- ナノ -

■ 6.写真



カタカタッ、とキーボードを叩く音が小気味良い。
イルミが仕事に出掛けた後、ユナはいつものように仕事に取りかかっていた。

「よし…!完了っと!」

送信ボタンをクリックすると、これで『green』の依頼は完了だ。
今回のは思ったより大変だったなぁ、と大きく伸びをしていると、すぐさまコンピューターが電子音を立てた。

「え?もう?」

返信が来るには早すぎる。
おかしい、と思って画面をチェックするとそこには「送信できませんでした」の文字が浮かんでいた。

「嘘。なんで?」

慌ててもう一度送信してみる。
だが何度やっても結果は同じ、「送信できませんでした」だった。

「なんで?なんで?容量重いの?」

仕方なく、ユナはファイルを添え付けせずに、今の状態についてメールする。
今度はちゃんと送れたみたいで、程なくして『green』からのメールが返ってきた。

From Green
――――――――――――――――――

お疲れ様、解析終わったんだね!
流石メリルだ!

うーん、オレのパソコンもキミのパソコンも性能いいはずだから、容量はそんなに重くないはずなんだけど…

こういう場合ってメリルどうしてるの?
会って渡したりってできる?
いや、無理なら他に何か考えるけど…

――――――――――――――――――――


「会って…か」

どうしようかな、別に変装するから顔がバレるとかいうことはないんだけれど。
相手は盗賊かもしれない。
疑うわけではないにしても、それなりに危ない橋だ。

だが…
ユナは少し迷った末に、会うことを決めた。

From メリル
―――――――――――――――――――

わかった。
夜なら会ってもいい。
ただし、秘密は守ってもらう。

時間と場所はこちらで指定させてもらってもいいかな?

―――――――――――――――――――

ヒソカの時のように、遠い所を指定されては困る。
かといってあまり近くは不安だし、相手方の都合もあるだろう。

一応、候補としていくつか場所を挙げて見ると、意外にも『green』の返事は好意的なものだった。


From Green
――――――――――――――――――

OK!
二つ目に挙げてくれた場所なら行けるよ。
それからこれ携帯のアドレス。
向こうに着いたら、そこに連絡して。

報酬は確認次第、振り込むよ!
―――――――――――――――――――


「さて…」

急ぎの用ではないと言われたものの、なるべく早い方がいいに決まってる。
ユナはカレンダーをめくって、空いてそうな日にちを選んだ。

***




「ユナ、前に言ってた訓練、今晩やるよ」

「えっ」

夕方。仕事に行くギリギリ前になって、イルミは思い出したように発表する。
ユナは嘘でしょ?と思って横目でカレンダーを確認したが、やっぱりドンピシャ。

今日の夜は『green』と会う約束をした日だった。

「あ…今日?」

「何かあるの?」

「いや、ちょっと実家に用事が」

「え、ユナ実家に帰るの?」

何を勘違いしているのか、イルミがぴくりと眉を動かす。
なんで?オレ何かした?と早口で質問を浴びせてくるから、ユナはまず誤解を解かないと、と考えた。

「違うよ、イルミ。
ただ呼ばれたから行くってだけ。
私一人っ子だから、親が寂しがっちゃってさ」

「ふーん、じゃあ訓練は?」

「悪いけど延期にして。
前から約束してたし、急に行けないって言ったらがっかりさせちゃうよ」

イルミの良いところの一つは、とても家族想いであるということ。
親の話題を出せば少なからず思うところはあるみたいで。
彼はまだ少し不満そうだったが、最終的には仕方ないね、と言ってくれた。

「わかった。じゃあ延期」

「ごめんね、次は絶対やるから」

「気をつけて行ってきなよ」

なんだか嘘をついたのが心苦しい。
別に浮気してるとかそんなのじゃないけど、信じて心配までしてくれるイルミに申し訳なくなった。

「イルミこそ気をつけてね。仕事頑張って」

「うん」

そういや、イルミは毎日危険な仕事をしてるんだよね。
それなのにイルミは強いってイメージがあるからか、今まで気をつけてね、なんて言ったことがなかった。

「じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

遠ざかるイルミの背中をいつもように見送って、ユナは少し反省する。
私はもしかしたらいい奥さんじゃなかったかもしれない。


***


「もしもし…着いたよ」

指定したのは隣街にあるこ洒落たバー。
ユナは新たに購入したプリペイド式の携帯で、店に入る前に連絡を入れる。
結構大通りに面した店を選んだため、周りは皆一般人ばかり。
だからこそ互いにおかしなマネは出来ないだろうと踏んで、ユナはこの場所を選んだのだった。

「もしもし、俺はもう中にいるよ。
一番奥のカウンター、金髪の男」

「了解。入るね」

今日のユナは、流れるような腰までの黒髪に、鮮やかな青のタイトワンピース。
ちょっとイルミをイメージした雰囲気の美女へと姿を変えていた。

「…メリル?」

「greenって貴方ね」

一番奥のカウンター席に座っていた男は、童顔のせいか、まだとても若く見える。
彼はユナの姿を認めるなり、そのくりくりとした瞳を好奇心できらりと輝かせた。

「わぁ…すげー美人…びっくりした」

「ごめん、これ変装だから」

照れる様子もなく平然と誉めるあたり、相当女慣れしてそうだ。
しかしヒソカとは違って粘着質なものが感じられず、むしろ雰囲気は爽やかである。

「なるほど変装か。
まぁ、そうだよね。情報屋って結構危険な仕事だし、無闇に正体明かすものじゃないよ」

「お得意様にも本当の姿は見せてないの。
だから気を悪くしないで」

ユナは気紛れで見た目を変えるため、もし次に会うとしても恐らくこの格好ではない。
だからいとも簡単に、この姿が本物でないと打ち明けた。

「はい、これ解析したデータ。
もちろん、貴方のこともこのデータのことも秘密は守るわ」

「ん、サンキュー。いつも助かってるよ。お金はまた振り込んでおくね」

「ええ」

greenはユナからメモリーカードを受けとると、直ぐ様ポケットへとしまう。
そうなると、もう今日の仕事はお仕舞いだった。

「せっかくだから、何か飲まない?」

「え…あ、私はそんなに飲めないの」

「バーを指定しといてそりゃないよ」

greenは呆れたように笑うと、勝手にマスターに何かを注文する。
それがあまりにも自然な流れで、ユナは思わず目の前に出てきた白濁がかったお酒を手に取った。

「それならそんなに強くないお酒だから」

「そう…じゃあ少しだけ頂くね」

きっとイルミと訓練したらこんなものじゃ済まされないだろう。
実家で練習に飲んだと言えばいいし、彼の言った通り、バーにまで来て飲まずに帰るというのもおかしな話だ。

口に含むとグレープフルーツの甘酸っぱい爽やかさが広がり、グラスの縁に付けられた塩と絶妙に合う。

「美味しい…こんな変わったお酒もあるのね」

「でしょ?
カクテルって口当たりが良くて、結構飲めちゃうんだよね」

にっこりと笑う笑顔が可愛らしくて、うっかりしてると盗賊かもしれないということを忘れてしまいそうだった。


***


「はぁ…せっかく休み取ったんだけどな」

ゾルディック家本邸、イルミとユナの部屋。
アルコールの訓練のために、イルミは様々な種類のお酒を用意していた。
ビール、ワイン、ウイスキーなどはもちろんのこと、見た目にも美しい色とりどりのカクテルまで、全て本格的なものを集めてある。

だが、今日に限ってユナはいない。
イルミは空いた時間を持て余し、どうしようかな…と部屋をぐるりと見回した。

「…あ、そうだ」

目に付いたのは、彼女の本棚。
そう言えばユナは本を読みながら、オレを待っていることが多いのだ。
イルミは別に深い意味もなく、どんな本を読んでいるのだろうと思って、数冊抜き取って、ペラペラとページを捲ってみる。
すると、どの本の隙間から出たのかわからないが、ひらりと一枚の紙が床に落ちた。

しおりの代わりかな…
イルミは何の疑問も抱かずにそれを拾い上げる。

だが、紙かと思われたそれは実際には写真で、そこに映っているものを見たイルミはぴたりと動きを止めた。

「誰…こいつ…?」

映っていたのは、がっしりとした体つきの、精悍そうな顔をした男。
それから、この前ちょうどこの本棚のところで、お酒の匂いがした彼女を思い出した。

「ユナ…どういうことなの…?」

イルミは無意識のうちに、写真をくしゃくしゃに握りつぶしていた。

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