■ 37.土産と反省の因果関係
「イル!!!ユナさぁぁん!!!!!!!」
遠くからこちらに近づく気配とその声に、イルミは咄嗟に身を離す。
そして、あっ、と思った時には扉が大きく開け放たれ、鈍い音ともにユナの体がぐらりと前に傾いた。
「まあまあまあ!私、お邪魔しちゃったかしら!!ごめんなさいねぇ!!」
倒れてきたユナの体をなんなく受け止めると、それを見たキキョウは二人が抱き合っていると勘違いして喜ぶ。
イルミは気絶している彼女を抱えなおすと、何の用?と素早く問いかけた。
「ノックくらいして欲しいんだけど」
「そうねぇ!イルミもお年頃だものねぇ!!
でも私嬉しくって!聞いたわよ、イルミがプリン買ってきたんですって!?」
キキョウはいつも以上にキンキンと声が高く、とても興奮しているようだ。
だが、イルミは言われるまで自分が買ってきたということをすっかり忘れていた。
「あ、そうだ。執事に渡したんだった」
「私びっくりしたわ!!イルミがお土産を買ってきてくれるなんて母さん嬉しくって!!!」
「うん、ちょっとね。たまたま近くだったから」
ヒソカが言ってた、ミオーレ地区にある洋菓子屋。
結局、依頼をこなそうとホテルで待ち伏せをしていたら、あいつからキャンセルの電話が掛かってきたのだった。
**
「もしもし、何?」
送られてきた顔写真を確認していると鳴る携帯。
イルミは怪しまれないように適当に用意した私服を着て、ホテルのラウンジでターゲットを待っていた。
それなのに
「あ、もしもしイルミ、とっても悪いんだけどあの依頼無かったってことで💓」
「は?」
全く悪びれもせずに、抜け抜けとそんなことを言ったヒソカ。
不本意ながらこいつの気まぐれには慣れているとはいえ、イルミは不機嫌さ全開で返事をした。
「今更何言ってんの?
こっちはお前のせいでわざわざ予定にない一泊してるんだけど」
「ごめんよぉ☆
ターゲットがそのホテルに来るっていうネタ、どうやらガセだったらしくてねぇ」
「あのさ、そういうのは確認してから依頼してくれない?」
大迷惑。
いや、今の苛立ちからすると、そんな簡単な言葉で片付けられない。
イルミはイライラとしながら、足を組み替えた。
「悪かったよ、ちゃんと迷惑料として代金は払うからさ💛」
「当たり前だろ。
てゆーか、迷惑料は別に頂くから」
「やだなぁ、冗談キツイよイルミ★」
「オレがいつ冗談なんて言った?」
「………」
電話の向こうのヒソカは一瞬黙り込む。
その間にも、イルミの脳内では着々と代金の計算がなされていた。
「後で細かい内訳メールするけど、ヒソカ、天空闘技場行ったほうが良いかもね」
「…友達割引って使えないのかい☆?」
「友達?誰が?
払えないときは利子付きで待ってやるよ」
「…キミ、何をそんなに怒ってるんだい💓?」
ヒソカの質問に、いつもなら「は?」と返していただろう。
依頼をドタキャンされたんだから、怒って当然であると。
だが、そう答えなかったのはイルミの不機嫌の理由が別にあったからだった。
「お前のせいでユナと連絡つかない」
「えっ!?」
「携帯。出てくれないんだよね。
ほら、誰かのせいで何も言わずに外泊したことになってるし」
「あぁ……★」
なんだ…、と言わんばかりのヒソカの相づちが腹立たしい。
お前にとってドタキャンは大したことじゃなくても、こっちは夫婦の危機にまでなってるの。
ターゲットの情報がガセ?
冗談じゃない。
イルミはユナのことを思い出して、またヒソカへの怒りが倍増した。
「それって、浮気を疑われてるかもってことだよね💛心配いらないんじゃないかい☆?」
「じゃあなんで出ないのさ?」
「ボクに聞かれても……💓」
気休めなんか聞きたくない。
イルミはそのまま携帯を切ろうとした。
「あっ、そうだ★」
「………何?」
何かを思いついたようにヒソカが声を上げるから、ボタンを押しかけたイルミの指はぴたりと止まる。
もしもくだらない事だったら、さらに迷惑料を上乗せしようと心に決めつつ、話の先を促した。
「お土産を買って帰るっていうのはどうだい💛?」
「土産?」
「そ。話しただろ、有名な洋菓子屋があるって。
それを買って帰ったら、ユナも少しは機嫌が良くなるんじゃないかい☆?」
洋菓子屋…………ああ、思い出した。
確か、クロロが好きとかどうとか。
実際そんなことはどうだっていいんだけれど、ユナはどうかな。
プリンとか好きかな。
イルミは少し考えて、まぁ何もしないよりかはマシかと結論づけた。
「そ。じゃあ店の名前教えて。
帰ったら執事に注文させるから」
「わかってないなぁイルミは…💓
取り寄せたんじゃ、意味が無いだろ」
「なんで?だって有名な所なんでしょ?
わざわざ並ぶよりも持ってこさせた方が効率的じゃない?」
こちらはとても真面目に答えているのに、ヒソカは呆れたようにため息をつく。
ブルジョワめ。そんな言葉がちらっと聞こえたような気がした。
「仲直りをしたいのなら、キミが自分で並んで買わなきゃ意味無いよ★
そんなことをしなさそうなキミがするからこそ、反省してるって伝わるだろ」
「……なるほどね。
ん?ちょっと待って。
オレ反省する必要ないよね?」
本当の本当に疚しいことは何もしていない。
前もユナはオレが仕事で女を抱いてると思ってたし、どうしてこんなに疑われなきゃならないの。
ヒソカはそうだったねぇ💛と楽しげに笑った。
「ま、それでも機嫌を取るにはいいんじゃないかい☆
たまにはそういうこともしないと、他の男に優しくされた時にユナが心変わりしちゃうかもしれないよ」
「他の男?誰それ殺す」
「仮定の話だよ💓」
じゃあ、頑張って並んでね★と言って、ヒソカは場所と店名を口にする。
「お前は頑張って稼ぎなよ」
最後にそれだけ言うとイルミは立ち上がり、ホテルを後にした。
**
「…でも母さんがそんなに喜ぶなんて意外だったな」
ひとまずユナの顔を見ようと部屋に帰って来ると、彼女がキルアと手なんか繋いでいたものだからすっかりプリンのことを忘れていた。
未だに興奮醒めやらぬ、というか常にハイテンションなキキョウは、早速頂きましょう!!と声高に叫ぶ。
たくさん買ってきて正解だ。
父さんやじいちゃんまで食べるかどうか分からないけど、なにせウチには弟たちがたくさんいる。
特にミルキなんかは、放っておくと人の分にまで手を出しそうだった。
「……ん………」
「あっ、気がついた?」
ちょうどタイミング良く目を覚ましたユナは、ショックでまだちょっと前後の記憶が怪しいようで。
「……違うの…キス…昨日…ごめん…………」
そう小さく呟いた後、ハッとしたように目を大きく見張った。
「あ、あれ?」
「大丈夫?キスなら後でたっぷりしてあげるから別にいいよ」
「いらない、ってか、痛っ………頭、いったぁ…」
彼女は後頭部に手をやり、しかめつらになる。
いらないって何さ。いらないって。
「まあまあ、ユナさんったら私がいるから照れてらっしゃるのね!!!
じゃあ、邪魔しないように広間で待ってますわ!!おほほほほほ!!」
「……なんでキキョウさんが?
えっ、待ってるってなに?」
困惑するユナに説明を与える親切な人間などここには誰もいない。
イルミは行けばわかるよ、と言って彼女の腕をとった。
が、
「あっ、待って。
そう!私、歯を磨こうとしてたんだった」
簡単に振り払われた腕。
歯を磨く?
なにそれ、まだ混乱してるの?
それとも……
それはオレとキスするため?
イルミは洗面所へと駆け込んだ彼女の後ろ姿を見て、虚しくも空を掴んだ右手に今の答えを見つけようとした─。
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