- ナノ -

■ 09.もしも神様がいるのなら

「トガシヨシヒロね……」

結局その日の夜、寝ずに漫画を全て読み終えたイルミは大体の状況を掴んだらしい。そもそも後半のアルカ編などは彼自身が多く出ているために、知らないことも少なかったのだろう。彼の次なる興味は当たり前のように原作者へと向けられて、それはなまえが一番心配していたことでもあった。

「……どうするの?まさか会いに行くの?」
「探すのに時間はかかりそうだけど、帰れる方法の一つでもあるよね」

―だってトガシに続きを書いてもらえばいいんでしょ?

イルミが言ったことは至極もっともであるが、その続きを書いてもらうのが並大抵なことではないのだ。そもそもイルミのことだから、それこそ自分の都合のいいように針を刺して物語を変えてしまうかもしれない。いやその前に自分の描いたキャラクターが目の前に現れたら流石の先生だって混乱するだろう。イルミがこの世界にいるだけでもおかしいことなのに、その二人が接触することは酷く怖いことのように思えた。一体何が起こるか、誰にもわからない。そんななまえの心情を読んだかのように、イルミは「針は使わないよ」なんて言ってのけた。

「こっちの世界にどんな影響があるかわからない以上、死なれたら困るしね」
「でも、脅すことだってできる。その場合物語はイルミの自由になるんだよ」
「それはすごいね。もしそうならアルカより便利だ」
「またそんなこと言う……アルカとキルアの会話、読んだんでしょ?」
「……」

イルミは都合が悪くなると黙り込む癖がある。怒っているのか、気まずいのか、真意は読めないもののあれを読んで全く何も思わなかったわけではないみたいだ。「キルは甘いんだよ」言い訳のように紡がれた言葉は、どこか子供じみて聞こえる。

「とにかくオレはその『トガシ』に会ってみるつもりだよ」
「どうやって調べるの?そんな情報、ネットにも出回ってない」
「出版社から当たってみればいい。もちろん正攻法じゃないけどね」
「イルミ、人を傷つけるのは、」

「今更何を言ってるのさ」

イルミの声は別に大きいわけでも、特別低いわけでもなかった。けれどもなまえの言葉を遮って響いたそれには有無を言わさぬ響きがあり、確かに彼の言う通り今更過ぎる内容である。イルミは暗殺者なのだ。目的のためには手段は選ばないのだ。そんなことは漫画で見て嫌というほど知っているくせに、勉強をしていた彼や一緒に食事をしていた彼を知っているだけに、そこの解離になまえは戸惑ってしまう。
イルミを止めたいのに、どうやって止めたらいいのかわからなかった。

「なまえも甘いよ、オレが暗殺者だってこと忘れてない?」
「……うん、でも」
「だいたい、会ったばかりのお前になんで指図されなきゃならないの」
「……」

なまえは何も言えなくなった。ついつい漫画のせいで古くからの知り合いのような気分になるが、彼にしてみればなまえは昨日会ったばかりの見知らぬ人間でしかない。そんな奴に弟のことやら生き方のことやらとやかく言われて、鬱陶しく思わないはずがなかった。

「ごめん……イルミが正しいよ」

なまえがそうぽつりと呟くと、彼の目が大きく見開かれる。けれどもこれはあてつけではなく本心だった。正しすぎて何も言えないことが苦しい。

自分は何を思い上がっていたのだろう。イルミがここへ来たのもたまたまだし、殺されていないのも偶然みたいなものじゃないか。それになまえだってイルミと関わるのは不本意だったはずだ。自力で方法を見つけて、帰ってくれるに越したことはないじゃないか。
自分だって真っ当な仕事をしていないくせに、どの口がそんな綺麗事を言うんだ。

「……出版社、どこにあるのか知ってるの?」
「漫画の巻末に書いてあった」
「それで地図もないのにわかる?待ってて、今ちゃんと行き方調べる。お金も少しは持っていきなよ」

「なんなの、反対したかと思えば急に協力的になってさ」

なまえはPCを起動させると出版社名を検索した。あそこは持ち込みなども受け付けているため、この情報はわりとすぐ手に入る。「協力するのがそもそもの約束だったって思い出したから」プリンターが地図を吐き出すまでにそう時間はかからなかったが、イルミはその間じっとこちらを見つめていた。

「そう、助かるよ」

地図と財布を受け取って、サングラスで変装を済ませた彼は出て行く。一人になったなまえはしばらくぽつねんとしていたが、やがて漫画の一巻から手に取って読み始めた。

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