- ナノ -

■ 4.言い訳と約束


家に着いたのは、ちょうど日付が変わったくらいの頃だった。
変装を解いたユナは一度、どさっとベッドに倒れこむ。
妙に勘繰ってくるヒソカの相手をするのは、いつも骨の折れる仕事だった。

「さて…これも隠しておかなきゃ」

ヒソカから受け取ったターゲットの写真。
こんなもの見つかったら、いくら淡白なイルミでもまずいだろう。

ユナは本棚から仕事の用のファイルを取り出してそこに挟むと、また見えなくしておいた。



「ユナ」

不意に声をかけられて、ユナは思わずビクリとした。
声がしたのはベランダの方。
イルミが帰ってきたのだ。

「早かったんだね…」

さりげなく時計を確認するが、やはりいつもよりずっと早い。
あと少し遅かったら不在がバレるところだった、と内心穏やかではなかった。

「うん、思ったより早く片付いた」

「それはわかるけど、ただいまくらい言ったら?
気配も消してくるだなんて、びっくりしたよ」

普通におかえり、と言っておけばよかったのに、動揺は言葉となって現れる。
イルミは少しだけ怪訝そうなオーラを醸し出した。

「うん、ただいま。
もしかして、もう寝てるかと思ったから起こさないように気配消して来たんだけど」

「あ…そう」

「おかえり、くらい言ったら?」

「おかえり」

怒らせてしまったのか、そうでないのか、判断するにはまだ微妙なところだ。
イルミは涼しい表情で、返り血の一切ついてない服を着替え始めた。

「…まだ流石にこの時間じゃ起きてるよ」

「よく飽きないよね」

「え?」

「本、読んでたんでしょ」

言われて、ユナは頷く。
イルミが帰ってくるギリギリまで仕事をしたあとはカムフラージュに本を開いて、そのうちうたた寝してることが多かったからだ。
だが、頷いてから、今日はその本を開いてなかったことに気がついた。

「うん、まぁ…それも読み終わっちゃったんだけどね」

「ふーん」

イルミはほとんど生返事でバスルームへと向かう。
と、思ったら少し浴室を覗いてまたこちらに戻ってきた。

「…ユナ、お風呂まだなの?」

「あ、うん、まだイルミ帰ってこないと思って後回しにしてた。
先に入って」

「…」

…なんとか言ってよ。
すると、イルミは何も言わずにつかつかとこちらに歩み寄ってくる。

もしかして、怪しまれてる?
ユナはポーカーフェイスを装いながらも、心臓がバクバクいっていた。

「じゃあさ…」

イルミの腕が腰に回される。
本能的に逃げ場を探したが、後ろは本棚。
ユナの体を囲うように、片腕を本棚についた彼は、いつも通り無表情だった。

「一緒に…ん?ユナ、お酒飲んだ?」

ぐっと、顔を近づけて、イルミは不思議そうに言う。
お酒と言っても、ヒソカとワインを一杯飲んだ程度。

それでもユナは、まずいな…と焦った。

「ちょっとね、眠気覚まし」

「お酒飲んだら眠くなるよ、眠気覚ましはコーヒー」

「そうだっけ?」

下手に飲んでない、と嘘をつくよりかは馬鹿を演じた方がいい。
イルミのホールドが緩んだ隙に、ユナは本棚と彼の隙間から逃げ出した。

「あぁ、道理で眠いんだ…一杯飲んだだけなんだけど…ちょっと酔いさましてからお風呂行くね」

「…そんなにアルコール弱いの?
訓練した方がいいんじゃない?」

「かもね、今度やってみるよ」
この場を切り抜けるため、適当に頷いたが、実際は特別アルコールに弱いというわけでもない。

ただ、イルミの嗅覚が良すぎるだけだ。
キルアとカルトはまだ小さいので、この家におけるアルコールの訓練とやらがどんなものなのかは見たことなかったが、少なくとも熱や毒、拷問よりかはマシだろう。
イルミはちょっと考え込んでから、ぽん、と手をうった。

「じゃあ今度オレが付き合ってあげるよ」

「え?アルコール?」

「うん」

「別に、一人でもできると思うけど…」

「一人でいきなり大量に飲んだら流石に危ないんじゃない?」

「待って。どれだけ飲ませるつもりなのよ」

弱くないとは言ったが、訓練してるイルミのペースに付き合わされたのではたまったものではない。
だが、イルミはうんうん頷くと、決まりねと言い切った。

「ウチの嫁がアルコールくらいで参られても困るし、これは訓練。
絶対だよ」

「それはそうだろうけど…」

イルミが言い出したら聞かないっていうのはユナも嫌というほどわかっている。
少なくとも、今日のところは話が反れただけ良しとするか。
訓練のことは訓練の時に考えよう…。

「わかった、そのうちね」

「今度、休みつくるから」

そう言ってバスルームへと向かうイルミの背中は、なぜだか少しだけ機嫌が良さそうだった。

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