- ナノ -

■ 21.気まぐれとマイペース



「おやおや、奇遇だねぇ☆」

「うわ…」

昼間から高級レストランに入ろうとするイルミを制し、お昼はカフェで済ませようとしたのが悪かったのだろうか。
ニヤニヤと絡みつくような笑みを浮かべて近づいてくるピエロに、私達夫婦は露骨に嫌な顔をした。

「ヒソカ、なんで…」

「偶然だよ💓」

だけど、ヒソカの言葉とイルミの反応から、今日の彼の不審な行動全てに合点がいった。
イルミは嫌がっているだけじゃない。

「偶然、ねぇ…」

急に指輪を買う、だなんて言い出したのはヒソカの入れ知恵に違いなかった。
店選びも指輪選びも強引すぎるくらいスムーズだったし、今日のお出かけはきっと予定されていたことなのだろう。
ヒソカは私たちに何の断りもなく、空いていた席に腰掛けた。

「やぁ、ユナ、久しぶりだねぇ★」

「そうですね、えっとヒソカさん?」

「やだなぁ、呼び捨てでいいし、敬語も無しって言ったじゃないか☆」

こいつ…
蜘蛛のアジトで会ったことは内緒だって言ってあるのに、ただ私の反応を見たいがためだけに揺さぶりをかけてくる。
きゅっ、と僅かにつり上がったイルミの目尻を視界に捉えたまま、ユナはそうだっけ、ごめんなさい、と微笑んだ。

「ねぇ、偶然なら早くどっか行ってくれない?」

イルミは射抜くような視線でヒソカを睨みつける。
だが、それはむしろこの変態には逆効果というもので…

「いいじゃないか💓キミとキミの奥さんのツーショットに巡り会えるなんて滅多にないんだし★」

ヒソカはさらにニヤニヤと笑って、あろうことかテーブルの上に置かれたユナの手を握った。

「やめて」

とっさのことだったから、自分でも思った以上に冷たい声色になる。
ヒソカはやれやれといった様子で肩を竦めた。

「ユナまでそんな感じなのかい☆?ボクがっかりしちゃうなぁ💛」

「そんな親しくないのに、いきなり手を握る方がおかしいのよ」

「じゃあ親しくならせておくれよ…っおっと★!」

ビュンッ、と空を裂いてヒソカめがけて投げられた針。
間一髪でかわしたものの、そのまま後ろの店の壁に、ダーツよろしく突き刺さる。
イルミはちっ、と聞こえるくらいの大きさで舌打ちをした。

「おやおや…嫉妬かい💓?」

「は?オレはただユナを変態の魔の手から守っただけなんだけど」

「酷いなぁ☆」

ちっとも悪びれないヒソカに、ユナは机の下で脚をさり気なく蹴ってやる。
早く帰れ、そんな意味で蹴ってみたんだけれど、それはどうやらイルミにも見えていたらしくて…

「ユナ行くよ」

「えっ、あ、うん!」

突然強引にユナの腕を取ると、イルミは立ち上がった。
そしてそのまま、つかつかと大股で店を出ていく。

「えっ、ちょ、イルミ!?」

「帰るよ」

ホントにお金が先払いの店で良かった。
イルミはユナの手を痛いほど強く掴んだまま、結構なスピードで歩いていく。
後ろを振り返ってみれば、相変わらず腹の立つ笑みを浮かべているものの、ヒソカが追って来る様子は無かった。

「イルミ、痛いよ」

「これくらいどうってことないでしょ」

「別に追ってきてないってば」

ずるずると半ば引きずられるような形になり、耐えきれなくなった私はちょっと強く地面を蹴って、前のイルミに飛びつく。
腰のあたりにがし、と腕を回せば、ようやくイルミはその足を止めた。

「ユナってさ…ヒソカと仲良いの?」

「は?」

振り返るなり見当違いもいいとこな質問で、ユナはあっけに取られる。
私とヒソカが仲良い?
どういうふうに考えたら、そんな馬鹿なことを思い付けるのだろうか。

「だって、ユナってオレを叩いたり蹴ったりしたことある? 」

「ないよ、そんなの!
するわけないじゃない」

「ヒソカにはするのに?」

「はぁ?イルミだって私には針投げないじゃん」

なにこの駄々っ子みたいなワガママは。
操作系は理屈屋なんでしょ?
だけど、どう考えてもイルミの言ってるそれは屁理屈にすらなってない。

ユナがそういうと、イルミはただ黙って猫のような大きな瞳でこちらを見つめた。

「…なんなの?イルミは私に叩いたり蹴られたりされたいの?」

「違うけど」

「じゃあ何?」

まぁたまに殴りたくなることもあるといえばあるが、後が怖いし夫婦間での暴力を奨励する気もない。
イルミは私の質問には答えずに、うーんと考え込んでいたが、やがて何かを閃いたようでぽんと手を打った。

「あ、そうだ。
ユナちょっと待ってて」

「え?今度は何?」

マイペースってもしかして気まぐれよりタチ悪いんじゃないかな。
久しぶりのお出かけで、なんと私は待ちぼうけを食らうハメになりました。


**



「待った?」

「…待たせたんでしょ」

イルミが一人でどこかに行ってから、優に1時間は過ぎている。
ホントに帰ってやろうかとも思ったが、一体何で待たされているのかわからない以上迂闊に行動もできない。
彼の口ぶりからして急な仕事が入ったってわけではなさそうだったし「無表情&口数が少ない」のコンボは本気で大迷惑だ。

だがユナの冷めた視線をものともせず、戻ってきたイルミは後ろ向いて、と言った。

「…こう?」

もう今更だし、ここまできたらとことん付き合ってあげるよ。

黙ってじっとしていると、すっ、と前から首の後ろへ回された手。
一瞬、ひんやりとした金属の感触に身を竦めると
胸元には先ほどの指輪がネックレスへと姿を変えて輝いていた。

「イルミ…」

「…ごめん、これどうやってつけるの?」

振り向けば少し困ったふうに眉をあげたイルミの顔があって。

「…そこ、その金具を…うん、そう」

「あ、できた」

待たされたこと、怒るに怒れないじゃないの。

「このために、待っててって言ったの?
…ありがとう」

「うん。ユナ、指輪は要らないって言ってたし、それに」

「それに?」

イルミってホントに子供みたいだなー。
ネックレス一つ付けられないこんな天然で、暗殺者としてはエリート中のエリートなんだから、世の中ホントに恐ろしい。
だけど、そんな冷静なことを考えながらもユナはこのサプライズを嬉しく思っていた。

「うん、…それにね、やっぱり俺に攻撃されたら嫌だから指輪より首輪の方がいいかなって」

「…」

前言撤回。
ちょっとでもイルミって可愛いとこあるじゃん、と思った自分を殴ってやりたい。

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