- ナノ -

■ 13.疑心暗鬼

気づけば捜索を初めて既に2週間が経っている。
それだけの時間がありながら、イルミはどうしてもなまえの行方を掴めないでいた。

ミルキを使って調べさせているが、もともとあの女は流星街出身で手がかりも少ない。そもそもミルキによると前回音信不通になった時点でキキョウも彼女を探そうとしたが、結局徒労に終わったらしい。
つまり、あれだけ親しくしている母ですらなまえの居場所を知らないのだ。

とりあえず頻繁にうちに来ていたことから考えて、パドキア周辺に居を構えていたのかとしらみつぶしに捜索しているが、表の物件から裏の物件まですべて当たり無し。もちろん、なまえ探しだけでなくイルミには通常の暗殺の仕事もあるので、思うように空かない身体と進まない捜索に苛立ちは募るばかりだった。

そして苛立ちが募れば募るほど、細かいことでも他人を責めたくなる。

たとえば母であるキキョウ。
あれほどあの女の存在はキルアに害悪だと忠告したにもか変わらず、無視をした上、今更になってキルアが暗殺者にならないと言い出したことに泡を食っている。いや、それだけならまだいい。なにを血迷ったか、そのキルアの説得を元凶であるなまえにやらせようとしているのだ。キルアの矯正はイルミの仕事だし、少し時間をくれれば問題なくやって見せる。あの女に近づけるのだけは悪手だといい加減に気づいてほしい。

たとえば、キルアとカルト。
まだ幼くあの女に惑わされる未熟さは仕方ないが、あの女よりもイルミとの付き合いの方がずっと長いはずだ。立場上、年の離れた弟達には訓練を課すことが多かったが、それも家業のことを考えて二人が命を落とさないようにするためには当然だと思っている。そこを汲まずに単に耳触りのよい甘言に絆されるのは、未熟さを差し引いたとしてもあんまりではないだろうか。

そして、ミルキ。
あいつだけは兄弟の中でもなまえに籠絡されていないと思っていたのに、捕らえたなまえの口からはいい子としてミルキの名前も上がっていた。しかしミルキから回ってきた監視カメラ映像には二人が接触している姿はなく、意図的にミルキが伏せたとしか思えない。

また、キキョウがなまえを本格的に探していたという情報も、こちらに一言告げるべきだったのでないだろうか。秘匿しろと命令されたのなら話は別だが、キキョウはイルミの前でもなまえの不在を心配する様子を見せていたのだから捜索していることを隠す可能性は低い。となれば、逐一あの女にまつわる情報を報告しろ、と言っていたのだから、ミルキはやはりイルミに教えるべきだった。

そう考えると現状、ミルキから返ってくる「手がかりなし」という結果はどの程度信じていいものなのだろうか。
今回はゾルディック家の防衛にまつわる業務だとして、お互いゾルディック家の安全を共通理念に動いているつもりだ。しかし逆に言えばミルキと取引をしているわけではなく、ミルキが情報を意図的に隠す可能性がないとは言いきれない。通常、同じ家族で家族の不利益になるようなことをするわけがないけれども、もし互いの思惑が一致しなかった場合、ゾルディック家ではインナーミッションが起こることもあった。

そこまで考えたイルミは、居ても立っても居られずミルキに電話をかける。「もしもし、ミル」一度気になったことはぐるぐる考えるより、今すぐ力づくでも解決したかった。

「今更だけど、やっぱり取引にしてはっきりさせたほうがいいと思うんだ」
「は?何の話だよ、イル兄」

イルミが今連絡するといえば、なまえ関連のことに決まっているだろう。もしとぼけているつもりなのだとしたら、我が弟ながら残念だとしか言えない。
しかしイルミはその説教は後回しにすると決め、さっさと本題を切り出すことにした。

「なまえのことだよ。お前、オレに隠し事をしてないって誓えるかい?」
「はっ!?疑ってんのかよ!?」
「……」

微妙なところだ。今の反応はどちらだろうか。イルミは他人の感情を察することにあまり価値は感じられなかったが、会話の中の不審さを見つけることについては意義を感じている。

「言っとくが、こっちもそれなりにプライド持ってやってるよ。でも現状手がかりはないんだからしょーがねーじゃん。
だいたいママが騒いでないってことは、しばらく来れないとか予め伝えてあるってことだろ?イル兄こそ、あんなになまえのこと嫌ってたくせにどうして探してるんだよ?ゾルディック家のためだって言うから付き合ってたけど、疑うならこっちもそれなりに聞かせてもらうぜ?」

驚きから徐々に怒りへと移り変わるミルキの言葉は、限りなく本心のように聞こえた。次兄は兄弟の中でも喜怒哀楽が素直なほうなので、本当に見つけられないのかもしれない。しかしどうせ一度疑ったのだ。はっきりさせておいて損はなかった。

「いいよ、じゃあなまえのことに関してはお互い隠し事なし。そういう取引をしよう」
「……どーしても取引にしたいんなら好きにしろよ」
「じゃあ成立だね。本当になまえの手がかりはない?」
「ねーよ。取引で嘘つくほど俗ボケしちゃいねぇ」
「そう。じゃあオレもなまえを探している理由を言うよ。目的はあの女を殺すため」
「っ……!まじで殺る気なのか!?」

今更そんな驚くことでもないと思うのだが、ミルキは大きく息をのむ。「そうだよ」どう考えたってなまえは早めに始末しておいたほうがいいだろうに、ミルキもしばらく裏方ばかりで勘が鈍ったのか。

「仕事でもないのにそこまで……」
「オレだって不本意だよ、金にもならない殺しなんて。でもウチの邪魔になるものを排除するのも必要なことだからね」

こんな仕事をしていれば、恨みや賞金狙いで襲われることもある。だからといってそのときに依頼ではないからと、襲ってきた奴を見逃してやるわけにはいかない。降りかかる火の粉は払って当然だ。もっと言えば、火の気になりそうなものを事前に潰すことができれば尚更いい。

「まぁそれはさておき、何かわかったらすぐに連絡してね」
「あぁ」

イルミはその返事に満足すると、通話を終了する。とりあえず”取引に嘘はなし”なのでミルキのことは信用することにした。
しかしそのまま携帯をしまおうとしたところ、僅かな振動がメールの受信を知らせる。通知に表示された相手の名はヒソカだった。

依頼した3日はとうに過ぎて、もうあいつは関係なくなったはずだが……。

件名に無意味な記号が羅列されているのはどうでもいいとスルーして、イルミはメールを開く。いつもなら電話をかけてくるところなのに珍しい、と思ったのもつかの間、添付されていた写真を見て驚愕した。

「あの死体、起き上がったの?」

正直言って、なまえと入れ替わった死体の容姿などあまり覚えていなかった。しかし、背景はまぎれもなくあの廃ビルのコンクリートで、乾いた血で赤茶色く変色した服の女が一人、縛られて横たわっている。身体に欠損や不自然なねじれはないし、肌の色も生者のそれだ。
写真だけでは判断しづらいが、健康とは言えずとも生きているように見える。


――まだ動きが鈍かったから、とりあえず拘束して前の場所に置いておいたよ。


写真の下に添えられた一言に、イルミはすぐさま行動した。
どうして契約の3日を過ぎたヒソカがまだ死体を見張っていたのかなんて、そこまで頭が回っていなかった。


▲▽

各地にあるヒソカの隠れ家的なマンションの一室で、なまえはまるで猫のように我が物顔でくつろいでいた。

一応契約を交わしていると言っても、強制的な絶状態に異性との共同生活なのだ。もう少しくらい警戒してもいいと思うのだが、彼女は鍵のかかる自分の個室さえあればまったく平気なようである。
初めに決めたようにヒソカの行動にも特に制限がなく、生活の拠点や行き先を明らかにさえすれば、ヒソカがどこで何をしようと彼女はまったく関心がないようだった。

しかし、だからこそだろうか。
ヒソカは今しがたイルミに送ったばかりのメールを、たまたまリビングを通りかかった彼女に見せてみる。
イルミに情報を与えるな、というのも契約のうちだったが、ヒソカは当然言い訳を用意していて、ただ彼女がどんな反応をするか見たいと思ったのだ。

「あら、今更随分と古い写真を送ったんですね」

画面を見たなまえは思っていたよりずっと落ち着いた態度だった。「契約違反だったかい?」確かに彼女の言う通り、これは10日も前の写真だ。マチに依頼して”修理してもらった”死体を、自分の念でそれらしく”おめかし”させて撮ったいわゆる悪戯写真である。
よくできてますねぇ、と呟いた彼女はまじまじと写真の死体を眺めていた。

「まぁ、それは私の情報ではなく、”私だったもの”の情報ですから構いませんよ」
「ククク……キミならそう言うと思ったよ」
「でもどうしてわざわざ攪乱してくれるんですか?」
「これはキミと契約する前から、もともとボクが考えていたことだからね。それに、これがキミへの協力になるかはわからないよ。怒ったイルミがボクのところに乗り込んでくるかもしれない」

ドッキリ、というのはやる側は面白くても、やられる側はそうはいかないだろう。イルミは笑って許してくれるようなタイプでもないし、笑えるレベルのネタでもない。
しかしなまえは顎に手をやってうーん、と考えると、大丈夫じゃないですか、と言った。

「あの人にそんな余裕はありませんよ」

写真を見たイルミはおそらくすぐになまえの死体を確認しに行くだろう。そしてそこで、自分がヒソカに騙されたのだと知る。
そのとき彼はどうするか。

「わざわざ探し出して文句を言いに来るほど暇じゃないし、怒りをそこまで我慢できない人だと思いますよ。電話で連絡を取れるなら尚更」
「そうだといいねぇ」

イルミはああ見えて短気なところがある。特に家のことが絡むと激情的ですらある。ヒソカはわざと不安を煽るような言い方をしたが、実際にはおおむねなまえと同意見だった。しかし、なまえの予想はそこで終わらず、彼女は言葉を続ける。

「それに自分の努力とは別のところでうまくいかないことが続くと、なんだか周りのすべてが自分の敵に見えてくるんですよね。で、そうなったら相手が敵か味方か判断できる何かがあれば容赦なく試すし、できないのならややこしい関係はひとまず遮断するしかない」
「イルミのこと、よくわかってるんだね」
「……あの人は私によく似ている。不本意ですけど」

そのとき、まるではかったようにヒソカの携帯が着信を知らせた。とっさに彼女を見れば、どうぞ、とジェスチャーで促される。あまりにも彼女が落ち着いているので、ヒソカは少し面白くない気分になって渋々電話に出た。

「もしも、」
「一体これはなんの真似?」

相手は当然イルミで、ヒソカの言葉を遮るほどの詰問口調だった。どうやらこちらはなまえとは対照的に、怒り心頭というわけらしい。「何黙ってんの、これは何の真似だって聞いてるんだけど」少しの沈黙も許されず、ヒソカは悟られないように笑みを漏らした。

「ちょっとした冗談だよぉ。キミがびっくりすると思ってさ」
「は?冗談にもほどがあるだろ」
「悪かったよ。キミがそこまで怒ると思わなくて……でも、その感じだと、まだなまえは見つかってないようだね」

なまえは今ヒソカの隣にいるのだから、そんなことはわかりきっている。しかしあれだけすぐ見つけると豪語していただけに、イルミは余計イラついているのだろう。
普段、男にしてはやや高めだった声を低く落として、電話越しでもわかるほどの殺気をぶつけられた。

「……いいか、ヒソカ。今度この件でふざけたことをしたらお前を殺す。わかったな?」
「はいはい、気を付けるよ」

電話を切ったイルミは、まさかヒソカが当のなまえと一緒にいるだなんて想像もしていないのだろう。契約があるのでもしもなまえのことを聞かれても嘘をつくしかなかったが、ここまで冷静さを欠いている彼は珍しい。

「よかったね、イルミは全く気付いていないみたいだよ」

なまえにそう声をかければ、彼女はヒソカの手から携帯を奪いリダイアルのボタンを押した。「えっ」一体何のつもりなのか。さすがにヒソカでも、今のイルミに掛けなおすのはまずいと思うのでびっくりする。
しかしなまえはそのままぐい、と身を乗り出し、携帯電話をヒソカの耳に当てた。


――おかけになった電話番号は、お客様のご希望によりお繋ぎできません

「ほらね」

イルミは今、疑心暗鬼に陥っている。
なるほどな、と思う反面、なまえはイルミとヒソカの関係を良いように捉えすぎであると思う。

下らぬ用事で電話をかけて着信拒否をされるのは、ヒソカにとってそう珍しいことでもなかった。

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