- ナノ -

■ 34.心を占めているもの


依頼は完了。
思ったより手間取っちゃったな。

イルミがふぅ、と息をついて髪をかきあげると、仕事終わりを待ってましたというかのように鳴る携帯。
着信を見ればヒソカからで、あまり乗り気ではないものの一応通話ボタンを押した。

「もしもし、イルミ☆
今どこにいるんだい?」

「何?依頼?」

「そうだよ。どこだい💓?」

ヒソカにしては、やたらとせっかちな電話だ。
少し不審に思ったものの、だらだらと関係のない話をされるよりかはずっといいと思い、イルミは現在地を口にした。

「今、ミオーレ地区。
だけどもう帰るよ」

「ミオーレ地区?
キミすごいね、ボクの依頼そこだよ★」

「ふーん、で?」

そんな偶然は別に嬉しくともなんともない。
確かについでにできるならそれに越した事はないが、ヒソカの依頼をやらないで済むのならもっとそれに越したことはないからだ。

「ミオーレ地区で一番大きなホテル。
明日そこにボクの目をつけてる果実が訪れるって噂を聞いてね💛
イルミにはそいつを見張ってもらって、出来れば次の行き先を調べて欲しい☆」

やっぱり、今日のヒソカはやけに饒舌だ。
いや、元から煩わしいくらいに無駄話をしてくる奴だったが、今日はそれ以上にベラベラとよく喋る。
そのせいでイルミは不覚にも、なかなか話に口を挟めないでいた。

「ヒソカ、何度もいうけどオレ」

「そうそう、ミオーレ地区には有名な洋菓子屋があるのを知ってるかい?
なんでもあのクロロまでもがその店のプリンのファンだとか★
彼が甘党だなんて知ったとき、ボクってば」「ヒソカ」

いい加減にしろよ。
クロロがどこのプリンのファンだろうが、そんなことは今どうだっていい。

「オレ、基本的に暗殺しかやらないって、いつも言ってるだろ」

少し声を大きくして話を遮ると、今度はうって変わって受話器の向こうが静かになる。
ヒソカ、変だ。
いや、いつも変なんだけど、今日は様子がおかしかった。

「……そうだね、もちろんわかった上で言ってるんだ💓
だけど、キミとボクの仲だろ?
頼まれてくれよ☆」

「料金いつもの三倍取るけど」

「いいよ。
ターゲットの情報は後から送るね★」

「……」

たかが尾行や追跡で、暗殺の3倍の料金。
割りに合いすぎるというか、そこまで金をだすなんて、一体どれほどの人物なのか。
普段は特に余計なことを詮索しないイルミでも、流石に気になる…というか、怪しい。

いつもとは逆で自分から電話を切ろうとするヒソカを、イルミは引き止めた。

「ねぇ、ヒソカ。
何かオレに隠し事してない?」

別段これといって根拠があったわけではないけれど、一応身の危険を感じて聞かずにはいられない。
そもそも嘘つきなヒソカのことだから、普段からオレに嘘をついているのかもしれなかったが、それにしても今日はその嘘さえも下手くそすぎやしないか、と思った。

「隠す?何をだい☆?
ボクが意味もなくキミを危険に晒したり、隠し事したりするワケ」「あぁ、もういいよ、別に」

聞いたオレが馬鹿だった。
正直にいうわけ無いよね。
まぁ、こっちとしてはお金さえ払ってもらえればそれでいいんだし、ヒソカのことなんかで悩むのはやめよう。

イルミはため息をつくと、「じゃ」と言って携帯を切る。

そしてユナに、今日帰れなくなったことを電話しなきゃな、と思って、再びしまいかけた携帯を取り出した。


**



─ヒソカ、何かオレに隠し事してない?

その一言に、ドキッとした。
イルミに疑われるくらいだから、今日の自分は相当怪しかったのだろう。
嘘をつくのに、こんなにハラハラしたのは初めてかもしれない。

それもこれも、電話をかける前に見たユナの泣き顔が原因だった。
あんな顔を見てしまった後では、何としてもイルミには騙されてもらわなければならないと思ったのだ。





「わっ!」

再びこんなことをされるとは思っていなかったのか、少し肩を押しただけで倒れこむユナ。

今度は手の拘束も解いていたけれど、所詮女の力ではどうしようもないのだろう。
だがヒソカだって、緩むことのない本気の拒絶を前に、手を出してしまうことは躊躇われた。

「イルミが知ったら、どう思うだろうねぇ」

代わりに、意地の悪い質問をひとつ。
からかいではなく、本気で別れてくれないかなと思った。
でもきっと、世の中の夫婦みたいに単に別れるだけでは済まされないだろう。
ヒソカだってイルミの妻溺愛ぶりを知らないわけではなかったし、よくて監禁、最悪殺されるに違いない。
イルミはあまり物事に執着しない反面、一度執着すれば手のつけようが無いほどに固執する性格だった。

「……っ、言うの…?」

イルミの名前を出せば、先程までの威勢の良さはどこへやら、とたんに震える声。
それが気に食わなくて、ヒソカは「どうしようかな」とわざと迷う素振りを見せた。

「もしもバレたら、キミ、殺されちゃうんじゃない?」

「……」

「そうなったら、ボクとしては嬉しくないからなぁ…」

耳元に唇を寄せ、低く囁く。
だが、こんなに近づいているのに、彼女の顔は赤くなるどころか青ざめるばかりだ。
今にも泣き出しそうな表情をして、ユナはヒソカ、と名前を呼んだ。


「私の家族は……家はどうなる?」

「え」

「イルミにもし、このことがバレたら…私の家ごと消されちゃう?」

最後の方はだんだんと、消え入りそうな声で。
ヒソカは驚いて力を緩めたが、彼女はまだ横たわったままだった。
自分が今、どれほど無防備な状態であるのかすら把握できていない。

どうしよう…、呟いた彼女の目尻から、とうとう一筋の涙が溢れた。

「……キミってホントにわからないな…」

「私はいい……自業自得だもの…
でも家族は…」

「その前にイルミが傷つくとは思わないのかい?」

ユナは自分勝手だ。
なんだかんだ口先ではうまくくぐり抜けて、結局のところは誰も愛そうとしない。
はっ、としたような表情になる彼女を見て、ヒソカは完全に体を離した。

「キミがそうやっていつまでも家に執着する限り、いつかイルミはキミの家族を殺すだろうね」

自分だってきっとそうするだろう。
現に今思い知らされた。
ライバルはイルミでもシャルでもなくて、彼女の心を占めているのは家のことばかり。
少し憎らしくさえ思っていたイルミのことが、可哀想に思えてきたくらいだった。

「いっそ、キミもその方が吹っ切れるんじゃないかい?」

ポロポロと黙って涙を零すキミは本当にずるい。

「今夜は帰す気はないからね。
イルミにバレちゃうかも」

再びユナの体とベッドとをバンジーガムで固定し、にやりと笑って見せた。



それからヒソカは何も言わずに立ち上がり、部屋を出る。

そんな絶望的な顔するなよ。
ボクは強気なキミが好きなんだ。

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