■ 25.計算と計画
「ヒソカ、私」
「…メリル、かい?
キミから電話を掛けてきてくれるなんて珍しいねぇ💓
というか、教えたっけ?」
「お願いがあるの」
いつもはEメールでしか連絡を取ってくれないメリル。
見慣れぬ電話番号に不審に思いつつも出てよかった。
まぁ、よく考えれば彼女は情報屋なんだし知り合いの電話番号くらい調べるのはわけないだろう。
だが、開口一番そんなことを言われて、流石のヒソカも思わずびっくりした。
「どうしてもヒソカに手伝って欲しい仕事があるの」
プライドの高いメリルが他人、それもよりによってボクを頼るなんて、余程困ったことが起きたのか。
ヒソカはちょっとワクワクしながら、何だい?と問いかけた。
「内容はあなたならそんなに難しくない。いわゆるハニートラップだから」
「ハニートラップ?」
ボクに頼むくらいだから、殺しの依頼か何かと思ったが、予想外の内容にまたまた驚くばかりだ。
しかし、こんなものはまだ序の口。
もっと驚くべきは、メリルの口から聞かされたそのターゲットだった。
「声をかけて欲しいのは、ユナ=ゾルディック」
「えっ」
「……やっぱ、ゾルディックだと無理?」
こんな偶然本当にあるのだろうか。
電話の向こうでメリルがそっか…どうしよ、と呟く。
ヒソカは依頼の内容が気になって仕方がなかった。
「それはまたすごい依頼だねぇ…☆
ゾルディックの情報を、ってことかい💛?」
「受けてくれるの?そうじゃないと話せない」
まぁ、それもそうだろう。
受けた依頼の内容や顧客については、基本的に守秘義務がある。
ヒソカは「受けたい気持ちはあるんだけど…」と珍しく言葉を濁した。
「ボク、実はその彼女と面識があってねぇ★
そういうわけだから、トラップに引っ掛けるも何も、できないんだよ💓」
「そうなの?じゃあ私の能力でヒソカの見た目を変えるわ。
これならどう?」
へぇ、メリルの能力は他人にも使えるのか。
ますます面白い。
前々から気になっていた彼女の能力を身を持って試せる上に、全く別人の姿でユナを口説くなんて、これほど面白そうなゲームはないだろう。
ただ一つ気がかりなのはユナの性格上、ハニートラップが通用しないであろうということ。
けれどもそれを教えてしまったら、この計画は変更になり、ヒソカはせっかくのゲームを楽しめなくなる。
「わかったよ☆他でもないキミの頼みだ、受けよう」
─もっとも、成功なんて約束しないけどね
ヒソカは心の中でぺろりと舌を出した。
「ホント?助かったわ。
じゃあ詳しい内容は会って話すから」
「キミからデートの約束だなんて、夢みたいだよメリル💓」
「あぁ、そう。じゃ、三日後くらいだったら、パドキアに来れるかしら?説明と下見も兼ねて置きたいの」
「OKだ★」
戦うだけじゃなくて、こういうのもそそるよねぇ…💛
ククク、と楽しげに笑ったヒソカは自分がまんまと利用されたなど、知るよしもなかった。
**
「ヒソカ、待ってたわ」
約束の日。
メリルは普段見せないような笑顔でこちらに向かって手を振った。
「うーん、キミから『待ってた』なんて言葉が聞ける日が来るとはね☆」
「あら、私は別にヒソカのこと嫌いじゃないわよ?」
そう言い、きょとんとした表情で首を傾げる様はやっぱりどことなくイルミに似ていて。
「現金なものだねぇ💓」と流石に呆れて笑うしかない。
彼女は座ってよ、と勧めた上でファミレスのソファに腰をおろした。
「本番の場所はね、斜め向かいのバーよ。ここから見えるでしょ」
「下見っていうから、てっきりキミとバーで飲めるのかと思ってたんだけど★」
「私、仕事とプライベートは分けるタイプなの」
嫌いじゃないわよ、と言ったくせに、今はもういつも通り冷たい表情だ。
仕事の話に余計な茶々は入れるなということらしい。
注文を取りに来た店員にコーヒーを2つ頼むと、メリルは少し声を落とした。
「ってゆーか、この仕事、ヒソカにも少しは責任あるんだからね」
「え、ボク💛?」
生まれてこの方、責任なんぞ意識して生活したことはない。
だが改めてそう言われ、依頼がゾルディック関連なこととあわせて考えると、ひとつの仮定が浮かび上がった。
「もしかして……イルミかい☆?」
「そうよ…だからヒソカの責任は少しどころじゃなかったわ」
深くため息をつくメリルに、ヒソカは悪かったよ💓と口先だけで謝ってみせる。
しかし、依頼人がイルミとなると、彼は自分の妻にハニートラップを仕掛ける気なのか。
これはますますもって面白い。
ヒソカがニヤニヤしていると、コーヒーを運んできた店員がこちらを見て、逃げるように奥へと戻って行った。
「へぇ、あのイルミがねぇ…。
自分から他の男を奥さんに近づけるなんて、一体何が目的なんだろう★」
「それがただ『反応を見たい』だけなんだってさ。
あんな性格悪いとは思わなかった」
彼女はどこか嘆くようにそう言うと「見た目はあっさりしてそうなのにね」と付け加える。
「じゃあ、落とせなくてもいいのかい💛?」
ヒソカ的に、ユナはその辺の男では絶対なびかないだろうと確信していた。
もっともそれはこの目の前のメリルだってそうなのだが、ヒソカがアプローチをかけてもほとんどスルーだからだ。
ユナに至っては、あのクロロにすらツレない態度だったらしいし、やっぱり既婚という壁は大きいだろう。
ヒソカはまた今日も姿の違うメリルを見つめて、こっちは未婚なのになぁ…☆なんて思った。
「そうそう。反応が見たいだけだから落とせなくていいの。
イルミも見に来るんだって。
旦那の前で奥さん口説くなんて、俄然やる気出てきたんじゃない?」
「うーん、やっぱりキミはボクのことをよくわかってるねぇ💓」
それにしても今日のメリルはやたら饒舌だ。
いつもと違って仕事の話になかなか入らないし、やけに念入り。
それに落とせなくていいのなら、彼女がわざわざボクに頼むほど難しい内容とは思えなかった。
「ところで、キミの念では性別を変えられないのかい★?」
何気ない様子でコーヒカップを傾け、
質問を投げかけてみる。
メリルはうーん、と少し躊躇った後、口を開いた。
「…変えられないことはないよ。
だけど、見た目を変えても中身は私でしょ?
女の口説き方なんてわかんないし」
「女の口説き方ね…💛」
「私の知る限り一番チャラチャラしてるのはヒソカだった」
「色男って言って欲しいなぁ☆」
どう考えても貶されているようにしか思えないのだが、メリルに気にした様子はない。
さらに、ヒソカはいつも通りでやれば大丈夫だよ、と追い討ちをかけてきた。
「当日その変な喋り方は禁止ね。
それでもって仕事の後、偶然を装ってイルミに会うこと」
「別に変だと思ってないから、変えなくていいかい💓?」
「あ、わかってなかったの?
じゃあ今教えてあげる。それ変だよ」
「……。
イルミに会うのはなぜだい★?」
「ヒソカのアリバイ工作よ」
彼女が言うには、いくら姿かたちを変えていてもふとした時の仕草などで感づかれてしまうことがあるらしい。
とりわけヒソカは独特だし、イルミとの付き合いも長いため予防線だそうだ。
「わかったよ💛
……で、協力するんだからもちろん、ボクにも美味しいことがあるんだよねぇ☆?」
既に十分美味しいが、メリルに貸しを作っておくのも悪くない。
彼女は露骨に眉をしかめて見せた。
「お金って言っても、どうせ受け取らないんでしょう?」
「そうだね、ボクお金には困ってないな★」
「……何が望み?」
「キミと一晩💓」 「死んで」
相変わらず拒否のレスポンスだけは早いんだから……☆
だが、先に受け入れ難い要求を出した方が後の交渉はやりやすい。
ヒソカはにんまりと笑みを浮かべた。
「1日、ボクの彼女になるってのはどうだい💛?」
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