■ 53.親しき仲にも
「ずっと隠してて、本当に申し訳ありませんでした!」
仕事の時間も不規則。
また、引きこもりが一名いるため、食事以外でゾルディック家一同が揃うのはとても珍しいこと。
イルミからこってりと絞られた後、やはり他の家族にも黙っているわけにはいかないと思って、ユナは情報屋であったことを正直に打ち明けることにしたのだった。
「それは、本当か?」
「は、はい。でも誓って言いますが、今回の実家の件以外でゾルディックの情報を悪用したことはありません」
「まぁ……」
まずいな……あのキキョウさんですら、絶句している。
ユナは流石にどうしようと思って、イルミに視線で助けを求めてみた。
「だから黙っておきなって言ったのに」
「だって、もう隠し事は嫌だし……」
「もう過去のことなんだからいいだろ」
「えっとイルミさーん、それに関してもお話が…」
ユナは深呼吸すると、さらに勇気を振り絞って告白する。
ここまで来るとシルバさんやキキョウさんの反応よりも、イルミの反応の方が恐ろしかった。
「今更もう信用してもらえないかもしれません。
だけどもし、もしもこのまま私をゾルディック家の嫁として置いてくださるのなら、情報屋としてお役に立たせていただきたいと思ってます」
「ちょっと待って、それって仕事は続けるってこと?」
深々と頭を下げ、祈るような気持ちで返事を待てば、案の定先にイルミからストップがかかる。
うーん、これでイルミまで反対派に回っちゃうと、私は本当にアウェーなんだけどな……。
「…そう。ゆくゆくは暗殺もやっていくつもりだけど、とりあえずは出来ることからやっていきたいなって」
結局母が死んだ後、ネイビスは男の癖にヒスを起こして散々だったが、それでもやはりあの家を継ぐのは変わらないらしい。
ユナも別に母がいないのならあんな家にももう未練はなく、今度こそこの家族の一員として新しく頑張っていこうと思っていた。
が、
「は?何言ってんの?駄目にきまってるだろ」
「なんで、私だって役に立ちたい」
「危ないだろ。それにオレの知らないところで他の男と会うなんて無理、絶対駄目」
シルバさん達に言いに行くとなった時は「何があってもオレはユナの味方だから」とか言ってたくせに。
隣に立っていたはずが、いつの間にか正面に立ちふさがるようにしているのはどうしてなの?
私だって今まで伊達に情報屋やってたわけじゃないから、それなりにプライドはある。
言い返そうとして口を開いた、その時だった。
「まあまあ、素敵だわ!!!自立心のある女性って素敵よユナさん!!」
ぱっ、と駆け寄ってきたキキョウさんがユナの手を掴むなり上下にぶんぶんと振る。
突然のことだったのとあまりの勢いに、若干くらくらしながらされるがままになっているしかなかった。
「暗殺もしたいだなんて偉いわぁ!流石ね、私あなたのそういう根性あるところが気に入ったのよ!今は女も守られるだけではダメな時代ですものねぇ!!」
「は、はぁ……では、許してくださるんですか?」
「もちろん、隠してたことは褒められたことじゃないわ!
でもねぇほら、あのイルがせっかく初めて気に入ったお嫁さんだし、私たちだってユナさんのことをもう自分の娘のように思ってるんですのよ!!」
ね、あなた。とキキョウさんが振り向けば、シルバさん達も皆頷く。
娘、と言う言葉に、じんわり胸が暖かいもので満たされていった。
「ユナさん、ウチもウチでだいぶ変わってる。それこそあんたの家を平気で潰そうとしたような家だ。
それでもいいなら、これからもここにいて欲しい」
「皆さん……本当に、ありがとうございます」
私が伝えたい気持ちはもっとこんなものじゃない。
だけど残念ながら、私はこれ以上の言葉を知らない。
緊張の糸が切れたうえに嬉しさと、どうしてこんないい人たちを疑って今まで黙ってたんだろうという情けなさと。
ユナは目の前のキキョウさんの手を握り返して、「お義母さん」と微笑んだ。
「俺もユナ姉が情報系手伝ってくれんなら、楽だし賛成だぜ」
「暗殺なら俺とカルトと一緒に修行だな」
「姉様がここに残ってくれてよかった…」
可愛い義弟達の可愛い台詞にユナが幸せを噛み締めていると、こほんと咳払いが聞こえてくる。
あ、忘れてた。
すっかり大団円な雰囲気だったから、この人が反対してたの忘れてたよ。
恐る恐るイルミの方を見れば、彼は眉を寄せて腕を組んでいて。
目が合うなり深々とため息をつかれた。
「イルミ、ダメ?
皆も賛成の雰囲気なんだけど……」
「はぁ…仕方ないな。
だけど、仕事を続けたいなら条件があるから」
「う、うん」
どうせイルミのことだから、男と会うのはダメ全部メールか電話で済ませろ、自分に逐一報告しろ、とかかな。
面倒なのはこの上ないけど、彼なりの愛情表現だってわかってきたし、こちらだってワガママ言える立場でもない。
ユナはできるだけ神妙そうな顔をして頷いた。
「まずはミルキの仕事を手伝ったり、身を守る基本的な訓練が先。
毒も今でやっとカルトと同じくらいの量だろ。
本格的に情報屋として復帰したり、暗殺の仕事をやるのは子供が出来てある程度大きくなってからね」
「…え、うん、わかった」
あれ、案外と普通で拍子抜け。
イルミもなんだかんだ物分かりいい夫じゃないか。
育児ったってここは天下のゾル家だし、家族も執事も一丸となって面倒見てくれそうだから心配はいらない。
子供、の言葉にそれもそうね!とキキョウさんは大喜びした。
「早く孫の顔が見たいわぁ!!」
「ひ孫か……早いのう」
「ベビー用品もまた揃えないとな」
多少気が早すぎる気もしたが、ユナは自分たち夫婦のためにそこまで喜んでくれる彼らの行動が嬉しかった。
だから柄にもなく自分からイルミに向かって「頑張ろうね」なんて囁いた。
「皆に子供も見せてあげたいし、私も早く仕事したいし」
「ははは、誰が一人だって言ったの?」
「……え?」
一瞬、言われた意味がわからずぽかんとしていると、その隙に背中と膝裏に手を差し入れられ、抱えあげられる。
形としてはお姫様だっこになるので、からかうようにキルアがひゅうと口笛を吹いた。
「子供が出来てある程度大きくなったら、って言ったよね?
たぶんユナ、仕事なんかしてる暇無いよ」
まだ追いつかない思考に追い討ちをかけるように囁かれて、ようやくわかった頃には遅かった。
体はがっちりホールドされ、そのまま自分たちの部屋へと連行される。
「待って待って何人つくる予定なの!?私死ぬから!死んじゃうから!」
「大丈夫だよ、三人目からは母さんもそんな大変じゃないって言ってたし」
「一緒にされたら困る!」
後ろから頑張るのよぉ!というキキョウさんの甲高い声が聞こえてきて、ユナはとんでもない条件を飲んでしまったと今更ながら後悔したのだった。
**
「やぁ💓」
「……なんでお前がここにいるの」
「別に細かいことはいいじゃないか☆」
イルミに抱えられて部屋に戻れば、ご丁寧に絶までしてピエロが待ち構えていた。
人の家、しかも夫婦の寝室に勝手に侵入することが細かい事だとは到底思えなかったが、それよりもまずユナとしては気まずさが先に立つ。
イルミにヒソカと仕事で関わりがあったのはバレているが、告白されたとまでは言っていなかった。
「あのさ、空気読んでくれない?
オレとしてはお前とユナが会ってたってだけで今すぐお前を殺したいくらいなんだけど」
「おや、すっかり秘密も打ち明けて、仲直りしたみたいだねぇ★
でも本気のイルミと殺りあえるならボクも大歓迎だよ💛」
ヒソカはそう言ってくつくつと笑うと、何の遠慮もなしにベッドに腰掛ける。
露骨に嫌そうな顔をしたイルミの顔が間近にあって、ユナは自分が抱えられたままであることを思い出し暴れた。
「お、降ろして」
「…ボクさ、最近失恋しちゃってねぇ★」
「へぇー、そうなんだ。だから何」
イルミは離してくれる気がないのか、ホールドはちっとも緩まない。
失恋、の言葉にドキリとしたユナは思わず暴れるのをやめてしまった。
まさか……ヒソカはここで言うつもりなのだろうか。
目が合って、にやりと笑った彼が何を考えているかなんて私にはわからなかった。
「だから、イルミ達がそうやって幸せそうだとなんだか羨ましいよ☆」
「あっそ」
「ボク、メリルが好きだったんだ💓」
「……………」
ぴしり、と場の空気が凍る音が聞こえたような気がした。
だってイルミはメリルの正体が私だったことをもう知っている。
つまりヒソカの発言は、私が好きだったと言っているのとなんら変わらなかった。
「…どういうこと」
「どういうことも何も、そのままの意味だけど☆」「ヒソカ」
イルミの声が怒ってる。
不機嫌を通り越して、もはや刺すような響き。
抱えられている私は間近でそれを身に受けて、思わずごくりと唾を飲んだ。
イルミは禍々しいオーラを放ち、ユナはヒソカとのキスを思い出して青ざめる。
望んだことではないとはいえ、もしもイルミにバラされたりしたら最悪だった。
お願いだから変なこと言わないでよ…?
だが当のヒソカはそんな私達を見て、にやにやどころか何故か爆笑し始めた。
「だからさぁ、キミ達何を勘違いしてるの?
ボクはそのまんまの意味だって言ったじゃないか💛」
「ヒソカ、私は─」
「イルミのことが好き、なんだろ☆?
で、ボクは『メリル』が好きなんだ。ユナじゃなくてメリルがね。
わかっただろ💓?」
ボクはキミにフラれるいわれはないよ★とヒソカは笑って、立ち上がる。
イルミと私は思わず顔を見合わせた。
「お幸せに☆」
そう言って、ベランダから消えた彼は一体何がしたかったのか。
修羅場にならずに済んで、ユナはあからさまにホッとする。
もしかしてあれで彼なりに祝福してくれたのかもしれない。
これでもバーでの別れ方を気にしていたから、彼が普段通りでなんだか救われたような気がした。
けれどもイルミは…
「なんなの、あいつ。
あんなの聞いたらやっぱりユナに仕事はさせられない」
「えっ!?」
「だってそうだろ?だいたいユナも何勝手にヒソカに好きになられてんのむかつく」
「そ、それは私のせいじゃなくない!?」
ヒソカが居なくなったことで怒りから不機嫌に少し落ち着いたイルミだが、ヒソカが居ないということはその矛先は私に向くしかない。
ちょっと手荒くベッドの上におろされて、逃げられないようにしっかりと押さえつけられた。
「むかつくから今日は優しくしてあげない」
「か、過去のことはもういいだろとかさっき言ってなかった?」
「それとこれとは別」
ああもう駄目だ、と覚悟して、視界いっぱいに移る彼の顔を見ればあれ?
なんだか微妙に笑ってる……?
怒った口調と無表情のせいでわかりにくかったけど、絶対これは楽しんでるに違いなかった。
「覚悟してね」
言われなくても、もうとっくにしている。
開け放したままのベランダの手すりには一枚のトランプが刺さっていて、そこには『フラれた仕返し💓』と念字で書かれていた。
もちろんそれをユナが発見するのは、翌日のことになるのだが…………。
─もうオレに隠し事はしない?
─…善処します
─なんでそこでしないって言えないの
─だって二度と嘘つかないとかそれ自体がもう嘘になる
─あ、そっか……………いや、そっかじゃないよ。なに嘘つく気でいるのさ
─今度は上手く秘密にします
─ユナ……怒るよ?
─だって………
夫婦だって秘密の1つや2つくらいあるでしょう?
秘密があったってちゃんと愛しているから、と言ったらイルミがまた困ったような顔になった。
わかりにくいけど、これは照れてる顔。
「じゃあ、二人だけの秘密ならいい?」
「…………それなら、いいよ」
「あーだめ。イルミ可愛すぎる」
「え?」
ユナは自分からぎゅ、とイルミに抱きついた。
抱きつかれるのは慣れないのか、またちょっとイルミは困った顔になる。
照れてる、照れてる。
天下のゾルディック家の長男さんは、どうしようもないくらい嫉妬深くて、ああ見えてすっごい照れ屋です。
もちろんこれはTopsecret。
ここだけの内緒にしておきましょう……
(そのうち勝手に仕事も始めよっと)
End
→あとがき
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