■ 29.雲色のワンピース
着信履歴を確認すると、案の定ヒソカ。
今まではEメールでしかやりとりしてなかったのだが、昨日の仕事に必要だったから電話番号を教えたのだ。
今後しつこくかかってくるようなら携帯変えようかな…でもそうなると色々と面倒くさいな…なんて思いつつ、ユナは電話をかけ直した。
「やぁ、メリル💓」
「もしもし、さっきの電話何?」
「酷いなぁ…、もうボクは用済みかい?
まだ依頼料を受け取ってないんだけど★」
「あー、ごめん」
嫌だけど、そういう約束だから仕方ない。
本当はお金で片付けたいのに、ヒソカはお金には困ってないらしいのだ。
「キミ、まだパドキアにいるんだろ。
1日ボクの彼女になってくれるんじゃないのかい💛?」
「うーん、いるにはいるけど……」
時計を見れば既に昼の3時。
半日以上過ぎてるのに……まあ、損するのは私じゃないから良いけどさ。
「キミは気まぐれだからね、早いうちに依頼料を貰っておかないとうやむやにされそうだから☆」
「失礼ね、約束はちゃんと……仕事の約束はちゃんと守るわよ」
わざわざ言い直したユナにヒソカはクックッと笑う。
「レストラン、予約してあるからそれなりの服装で来てね💓あと出来れば白のワンピースがいいな★」
「……いちいちうっさいな」
「何か言ったかい💛?」
「別に。
じゃあまた連絡するから」
いい奥さんになりたいのに、ならせてもらえない。
これは浮気じゃないから……
ユナは誰に向かって言うわけでもなく、ぽつりと呟いた。
**
─これは浮気じゃないから……
久しぶりに構ってもらおうとユナの部屋を訪ねたキルアは、聞こえてきた言葉にドアの前で立ち止まる。
驚かそうと思って気配を消していたのだが、訓練の成果かユナが電話に集中していたからか、気づかれてはいない。
盗み聞きするつもりはなかったのに、ユナ側の会話だけは聞いてしまった。
浮気……?
浮気って、付き合ったり結婚したりしてるのに、他の異性と遊ぶってことだろ……
ユナ姉がまさかそんなことするわけないよな……自分でも違うって言ってるんだし……
でも全く何もないのに、そんなことを呟くはずがない。
もともとユナ姉は謎めいたところが多い人だったけれど、だからってそんな不誠実なタイプにも思えないし……
第一、もしもそんなことがあれば、あのイル兄が気づかないわけ無いだろ。
元を知ってるキルア達家族からしてみれば、イルミのユナ溺愛ぶりは見てて分かりやす過ぎるくらいだ。
キルアは何かの間違いだよな、と無理矢理自己完結して気を取り直すと、元気に部屋のドアを開けた。
「ユナ姉、遊ぼうぜ……って!うぇええ!」
「……人の着替え見て、うぇええ!って酷くない?」
部屋の中には下着以外何も身につけていないユナの姿。
遠目に見てもわかる、白く滑らかな曲線にキルアの思考は完全に一時停止した。
「……なっ!!しゃーねーだろ、びっくりしたんだよ!
だいたいユナ姉もちょっとは恥ずかしがれよバカ!!!」
「そんな騒ぐことないって。まだ下着着てるしキルアだし」
「下着だからダメなんだろーが!ってか、ホントに俺だからいいようなもんの…」
あれ……俺ならいいのか?
自分で言ってて情けなくなる。
別にユナ姉に対してそういう気持ちがあるわけじゃないけど、ちっとも男だと認識されてないのでは悲しい。
「あ、ブラも着替えるから。
色が透けちゃうんだよね」
「っ!!」
…ホントに男って思われてないじゃん。
向こうはさらっと簡単に言うが、こっちは顔が真っ赤になる。
そして、イル兄にバレたらやばいぞこれ…と考えて慌てて後ろを向くキルアに構わず、ユナはさっさと服を着た。
「ごめんキルア、私これから出かけるからキルアと遊べない」
安全を確認してから振り返って見てみれば、ふわりとした白の膝丈ワンピース。
清純さと上品さを醸し出すその格好は、黙ってさえいればユナによく似合っていた。
「……出かけんの?そんな格好で」
だが、買物に行くには大袈裟だし、友達に会いにいくにはどう考えても少し固かった。
まさか……男に会いにいくんじゃないよな…
それじゃホントに浮気だ。
だが、キルアの質問に依然としてユナは顔色一つ変えなかった。
「うん、ごめんね。
どうしても来てくれって呼ばれちゃってさ…。
借りがあるから仕方ないんだよ」
「へぇ…借りがあんの…」
キルアはじっとユナを見たが、別に嘘をついているようには見えない。
それどころか、借りがあると言った時は本当に嫌そうに眉をしかめて見せた。
じゃあ、浮気じゃないんだよな……
子供の無邪気さを利用して直接聞く、という手もないわけではなかったが、どちらかといえば捻くれた雰囲気のキルアが言うには少しハードルが高い。
それにやっぱり夫婦の問題だし、軽々しく介入すれば兄がいい顔をしないのは嫌と言うほどわかっていた。
「なんかさ、ユナ姉がお洒落すんの滅多に見ないからさ…」
だからこそ気になる、と暗に含ませて呟けば、ユナは苦笑した。
「惚れた?」
「はぁ!?ちょ、何言ってんだよ!」
「…似合わないかな?」
「そ、そんなことは!ねぇ、けど……ユナ姉、綺麗だ…し」
顔を背けてぶっきらぼうに言ってみても、顔が熱く火照っているから台無しだ。
からかわれているのだとわかっていても、それでもなんだか無駄にドキドキした。
ユナは今までのゾルディックにはいなかったタイプだ。
気まぐれで何を考えているか読めないところはイルミにも似ているが、ユナは飄々としていてなんだかんだでさらりと流されてしまう。
そう、例えて言うなら掴みどころのない雲みたいな。
彼女はキルアの言葉にクスッと微笑んだ。
「キルア可愛い」
「可愛いとか言うなよ!」
「だってこんなに赤くなっちゃってさ。
そこまで喜んでもらえるならこれからもたまにお洒落しようかな」
「べ、別に俺には関係ないし」
一番喜ぶのはイル兄だろ……
なのにユナ姉はその格好でイル兄に会うわけじゃないんだよな…
やっぱ、どこに行くかくらい…
「イルミにも教えてあげよっと」
「へ?」
再びそう考え直して、質問を投げ掛けようとしたキルアよりも早く、ユナの口から兄の名前が出る。
予想外の展開に半ば牽制される形となり、キルアはぽかんと彼女を見つめた。
「キルアったら可愛いんだよ。
着替え見たくらいで真っ赤になるし、照れながらも綺麗だって褒めてくれたの、って」
なっ……
「バ、バカ!ぜってー言うなよ!?
そんなことイル兄に知れたら、怒られんのは俺なんだぜ!?」
「え?なんで怒られるの?」
「いいから絶対言うな!頼むよマジで!!」
「変なの…」
怪訝そうに首を傾げるユナ。
「ま、いいや。それじゃ行ってくるね。
悪いけどキルアはゲームでもして遊んでて」
「お、おう……」
駄目だ、気づけばまた流されてしまっている。
キルアは、もどかしい思いで「あー」と頭をぐしゃぐしゃにした。
やっぱ、ユナ姉には敵わねぇよ……
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