■ 22.複雑な気分
「メリル、頼みがあるんだ」
携帯のディスプレイに表示された番号を見た瞬間、覚悟はしていた。
そう、この前シャルにちょっとした偽の依頼に協力してもらった代わりに、仕事を1つ無料で引き受けると言ってしまっていたのだ。
無料となれば、一体どんな無茶ぶりをされるんだろう……
ユナは自分の行き当たりばったりな性格を呪いながら、何?と続きを促した。
「うん。この前の貸し、返して欲しくってさ。
君の能力を見込んで、潜入系なんだけど…」
「……あぁ」
ほら来た。
潜入とか、家を留守にしなきゃいけない類の仕事は(イルミが)面倒だ。
だが、今更断れる雰囲気でもないし、こちらだって貸しはさっさと清算しておきたい。
私が了承すると、シャルはメモでも読むかのようにすらすらと内容を説明した。
「行って欲しいのは今週末にあるルブオール家でのパーティ。
そこでコーヒスという男に近づいて、とある物の在処を聞き出して欲しいんだ」
「ルブオール家……ということは『聖女の首飾り』ね」
「さすがメリル、話が早いよ」
曲がりなりにもユナは情報屋。
そうでなくてもルブオール家に伝わる家宝はそこそこ有名だし、シャルが盗賊だっていうのも知ってる。
だが、何も無料のチャンスを使ってまで私に頼むほど厄介な仕事とは思えなかった。
「ひとつ聞いていい?
そんなの私に頼まなくてもぶっつけ本番で乗り込んで、拷問で吐かせれば良くない?」
幻影旅団は別に怪盗でもなんでもないんだし、血の気の多い奴も有り余ってるだろうから手荒な手段を取ればいい。
その方が何倍も早いし、煩わしくなくて素敵だと思うのだが……
「うん、そうしたいのは山々なんだけど、殺したり脅したりで吐かせると、異変に気付いた他のルブオール家の人間が宝を処分しちゃうかも知れないんだよ」
「処分?」
意味不明な言葉に思わず首を捻っていると、シャルは面倒くさがらずに教えてくれた。
「あの一族、ちょっと変わっててさ。他人の手に渡るくらいならって宝を壊しかねないんだよ。
だからって皆殺しにしたら場所わかんないし、そもそも宝を狙ってるって事自体もばれたくないんだ」
話によると以前、幻影旅団とは別にルブオール家に賊が入ったことがあったらしいのだが、その時彼らは遠慮なく屋敷の3分の1を爆破したらしい。
私だって拷問とか言ってる時点で人様のことをとやかく言える立場ではないが、どう考えても正気の沙汰じゃないと思った。
「へぇ……ということは私も脅しちゃダメってことね」
「そーゆこと。だからユナに白羽の矢がたったんだよ。
君ならどんな絶世の美人にも化けれるでしょ?」
「まーね」
正直、素顔を知られているシャルにそう言われると軽く傷つく。
まるで、素の私では色仕掛けに向かないみたいではないか。
「ま、サービスとしてターゲットのタイプの女性の特徴を教えとくから。
見た目も重要だけど、彼はニコニコとした女の人が好きみたいだからよろしくね」
「はいはい……」
愛想笑いなんて一番向いてないのに。
ユナはため息をつくと「終わったら連絡する」と告げて通話を終了した。
「……ん?」
そういや、今週末イルミもどこかのパーティに行くと言ってなかったか?
「ん―、これは……」
ポジティブに考えれば、イルミな留守なので私の不在もバレない。
だがネガティブに考えると……
「まずいよね」
ユナは携帯を握り締めたまま、ぽつりと呟いた。
***
ルブオール家のパーティはかなり豪華なものだった。
コーヒスの好み通りグラマラスな金髪美女に見せかけたユナは他の男たちを無視してひたすら彼の目に止まるようにする。
もしも相手の反応がイマイチであれば、ぶつかるというような古典的手法さえ覚悟していたのだが、ユナを見るなりコーヒスの鼻の下はだらしなく伸びた。
「とてもお美しい……あなたのような美しい方に会ったのは初めてだ…」
「まぁ、お上手ですこと」
少し照れたふりをして目を伏せると、まとわりつくような視線が胸元に注がれるのを感じる。
ホント気持ち悪い。
わざわざ大きく胸の開いたドレスを着たくせにユナは内心イラついていた。
「僕はここルブオール家の長男コーヒスです。
貴方のお名前をお聞かせ願えませんか?」
「ロアナですわ」
最近名前が多すぎてややこしいけど、イルミがいる以上メリルと名乗るのも避けた方がいいだろう。
あの後、イルミに聞いてみたらやっぱりこのパーティに参加するらしく、今日の仕事は二重の意味で緊張感が絶えない。
目の前ですっかり浮かれているこの男が少し羨ましいくらいだ。
「ロアナさんか…素敵な名前だ」
「ありがとう」
名前に素敵も何もあるものか。
馬鹿じゃないの?と言いたいのをこらえ、ユナはにっこりと微笑む。
この調子なら楽勝そうだった。
後は適当に二人きりになり、うまく隠し場所を聞き出せばよい。
「あ、ちょっと動かないで」
「え?」
不意にコーヒスがこちらに手を伸ばす。
「髪の毛が」
「あぁ…」
鎖骨のあたりをさっと撫でられて、仕事じゃなかったら本気で引っぱたいてたかも。
「…すみません、ありがとう」
「いやいや」
……最悪。
楽勝かもしれないけど、絶対こいつセクハラ多そう。
ユナは笑顔が引きつってしまわないように懸命に堪えた。
***
ルブオール家のパーティは想像よりもしょぼく感じた。
まず会場が狭い。
実際、記憶の限りゾルディックで大規模なパーティなど行われことは無かったが、イルミは実家を基準に考えて今回の規模が貧相であると決めつけた。
それでも招待されている客はかなりの人数いるようで、適当に人ごみの中に紛れ、気配を消してターゲットに近づく。
今回のターゲットはこのパーティに招待された客の一人だった。
どうやら何者かに命を狙われているというのは分かっているらしく、そいつはなかなか外出をしなかったのだが、ルブオール家とは懇意な仲らしく今回は出席を決めたらしい。
チャンスさえあれば何の力も持たない普通の人間だし、パーティではボディーガードも付きっきりというわけにはいかないので、はっきり言ってしまえば難易度は低かった。
「お飲み物はいかがですか?」
「……ありがと」
通りすがりのボーイからグラスを受け取り一口飲む。
確か前にユナが買ってきたワインもこの程度の物だったが、今日飲むワインは特別安っぽく感じられ、イルミは少し眉をひそめた。
そんな危険じゃないから、せっかくユナも誘ってみたのに……
─『ごめん、イルミ。最近なんだか体調が優れなくて……』
医者に診せれば、と提案するとそこまでではないと言う。
最初こそ単に仮病じゃないのかと疑っていたイルミだったが、一つあることを思いついて彼女を無理に連れていかないことにした。
─『ねぇ、もしかしてさ…子供が出来たんじゃない?』
『え』
もちろん、当然ながら二人に思い当たる節がないわけではない。
だが、その時の彼女の驚いた顔と言ったら……
イルミは仕事中にも関わらず、思い出して複雑な気分になる。
─『そう…かもね。でもまだはっきりわからないし、二人だけの秘密にしよう?調べたら結果教えるから』
確かに母さんが知ったら大騒ぎするだろう。
確定しないうちからそんなことになるのはイルミだって避けたいところだ。
でも、それにしても……
グラスを傾け、くっと中身を飲み干す。
やっぱり美味しくない。
期待の中にほんの少し拭いきれない不安を感じて、イルミは気分が晴れなかった。
……だってユナ、「子供ができた」かもしれないってなったら、少しくらい嬉しそうな顔してくれたっていいんじゃない?
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