■ 46.腫れ物
イルミから電話で相談されて以来、彼からもユナもぴたりと連絡がない。
ヒソカはイライラしながら、一人、また一人と人間を肉塊へと変えていく。
だが、殺戮を繰り返せば収まると思ってわざわざ自由参加の仕事に顔を出したのに、この胸のモヤモヤは一向に晴れる気配がなかった。
確かに、よくよく考えてみればあの二人に連絡するのは大抵自分からだったような気もする。
が、それにしてもあんなことがあったのに何も言ってこないのは少々腹立たしい。
彼らは自分の事を一体なんだと思っているのか。
都合がいいにも程がある。
加えて、ユナに気持ちを伝えたのはいいが少しも変わらない状況に気持ちが荒れて、今日はいつも以上に派手に殺してしまった。
「ボクは先に帰らせてもらうよ💓」
きっと他の団員達は、これから帰って宴会でもやるのだろう。
だがもともとヒソカは団員達と仲良くしたいがために入団したわけでもなかったし、今日は邪魔をして楽しむほどの精神的余裕もない。
クロロに短くそう告げると、「そうか」とだけ返された。
他の者達にも止める気配はない。
それどころかヒソカが殺気を振りまいたために皆までどこかギスギスした雰囲気で。
早くどっか行けとばかりに冷たい視線がいくつも向けられた。
「じゃ☆」
ヒソカは血の匂いで充満した現場を逃れるように後にした。
いつもなら興奮するこの色も匂いも、今は心を満たしてくれない。
夜風に当たって一人になってみて、やっと少し落ち着いた気がした。
そしてなんだか無性に彼女に会いたくなった。
ダメ元でも、電話をかけてみようか。
たとえそれが『メリル』として会うことだとしても、今のヒソカにはそれだけで十分だった。
**
久しぶりに仕事用の携帯が鳴った。
いつものようにイルミはまだ帰ってきていない。
実家で行われるパーティが近づくにつれ、イルミはさらに私を避けるように仕事に明け暮れていた。
それは罪悪感からか、それとも私に気取られて仕事を失敗するのを恐れてか。
どちらにせよ、今イルミはいないのだから、誰にも気兼ねすることなく仕事用の携帯に出ることができた。
「もしもし」
「やぁ💛」
久しぶりに聞く明るい声に、たとえそれが嘘だとしても救われる。
だが、もしも仕事の依頼ならば、断らねばならなかった。
ユナはもう、母の依頼を最後に情報屋を廃業するつもりでいた。
「どうしたの?」
「キミがなかなか連絡をくれないから、とうとうボクからかけちゃった☆」
「だって私からは用事ないし」
「そんなこと言わずにさ。
ホントに相変わらずツレないなぁ💓」
ヒソカと下らないやりとりをしていると、少しだけ『日常』を感じることができた。
だからいつもはただ鬱陶しいだけの電話に、なぜだかほっとしてしまう。
そして、この際だからヒソカにも廃業することを伝えてしまおうと思った。
「あのねヒソカ、私ヒソカに言わなきゃならないことがある」
「…なんだい★?」
「仕事の事なんだけど……」
シャルとは『仕事』さえ終われば、ハイそれでお終いだった。
だけどヒソカはそうじゃない。
理由を全く話さない訳にはいかないのだと思うと、自然と心が重くなった。
「私ね、もうこの仕事辞めるんだ……」
「………この仕事って、情報屋のことかい☆?」
「そう。辞めるの。もうこれ以上は続けられない…」
ユナの正直な気持ちに、ヒソカは黙り込む。
驚いているのか呆れているのか。
やがて、しばしの沈黙の後、ヒソカはいつもより低いトーンで言葉を発した。
「会って話したい」
「え」
「ボクとキミの仲だろ」
その台詞はいつもならすぐに笑い飛ばしていた。
だけど確かに彼の言う通り、電話ではいさよならと切れるほど浅い関係でもないと思った。
「……わかった」
**
「今日はピエロルックの方なんだね」
意味はもうとっくにないが一応変装をした姿で、ユナは約束の場所に現れた。
「あぁ、仕事終わりでさ💛」
なるほど、それなら少しパドキアから離れた場所を指定してきたのも頷ける。
こんな時間ではバー程度しか開いてなく、先に座っていたヒソカの隣に腰掛けた。
「…血の匂い」
「早くキミに会いたかったんだよ☆
でも、こんな遠くまで来てくれるとはね」
ヒソカの言う通り、今までだったらイルミにバレては大変なため、ユナは遠出を好まなかった。
だけど今日は違う。
飛行船で片道3時間。
きっと、イルミよりも遅く家に帰ることになるだろう。
「よかったのかい?
それとももう辞めるからバレてもいいの💓?」
「そうじゃないけど…たぶん、今の彼は何も聞いてこないと思うから」
「そ。キミたち上手くいってないんだ★」
上手くいってない、の言葉にちくりと胸が痛む。
好きだって気づいてからの方が上手くいかないなんて皮肉もいいとこだ。
ユナはマスターにお任せでお酒を頼むと、カウンターに視線を落とした。
「どうせ、イルミから聞いてるんでしょ」
もうすっかり腕の傷は治っていたが、またちりちりと痛んだ気がした。
ヒソカはそれにyesともnoとも答えず、曖昧な笑みを浮かべる。
「そんなことより、ボクはキミが仕事を辞める理由を聞きにきたんだけど☆」
「……そうね、その話をしに来たんだった」
とはいえ、一体どこまで話して良いものか。
もともとイルミに隠し事を続けているのが辛くなり、辞めるつもりだったのだが、今は彼の裏切りを知ってしまった。
となると理由としては『仕事をし続ける必要が無くなったから』が最も正しいのだろう。
次の実家で行われるパーティの日。
そこで全てが終わってしまうのだった。
「……イルミに、ウチの当主暗殺依頼が入ったのよ」
実家にいくらゾルディックの細かいスケジュールを流したところで、イルミはきっと失敗したりなんてしないだろう。
それこそ、直前でイルミの気でも変わってくれない限りは。
だから実家のために仕事をしていたユナとしては、この先仕事を続ける意味なんてなかった。
「……嘘」
ユナがそう言うと、ヒソカの目は大きく見開かれる。
一番よくつるんでいる彼もまた、知らなかったのだろう。
もちろん、知らないふりをしている可能性が無いわけでもなかったが、今回ばかりは本気で驚いているようだった。
「嘘、ってあんたに言われたくない……本当よ」
「イルミ、引き受けたのかい★?」
「そうみたいね」
「……みたいね、とは?」
らしくもない真剣なヒソカの顔に、やっぱり一大事なんだと悲しくなる。
おかしいよね、普通じゃないよね。
妻の実家を潰そうとするなんて、快楽殺人者から見ても常識外れだよね。
ユナは目の前に出された金色のお酒を一気に飲み干し、マスターに向かって同じものを、と注文した。
「だって私、直接彼からそう聞いたわけじゃないもの」
もしもそうだったら、どれほどマシだったか。
そりゃ面食らうだろし傷つくだろうけど、言ってくれた方がよかった。
信用されるような行いをしていないくせに、いざ信用されていないとわかると酷く虚無感に襲われた。
「それは……イルミはキミに黙ってやるつもりだったのかな…💛」
腫れ物に触るよう、とはまさにこのことだ。
控えめに発されたヒソカの言葉は、かえって私の神経を逆なでする。
八つ当たりだとはわかっていても、ついつい攻撃的な口調になるのを抑えられなかった。
「…今度うちでパーティがあるの。
もともと役割としては当主の仕事もこなしてたけど、婚約者を披露するのも兼ねて正式な引き継ぎ。
そこにイルミは私の夫として堂々と出席し……そして何食わぬ顔で仕事をするのよ。
そして家がダメになって混乱する私を、いい夫のフリして慰めたりするつもりだったんでしょ…」
「……相当怒ってるんだね☆」
「怒ってる?私が?
いいえ、何もかもどうでも良くなっただけよ。
もともとあんな家なんて滅んじゃえばいいと思ってた……」
そう言って、いくら口先では強がってみたって、ヒソカには私がまだ実家に未練があることくらいお見通しに違いなかった。
彼は再びグラスを傾けようとする私の手を止める。
やけ酒はやめろ、ということらしい。
「キミは、全部家のために仕事をしてたのかい★?」
「そう。でももういいの」
「……止めないのかい?」
ぴたりと、時間が止まった気がした。
ヒソカの当たり前の質問に、この時ばかりは本気で腹が立つ。
止められるなら、とっくにやってる。
ユナは掴まれた腕を空いているほうの手で強く振り払った。
「……馬鹿言わないで。
私に隠してたぐらいなんだよ、今更やめてったって無駄に決まってる」
「……じゃあ」
「知らない。もういいの、どうでもいいのよ。
なるようにしかならない」
みっともないとわかってても、聞こえた自分の声は震えていた。
怒りか悲しみかわからない。
ヒソカは払われた手を大人しくカウンターの上に戻すと、苦しそうな表情になる。
しばしの沈黙の後、彼はゆっくりと口を開いた。
「それでも、イルミと別れる気はないんだ…?」
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