■ 49.妬みと狂気と確執と
部屋に取り残されて一人。
聞こえるはずのないパーティ会場の喧騒がまだ、耳の中にこびり付いているようで不快だ。
ソファーにぽつん、と座っていると改めて孤独を感じる。
自分の家のはずなのに、どこよりも酷く居心地が悪かった。
「今、何時だろう……」
いくらめでたいパーティといえども、夜通しやるわけでもないし。
ネイビスとイルミのあの雰囲気では、決行されるのはパーティ後だろう。
まだ、時間はある。
そう思って少しだけ肩の力を抜いた。
それにしても……
私はそんなに顔色が悪かっただろうか。
それともあのイルミの優しさも、全ては仕事をスムーズに行うための布石だったのだろうか。
考えてみたところで、私には彼のことなんてわからない。
夫婦は所詮他人だなんてよく言ったものだ。
だが、どちらにせよ、どうやってイルミをまくか考えていたユナにとって、この状況はありがたかった。
今回の彼の仕事、ただ黙って見ているだけなんて私には出来なかったのだ。
***
「依頼主は…叔母様です」
「そう……やっぱりあの女だったのね」
母にそうやって報告すると、心底忌々しそうに彼女は呟いた。
やっぱりというだけあって、もともと疑っていたのだろう。
母が取り乱すようなことがなくて安心した反面、うちの家族はどうなっているんだとも思った。
「決行日は?」
「次のうちで開かれるパーティです」
「晴れ舞台を邪魔するなんて、とことん悪趣味ね」
「……よくある手口です」
母は一体どうするつもりなのか。
本気でゾルディックを止められるとでも思っているのか。
もし本当にそう思ってるのなら、とても馬鹿げている。
世の中を知らないというか、甘ちゃんの発想だ。
本気で息子を助けたいのなら、叔母─つまり自分の妹を殺す。
それしか方法は無いに違いなかった。
「それにしても、仮にも貴方の夫でしょう?どうにかならないの?」
「………仕事のことに私から口出しをするつもりはありません」
「使えないわね」
母は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
もはやその程度のことでは傷つかないが、やっぱり言われて全く平気というわけでもない。
もしも、と思った。
もしも私がイルミに頼めば、依頼を無かった事にしてくれるだろうか。
別にわざと情報を盗んだわけでもない。
本当にたまたまミルキの部屋で、見てしまっただけなのだから。
だからきちんと話して、お願いだからと頼み込めば……
そこまで考えて、ユナは自分の希望的すぎる観測に呆れた。
私にとって家が大事なものであるように、イルミにとってゾルディックも大事なものなのだ。
私達は似すぎている。
目的のためなら手段を選ばないところまで。
ユナは恐る恐る母親に向かって進言した。
「彼の念や戦い方は教えましたが、決して勝てるだなんて思わない方がいいです。
相手はプロ。私達では防ぎようがありません」
「……わかってるわ」
「また、一度引き受けた以上、依頼を途中で投げ出すようなマネもしないでしょう。
信用に関わりますからね」
信用が大事なのは、情報屋や暗殺稼業に限らず、裏の世界の人間全てに言えることだ。
法に触れた危ない奴らの方が、目に見えない信用なんてものに重きを置くなんて、面白くもなんともない皮肉のようだが実際そうであるのは間違いない。
特にゾルディックは有名であり、そこの長男としてイルミが背負うものはとてつもなく大きいはずだった。
「ですが、そんな彼らを止める方法は一つだけ……」
「依頼主を、殺す。
そうでしょう?」
「ええ……その通りです」
母は出来るのだろうか。
あの息子はいくら可愛がっていたって、所詮は実子ではない。
叔母との間にどれほどの確執があるのかは定かではないが、血の繋がらない子供のために妹を手にかけられるのか。
だが、次の母の言葉を聞いて、ユナは自分の方がいかに甘ったれた考え方をしていたか、思い知らされることとなった。
「それなら、きっと妹の方も警戒しているでしょうね」
「え?」
「近頃は会ってないし、今突然会いたいと言っても怪しいし。
やはりそうなるとパーティで殺すのが一番かしら」
「まさか……本気でなさるおつもりですか?」
呆然とするユナに、母は当たり前でしょうと言い放つ。
驚いた、ここまでのものとは。
ユナはずっと自分以外の家族はそれなりに仲の良いものだと思ってきた。
外側からそれを眺めて、憧れて。
たとえ手に入らないとしてもそれをずっと守っていくことで、自分もそれの一員だと思おうとしてきた。
けれども蓋を開けてみれば、そこには醜い嫉妬と利権がらみの感情しかない。
私が欲しかった家族はどこにある?
初めから存在しなかったのではないか。
「あの女は、昔からそう。私の幸せが気に入らないのよ。
あなたを産んで私が子供を産めない体になったとき、さぞかし満足そうだったわ。
せっかく有名な所に嫁いだのに、いいザマねって」
「…」
「妬んでたのよ、きっと。
自分は名もないような小さな家に嫁いだから、私が憎かったんでしょうね。
そしてまた今度、私からネイビスを奪うことで、どこまでも邪魔をするつもりなんだわ」
そうに違いない、と母は語気を荒くして語ったが、初めて聞く母の事情にユナは戸惑いを隠せない。
そんなくだらないことで。
そんなくだらないことで私とイルミまで滅茶苦茶にするのか。
「私が殺るわ、この手で」
「……パーティの日に、ですか?」
「ええ、その日なら流石にあの女も来るでしょう。
いいえ、来るに決まってるわ。
私が絶望するのを見たいと考えるに違いないもの」
「本当にいいのですか?」
ユナはこれを『妹なのにいいのか?』という意味で問いかけた。
けれども返ってきた母の返事は、全く意味の異なるもので。
「ええ、めでたい席をぶち壊しにするのは気が引けるけれど、必ず私の手で。
プロにも任せないわ。
憎い姉の手で殺されるというのは一体どんな気分かしらね」
ふふふ、と微笑みさえ浮かべる母は、狂ってると思った。
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