- ナノ -

■ 3.密会



「ごめん、お待たせ」

レストランに着いたのは午後8時5分。
私としたことが遅刻だ。

キルアの訓練を済ませた後、『green』の依頼に没頭していてすっかり出るのが遅くなってしまった。

「やぁ◇キミが遅刻なんて珍しいね☆ボクのためにおめかししてくれていたのかい?」

「いや、仕事」

ヒソカはいつもの奇術師スタイルではなく、髪を下ろしたちゃんとした格好。
対して、ユナも念を使って変装をしているため、普段とは全く別人だった。

「今日は綺麗な金髪なんだね★」

「ああ…前に合ったときは赤だったかしら」

「いいや、銀髪だったね◇」

「あ、そう」

ユナは変化系。
物の見え方というのは光の反射によるものなので、自分の周りの光を変化させ、如何様にも見た目を変えることができるのだ。
ヒソカはくっくっくっ、と楽しげに笑うと、片手を軽く上げ、ボーイを呼んだ。

「キミは本当に謎めいて素敵だよ◆
どうだいこの後…」

「仕事じゃないなら帰るけど」

「相変わらずツレないなぁ☆」

運ばれてきた料理は見た目にも美しく、流石一流のレストランである。
マナーに関しては実家で嫌と言うほど叩き込まれたので、その点に関しては心配はいらなかった。

「で、仕事ってなに?」

「そう急がなくたっていいだろう?
ボクはゆっくり食事をしながら、と言ったじゃないか★」

「私は忙しいのよ」

帰るのにかかる時間も考えると、早くしないとイルミが帰ってきてしまう。
もちろんヒソカにも正体は隠しているので―というかイルミの妻ユナとしては会ったこともあるのだが―そんなことは言えなかった。

「仕方ないなァ◇じゃあ、まず仕事の話をしよう★」

周りから見れば美男美女のカップルだったが、話す内容は裏の話。
必然的に会話は小声で行われた。

「メリル、またキミから情報を貰いたくてねぇ☆」

「可哀想に。また強い人?」

「そ◇この男なんだけどねぇ…」

彼が見せた写真は、がっしりとした体つきの、精悍そうな顔をした男。
ただのマッチョではなく、実践に適した筋肉のつき方を見れば、この男がなかなか強いのだとすぐにわかる。

ユナはわかったわ、と写真を受け取った。

「ていうか、これだけ?
これだけならメールで送ってよ」

「こうでもしないとキミは会ってくれないだろ★」

「ヒソカ、うざい」

何気なくこぼれた本心に、ヒソカは口角をきゅっとつり上げる。
彼は無駄に色っぽく前髪をかきあげた。

「前から思ってたけど、キミってボクの知り合いにとても似てるんだよね◇」

「へぇ…」

「キミ、暗殺とかやったりするの?」

「しないわよ、なんで私が」

ヒソカが誰のことを言っているのかはすぐにわかった。
だが、一瞬動揺したもののそこは変化系。
そんなことはおくびにも出さず、白を切る。

「そう、なんだかそういう性格的な物って仕事柄なのかと思ったんだけどな◆」

「仕事熱心なのが暗殺家だけじゃ、この国は終わるわよ」

ユナはちょっと小馬鹿にしたように鼻で笑うと、ようやくワインに口をつけた。
ヒソカの視線が喉元から首筋にかけて絡み付いてくる。

「それにしても、団長さんをまだ倒してないのに浮気はよくないんじゃない?」

「…彼、なかなかガードが固くてね…◆それまでの暇潰し☆」

「それに付き合わされる人たちが可哀想だね」

ヒソカに殺されるとわかっていながらターゲットの情報を教えているユナもユナだが、どうしてもため息をつきたくなる。
呆れて少し視線を外へ向けると、その隙にヒソカの手がユナの手の上に重ねられた。

「なに…?」

「ボクはキミのことも知りたいんだけどな★」

「は?」

何を言い出すのかと思えば…
このド変態が。
ユナは殺気を込めて目前のヒソカを睨み付けた。

「そういうこと言うんならもう仕事受けない」

「…そんなこと言わずに◇」

「…ヒソカ」

ゆっくりと脅すように名前を呼べば、彼は肩を竦めて、手をどける。

「貴方、わかってるんでしょ。
私のこの姿が変装だってことくらい。
ホントの私じゃないのよ?」

「もちろんだよ☆会うたびにキミは別人だしね◆」

「ヒソカってワケわかんないよねぇ…」


突然、ユナは勢いよく立ち上がると、わざと大きな声を出した。

「最低っ!この変態!」

ぱちん、と乾いた音が響き、店内にいた者の視線がこちらに集まる。
頬をぶたれたヒソカは彼にしては珍しく面食らっていたが、ユナはお構いなしに店を出る。
そろそろ帰らなければならない時間。
ただそれだけだった。



「メリル!」

しばらくすると後ろからヒソカが追いかけてきた。
別に怒っているわけでもなんでもなかったが、急いでいるユナは鬱陶しそうに振り返る。

「メリル、酷いなぁ☆
退席するのに、何もぶたなくてもいいだろ◆」

「ぶちたかったからぶったの。
そうそう、依頼料は私の口座によろしくね」

「…ねぇ、どうしてそんなに急いでるんだい★?」

まったく、この男は嫌な質問ばかりする。
ユナは仕事、と短く答えるとまたくるりと背を向けて歩き出した。

「メリル、キミはホントに謎だらけだねぇ◇
そろそろ本当の姿くらい見せてくれてもいいと思うんだけど★」

「…本当の姿を見たら、貴方もそんなにしつこく絡んでくることはなくなるかもね」

曲がりなりにもイルミの物に手を出せば、いくらヒソカでもただではすまされない。
だが、ヒソカは本当に言葉通り受け取ったようで「キミの本当の姿も美人だって、ボクの勘が告げてるんだ☆」と訳のわからないことを言った。

「はいはい。早く帰って寝なよ」

結局ユナは振り向きもせずに、ヒソカと別れた。

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