■ 35.疑ってるのは
どうしよう………。
携帯に残された、不在者着信25件。
これはプライベート用の物だから、かけてくる相手は限られてる。
イルミにしては少ない方の数字が本気で怒っていることを表しているような気がして、ユナは一人青ざめた。
あの後、私を拘束したヒソカは特に何をするわけでもなく、あの部屋に放置した。
帰らせて、と懇願するにもまずヒソカがそこにいない。
そして翌朝、あいつはニヤニヤ笑いを浮かべると、何事もなかったかのようにユナを解放したのだった。
「強引だったからねぇ💓残りの時間はオマケしておくよ☆」
今更そう言われたって、もうきっとイルミは帰ってる。
状況が掴めないうちは、私や私の家族に危害を加えるなんてことは無いだろうけど、それにしてもこの着信件数は……
少ない。
もしかして私が勝手に自惚れていただけで、イルミはそこまで心配してないのかも。
ユナはそう考えて、少し落ち込む。
自分勝手なのはわかってるけど、これでもイルミには懐いているつもり。
─ユナの居場所はゾルディックだよ
そう言ってもらえたこと、ホントはすごく嬉しかったの。
帰りたくない気持ちと帰らなきゃという気持ちの間で、ユナはブラブラと公園に来ていた。
早朝のため、犬の散歩やジョギングしている高齢者くらいしかいない。
悪あがき……だよね。
ユナは携帯電話の電池パック部分を開けると、ポイと、そのまま噴水の中へと落とした。
**
だが、予想に反してゾルディック家は静かだった。
嵐の前の静けさか、と気配を殺して恐る恐る自室に帰っても、そこにイルミの姿はない。
ユナは拍子抜けする思いで、ソファーへと崩れ落ちた。
え……イルミって昨日は泊まりだっけ?
確か、ミオーレ地区で仕事だとは聞いていたが、普通に帰ってくるような口ぶりだった。
もしや彼の身に何かあったのかと一瞬悪い想像が脳裏をよぎれど、電話をかけてきていたことを思い出し、それは無いのかとホッとする。
だいたい暗殺に失敗したらしたで、何かしらの連絡がここに入るだろう。
ゾルディックは家族ぐるみの暗殺一家だが、仕事に関してはどこか組織的な考え方だった。
じゃあ……どうしていないんだろう。
てっきり怒られるとばかり思っていたから、いないとわかって安心もした。
だけど、理由がわからない以上、いつまでも呑気にしてはいられない。
最悪の可能性を考えれば、イルミが今頃私の実家に行き、全てを知ってしまっている可能性だってあるのだから。
ユナはあれこれ考えた後、取り敢えずこの白いワンピースを着替えることにした。
いつまでもこんな格好をしていたら、それこそ浮気を疑われる。
乱暴に扱われたせいで、裾の方なんかはしわくちゃだった。
─コンコン
「……はい?」
執事の誰かだろうか。
イルミならノックはしないだろうし、何よりもまずベランダから帰ってくる可能性の方が高い。
ユナは慌てて着替えると、ドアを開けに行った。
「ユナ姉」
「あっ、キルア」
扉の前に佇んでいたのは、義理の弟。
ユナがどうしたの?と聞くと、彼は少し躊躇いような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「昨日さ……
どこ、行ってたんだ?」
まさか、先にキルアに聞かれるとは。
確かに、彼には出かけるところも見られている。
だが、ゾルディックの家は広いから、主に食事以外では会うことも少なく、多少の不在は誰も気に止めない。
昨日だって、キルアが寝たあとに帰ってきたのだとしても何らおかしくなかった。
「昨日?あぁ、昨日はホントに大変だったよ。
友達が酔って寝ちゃってさ、向こうの家まで送ってやらなきゃならなくなったの、だから」
「ついでに、ユナ姉も泊まったの?」
キルアはそう言って、真っ直ぐにユナの目を見てきた。
しばらく見つめ合う。
先に反らしたのはキルアの方だった。
「ごめん……別にいいんだけどさ。
オレ、やっぱりユナ姉とゲームしたくて待ってたんだよな」
「………そっか。ごめんね。
でも流石に酔いつぶれた女の子を放置して帰るわけにはいかなくてさ」
ユナは困ったように微笑んで、銀色のふわっとした髪の毛を撫でた。
─キルアに疑われている
この子は念を覚えたら、変化系だったりするんじゃないかな。
聡すぎる子猫を手懐けるように、ユナは「じゃあ今日遊ぼ」と手をとった。
「ただいま」
「あっ、イ、イル兄!」
目の前のキルアに気を取られていたら、ようやく真打ち登場で。
気配もなく背後に立った彼は、その大きな瞳で妻と弟の姿を交互に見た。
「何やってるの?」
「あっ、ちげーよ、ちょっと話してただけ!」
「ふーん」
イルミの眼差しに耐えかねたのか、キルアはバッ、とユナの手を振りほどく。
いつもなら、二人の間に入ってやるユナも今日ばかりはイルミの出方がわからないので成り行きを見守っていた。
「で、何の話?」
「ゲーム一緒にしよう、ってそれだけ」
「訓練は終わったの、キル?」
キルアに余計なことを言われる前に答えたが、どうやらその心配は要らないようだ。
兄の出現にキルアは一刻も早くこの場を立ち去りたそうだし、イルミもイルミで話の内容にそこまでは興味が無さそう。
これからやるよ、と言ったキルアはちょっと可哀想になるくらい項垂れていた。
「そ。ユナも甘やかしちゃダメだよ。
ゲームならミルとやればいいだろ」
「…」
やっぱりイルミは私が昨日不在だったことを知らないのだろうか。
普段と変わらないイルミの様子に、ユナは僅かな期待を抱いた。
「ほら、さっさと行きな」
「…あぁ」
いつもあれだけ可愛がってる愛弟をまるで犬のように追い払うと、イルミはユナの腕を取って部屋へと戻る。
そのことになんだかすごく違和感を感じて、膨らんだ期待は焦燥へと早変わり。
もしかして、夫婦間の問題を弟に見せたくなくて、普通に振舞ってたんだろうか。
二人きりになったとたん、さぁ本題とばかりに問い詰められるのだろうか。
いけないとはわかりつつも、部屋の奥へと進むのが怖くて、ユナはぴたりと足を止めた。
「…ユナ?」
私が止まったため、振り返ったイルミは名前を呼ぶ。
語尾がわずかに上がっているため、一般でいうところの怪訝そうな表情をしているのかもしれないが、見た目には無表情のままだった。
「どうしたの?」
「いや…」
「はっきり言いなよ」
ああ、やっぱり問い詰められるんだ。
イルミにしては優しい聞き方だから、今のうちに洗いざらい喋っちゃった方がいいのかもしれない。
だが、改めて打ち明けるとなると、一体どこから話せば良いのかわからなかった。
「もしかして疑ってるの?」
「……は?」
言葉を選んでいるうちに、イルミの方から投げかけられた質問。
ぽかんとするユナを置いておいて、イルミははぁ、と溜め息をついた。
「誤解だよ」
……わけがわからない。
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