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■ 03.偽りだらけの肩書き

バーナム効果というものを知っているだろうか。

実際、これだけ聞けば酷く仰々しく聞こえるが、『心理テスト』や『占い』のようなものを思い浮かべてみてほしい。はじき出された診断結果が自分に当てはまると感じる時、その多くは当たっているのではなく、誰しもに当てはまることを言われているに過ぎないのである。では予言の自己成就はどうだろう?真面目で几帳面だと自他ともに認めるA型の人間を集めて、彼らに実はO型だったと嘘を教えた場合、彼らの性格はがらりと─つまりは大ざっぱと言われるO型の性格に─変わってしまったそうである。

このようにして占いには様々な心理効果が利用されている。すべての占い師がそうというわけではないのかもしれないが、少なくとも苗字なまえはこれらの効果を利用してあたかも占いが当たっているように見せかけていた。
そしてそれだけならばまだしも、なまえの本業は占い師ではなかった。これらの心理効果は占いに限らず普段の会話の中でも応用できる。履歴書には絶対に書くことはできないが、実質的な活動としては詐欺師という言葉の方がしっくりくるだろう。

なまえは人を騙して得た金で生計を立てていた。まだまだ駆け出しとはいえ、あの手この手で他人を騙してそしらぬ顔で生活を送っていた。だから占い師なんて肩書もいくつかあるカムフラージュのうちのひとつに過ぎず、あるときは会計士であったりまたあるときは経営コンサルタントだったり、要はそれらしい職業ならなんだっていいのだ。

そしてそんな職業不定のなまえだからこそ、初め、男が何を言ったのかわからなかった。

「お前の占い、当たるんだって?」
「え……?」

ある日、次のカモについて調査していたなまえのところに訪れた男は、どこからどう見てもまともな人間のようには見えなかった。情報収集に出かけようと自宅から出た瞬間、不意に呼び止められ単刀直入にそう切り出される。
もちろんなまえだって大っぴらに自宅を明かしていたわけではないので、男もそれなりにこちらのことを調べているようだ。どこからの情報かはわからないが完全にしらばっくれるより、ひとまずそれらしいフリをしたほうが無難だろう。

「……どちらさま?私は誰でも占うわけじゃないの」

男はその高い身長と広い肩幅が無ければ、女と見紛うほど美しかった。長い髪を後ろで一つに束ね、黒いフレームの眼鏡をかけている。全身黒っぽい服を来ていて、まるでイメージの中の忍びか暗殺者みたいだ。
男の持つ独特な雰囲気にのまれてしまわないよう、なまえは努めて落ち着いた声で返事をした。

「そういうことだから帰ってもらえる?」
「うーん、やっぱりオーラなんて見えないけど。うまく隠してるのかな」
「オーラ?」

もしかして占い師が見えるという、色付きのあれか。
見た目の割に子供っぽい仕草で幼稚なことを言い出した男に、なまえは内心で引いてしまう。そんなもの見えるわけない。存在の有無を別にしたって、なまえは占い師ではなく詐欺師なんだから。けれども当の男は至って真剣な表情で、聞きたいことがあるんだけど、と話を切り出した。

「占いならしないけど」
「見るのもダメ?」
「は?」

「だから、直接占ってくれなくたっていいよ。お前が他の誰かを占うときに、同伴しちゃダメ?って聞いてるの」
「それでも駄目」
「なんで?そういう制約があるの?」
「制約?」

さっきからこの男は何が目的なんだ。なまえは険しい顔になると「占いは見世物じゃないの」毅然とした態度でそう言い放った。別にエセ超能力のように手品やトリックで誤魔化しているわけではないので、見られていたって問題無いと言えば無いが、こんな初対面の、それも得体のしれない男に見せてやる必要は全くない。

「……何が狙いなの?」

単刀直入にそう問えば、意外にも男は素直に答えた。

「うーん、正直に言うとオレはお前が念能力者、もしくはそれに近しい能力を持つ人間なんじゃないかなーって疑ってる」
「は?」
「占いや芸術のような能力は、本人も無意識のうちに使ってるってことがあるらしいからさ。この世界に念があるのかどうかはわからないけど、今はとにかく戻るための方法に繋がるならなんだって情報が欲しいんだよ」

男は急に饒舌になると、これで説明はした、と言わんばかりにどこかやりきった表情でこちらを見る。けれどももちろん、なまえは何一つ理解できていない。

「……さっきから何言ってるの?」

それどころかむしろ、初めに受けた印象とはまた別の意味で身の危険を感じていた。なまえからしてみれば、不意に現れて『念能力』だの『この世界』だの並べ立てる男はどう考えても頭のおかしな人間だとしか思えなかったのだ。そしてそんな時、なまえは自分の中にふと既視感を感じて激しく動揺する。まさか、そんなことはあるはずが……。

「その顔はオレのことを知ってるって顔だね」

するとこちらの心を見透かしたように、男は眼鏡を外した。「やっぱりそんなに有名なんだ?参ったな、もう少し変装しないと」なまえは何も言っていないのにそんな独り言を呟きつつ、結わえていた髪も解いてしまう。

男はなまえの知っている『キャラクター』だった。

「イルミ=ゾルディック……」

発した自分の声が、掠れているのが良く分かる。名前を呼ばれたイルミは少しだけ満足そうに目を細めた。

「わかってるなら話は早いや。嘘はつかないほうが身のためだよ」
「な、なんで……」
「なんで『この世界』にいるかって?それはオレが一番知りたいよ。だけどどうしてお前のところに来たかは答えられるね。
さっきも言ったけどオレはこの世界における『念能力』を探してる。公に仕事をしておらず、特殊な能力の人間を裏ルートで調べて、候補に挙がった中ではお前が一番近くにいた」

「……」

なまえはイルミの説明を聞きながら、血の気が引いていくのを感じていた。つまりは単に自分は不運だったということになる。今はもう、どうしているはずのないイルミがここにいるのかなんてどうだってよかった。念能力者でなければ、彼はなまえを殺すかもしれないのだ。かといって彼に嘘は通用しない。イルミの能力をなまえは知っている。悲しいことにあの原作のファンだったのだ。
だからといって殺されても構わないと思うほど心酔していたわけではない。誰だって死ぬのは怖いし、ある日突然目の前に漫画のキャラクターが現れて殺されるなんて理不尽だ。

「……残念だけど、この世界にあなたの言う念というものは存在しない。でも……」

なまえは乾いた唇を軽く舐めると、精一杯あがくことを決めた。

「常識では考えられない力を持つ人間がいないわけじゃない」

目の前の男がこの世界の知識をどの程度持ち合わせているのかは知らない。それでも、いくら彼が何事にも動じない暗殺者であっても、知らない世界で一人きりだというのは酷く不安なはずだった。だからきっと彼が今一番欲しいのは情報。なまえはみすみす殺されるくらいなら、と賭けてみることにしたのだった。


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