■ 32.下らない独占欲
「メリル……?」
案の定というべきか、シャルはその名を聞き逃してはくれなかった。
そもそも偽名なのだ。別に特別変わった名前ではないと思う。
だが今、シャルの頭に浮かんだのはおそらく「ユナ」で間違いないだろう。
彼は私が見た目を変えることが出来ると知っているのだから。
「なんだ、メリルだったの」
「え💛?」
わざわざ確認する間でもない、ということか。
シャルはにこにこと、さも当たり前のように笑っていたが、驚いたのはヒソカの方だった。
「……キミ達って、知り合いだったんだ☆?」
「仕事で」
ユナが短く答えると、ヒソカの目がなるほど、というように細められる。
それにしても、なぜ私をシャルにわざわざ紹介しようと思ったのか、相変わらずヒソカの考えはわからない。
シャルはそんなこちらの動揺もヒソカの反応もお構いなしに、とても楽しげに口元を歪めた。
「でも、こんなところをデートしてるなんて流石だね。
この辺ちょっと奥に行けば、闇の商売ばっかりだよ」
「メリルがカツアゲされたいって言い出してねぇ★」
……別に、そこまでは言った覚えはないが、まぁいい。
というか、ホントにそんな危ないとこにまで連れて来られてたのか。
シャルは改めてこちらの格好を上から下まで眺めた。
「へぇ、確かに今日は随分と可愛らしい格好だよね。
いかにもか弱そう」
「私の趣味じゃないけど」
「うん、だろうね。
でも素顔のメリルにも、その服似合うと思うよ。
どっちかっていうと、可愛い系だもん」
またこいつは……ヒソカといい、シャルといい、私の周りにはこうも軽々しいチャラ男しかいないのかしら。
だが、シャルの顔をよくよく見れば、視線はこちらに向いていない。
─不敵な
そう形容するにふさわしい笑みをうっすらと浮かべて、彼はヒソカの方を見ていた。
「……そうだね、でも彼女は顔を晒すのを嫌がってね。
だからデート中も変装をしてるんだよ★」
「え?」
「なるほど。
確かに俺も部屋で二人きりの時しか、素顔は見ないなぁ」
会話をする二人は眩しいくらいのいい笑顔だったが、目は全く笑っていない。
待って、ヒソカは私の素顔知らないはずだよね?
焦るんだけど。
ユナは少しおろおろして、二人の間に飛び散る火花を見守ることしかできなかった
「まぁ、その特別感がまたイイんだけどね。
素顔のままだと、変な男も寄ってきそうだし💓」
「わかるわかる。
寝顔とかも超可愛いよね。普段ツンってしてるから、隙のある感じが余計にさ」
ん?シャル、あなたいつの間に私の寝顔……って、あのお酒で失敗した時か…。
確かにあの時は今思い出しても後悔するほど隙だらけだったから、あながちウソでもないんだけど、意味深な言い方は止めてくれないかな。
「……」
ほんの一瞬だった。
ほんの一瞬だったけど、ヒソカがにっこり笑ったまま固まったような気がした。
そして、おもむろにユナの腰を抱いて自分の方に引き寄せると
「うん、これからまた、その寝顔を見てくるよ☆」
下町とはまったく反対方向へ歩き出した。
「えっ、ちょ!?」
「そっか、楽しんできなよ」
冗談じゃない。
シャルもヒソカも笑ってるばっかりで、全然訳がわからない。
私はそろそろ帰らなきゃならないのに……!!
シャルと別れて大通りへと出ると、ユナはすぐさまヒソカの体を押して距離をとった。
「私、帰るからね」
「どうして?」
「どうしてって、そんなの…」
「キミは、1日ボクの彼女なんだろ」
「……ヒソカ?」
怒ってる?
いつになく冷たい瞳にそう問いかけようとした瞬間、ぐらっと体が前へと傾いた。
バンジーガム。
そのままの勢いで抱きとめられ、後ろに両手を拘束されてしまう。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「1日は24時間。
常識だろ☆?」
**
「なんでメリルが……」
嘘つきなヒソカのことだから、鵜呑みにはしないつもりだけど、彼女だって言われてもメリルは特に否定しなかった。
別に二人が付き合っていようが、趣味悪いなぁとは思えどシャルには関係ない。
それなのに、なんだか無性にもやもやする。
メリルは単に腕の立つ情報屋で、弱みを握っているから利用しやすい……ただそれだけなのだ。
それなのにいざああやってヒソカが我が物顔で肩なんか抱いてたりしたら、せっかくの玩具を横取りされたみたいで面白くない。
「あーあ、だから団長にも言ってなかったんだけどな… 」
前の仕事の際、鍵となるハニートラップを誰に頼むのかは詳しく伝えなかった。
シャルが推薦するくらいの奴だから、信頼しようと言って任せてくれた団長には感謝しているが、団長もまた自分とは同じで面白いものに目が無いことを知っている。
もっと悪ければ、メリルの念能力にも興味を持つかもしれない。
だが、その団長以上にヒソカが厄介であるのは言うまでもなかった。
でも、あの様子じゃメリルの素顔までは知らないみたいだったな…
ヒソカがあんな目をするのは初めて見た。
ついつい俺もムキになっちゃったけど、もしかしてヒソカって……
シャルはそこまで考えて、ないないと頭をふった。
俺もあいつもそんなタイプじゃないもんね。
きっと単に玩具を独り占めしたい。
それだけのことなのだ。
シャルは屋台には見向きもせず、路地をどんどん抜けて表通りへと出る。
当然ながらそこにはもう、ヒソカ達の姿はなかった。
……ホントにホテルに行ったりなんか、しないよね。
情報ってのは知ってる人が少ない方がいい決まってるでしょ。
だからね、
君の本当の姿を知ってるのは、俺だけでいいんだよ、メリル。
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