや、待て。キルアとなまえが当たったとしても、イルミはキルアに揺さぶりをかけるだろう。もしかするとキルアを操って、試験中になまえを殺させるかもしれない。我に返ったキルアはショックで試験どころではなくなるだろうし、それこそ責任を感じて心を閉ざす。あの男ならばありえる展開だ。それだけはまずい。

「あ、ちょっと待ってください」
「どうしたんじゃ?」

なんとか、キルアとイルミ、キルアとなまえ、という対戦を避ける方法はないだろうか。ひねくれた発想をしてしまったが今のこの会長の雰囲気だと、結構要望は聞いてもらえそうである。「そうか……」そしてなまえの頭がフル回転の末に導きだしたシナリオは、自分でも驚くくらい最高の出来だと思った。これならばなまえはイルミの支配下から抜け出せ、キルアをただ裏切っただけでは終わらず、イルミにも一矢報いることができる。

「すみません、戦う相手は誰でもよくないです。戦うのなら301番と」

なまえは覚悟を決めて、会長の目をまっすぐに見つめた。
が、会長のほうはどこか呆気にとられた表情で、ぱちぱちと瞬きをする。

「ええと、わしは戦いたくない相手を聞いたんじゃがのう」
「あ……」
「まぁ、よい。おぬしが本当にそう思っているのなら参考にしよう。下がってよいぞ」
「は、はい」

これしかない、と勢い込んで言ってしまっただけに、自分の勇み足が恥ずかしかった。それでも参考にしようと言ってもらえただけありがたい。なまえは靴を履くと、一礼してそそくさと面談室から退出する。

なまえの描いたシナリオは、決して大団円のハッピーエンドではなかった。それでも、この先一生イルミに良いように使われることを考えたら、なまえにとっては十分ましな結末だ。結婚したら家族になるだなんて綺麗事を言っても、あの排他的な男が本当の意味でなまえを家族扱いするとは思えないし甚振られるだけだろう。そんな扱いを受けるくらいなら、姉扱いしてくれたキルアの為にも全力でイルミの邪魔をする。
ほんのついさっき決まったばかりの作戦だったが、なまえの決意は固かった。



そうして飛行船にのってから三日がたった頃、委員会が経営するホテルにて、とうとう最終試験の内容が発表される。

「最終試験は1対1のトーナメントで行う。その組み合わせはこうじゃ」





どよめきが室内を満たす中、希望が叶えられたことを知ったなまえは、わざわざ振り返ってイルミ扮するギタラクルを見る。そして挑発するようににやりと笑って、口の動きだけでメッセージを送った。

――そろそろまた、攻守交代と行きましょうか。



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