■ 20.言い方一つで
平日の真っ昼間。
いつもなら移動時間として飛行船で仕事先に向かったりしているイルミなわけだが、今日は暇そうにソファに腰かけていた。
「どうやらオレの依頼人は他の奴から恨み買ってて先に殺されたみたいでさ、今日の仕事は急きょなくなっちゃったんだよね」
「へぇ…」
仕事人間のイルミにしては、珍しくその声色は弾んでいる。
彼の性格なら予定が狂わされた挙句、お金も入ってこないということで機嫌を損ねていても何らおかしくはないのに。
仕事着から私服に着替えていたイルミは、その長い脚を器用に組んだ。
「久しぶりの休みだし、どこか行く?」
「久しぶりの休みなんだから、ゆっくりしたら?」
イルミに仕事がないのならば、当然ユナも仕事に取り掛かるわけにはいかず、お互い暇を持て余した状況だ。
仕方なくユナは先程からずっとクロロに借りた本を読んでいたのだったが、これがまたなかなか面白い話でいつしか夢中になっていた。
つまり、イルミの誘いはNOということ。
ユナ自身も昔から仕事以外で外出することなんてほとんどなかったため、特に行くべきところも思いつかなかったのだ。
「オレ暇なんだけど。ユナの本はいつだって読めるでしょ」
「…そうだけど、どこへ何しに行くの」
「うーん、そうだね…」
イルミは顎に手をやり、ちょっと考える。
それから、何か閃いたのか指をピンと立てた。
「そういや、オレってユナに指輪あげてないよね」
「え…?貰ったじゃん」
ユナはようやく本から顔をあげ、左手の薬指に輝くリングをイルミの方に向ける。
当然、同じものはイルミの指にもはめられていた。
「それは結婚指輪でしょ。
正直、ゾルディックが用意したようなものだからね。
オレが言ってるのは婚約指輪ってこと」
「婚約指輪?」
婚約も何も、初めから婚約者候補としてこの家に来て、二つ返事で結婚にまで至ってしまったのだから、今更形式に囚われるなんてどうかしてる。
だが、私の反応が気に入らなかったのか、彼は少しだけムッとした表情になった。
「そんなシンプルなやつじゃなくて、もっと豪華なやつ」
「え、別にいいよ。そんな何個も指にはめないし、飾るだけなら勿体無いし」
「じゃあ指輪じゃなくてもいいけど」
「えぇ…?」
自分から指輪って言ったくせに、指輪じゃなくてもいいのかよ。
でもそうなると、尚更貰う理由がなかった。
「いいよ、そんな」
「何か欲しいものとかないの?」
「え、なになに、イルミどうしたの怖い」
ゾルディック家は家族間でもギブアンドテイク。
それがわかっているからこそ、このイルミの申し出は素直に受け取れない。
何か後でとんでもないものを要求されそうで、ユナはどうしていいかわからなかった。
「怖いってなにさ、せっかく買ってあげるって言ってるのに」
「いや、だって…」
「ユナって欲無さすぎじゃない?」
確かに、実家では肩身の狭い思いをしてたから、基本、必要な物以外は欲しがったりなんてしなかった。
だけど、それをイルミが言う?
「そんなことないよ」
「へぇ、そうは見えないんだよね。ユナって一体何してる時が楽しいわけ?」
「え…」
何これ何これ、私怒られてるの?
本読んでるの楽しいよ?
今せっかく楽しんでるのを、イルミが邪魔してるよ?
だけど、そんなこと実際言えるはずもない。
「ま、欲しいものがないなら、見てから決めればいいよね?」
結局イルミは私が何を言おうとも、買い物に行くつもりらしくて。
「わかった…じゃ行こう」
仕方なくユナは本に栞を挟むと、ゆっくりと立ち上がった
**
「平日なのに、まあまあ人いるね」
ククルーマウンテンを下りると、やはりちょっとだけ気温が高くなったように感じる。
こうして昼間に改めて歩いてみたパドキアの街は、ユナの知らないことだらけだった。
「良く考えたら、こんな目的もなしにぶらぶらするのって初めてかもしれないなー」
「は?目的はあるでしょ」
「あ…うん、そうだったね」
それにしても、なんでこんなにイルミはプレゼントにこだわるんだろう?
今日は別に私の誕生日でもなければ、当然結婚記念日というわけでもない。
しかも私に欲しいもの選びなよとか言ってたくせに、イルミはさっさと自分で気に入った店に入ってしまった。
「ちょ、イルミ、ここすごく高級感が溢れてる…」
「そう?そうでもないと思うけど。
てゆーか、ユナの実家も金持ちでしょ?」
「それは…」
実際、ユナの家は爵位でいうなら相当なものだが、由緒正しさと金持ち度は必ずしも比例しないし、イルミに仕事の事をいうわけにはいかないから説明できなかったものの、昔からユナの稼ぎが実家の主な収入源だった。
「いくらなんでも流石にイルミとは金銭感覚違うって。
桁の数が多い」
「あ、これなんてどう?」
「ねぇ、私の話聞いてる?」
まったく…と、呆れながらもイルミの声につられて彼が指さした先を見る。
煌びやかなショーケースに並んだ指輪は達は皆きらきらと輝いていたが、イルミが選んだものはその中でも一際輝いていた。
「何かお探しでしょうか?」
ユナが値札の桁に愕然としている隙に、タイミングを見計らったように現れる店員。
お目が高い、と褒められるが、正直イルミの担当についたあなたの方がお目が高いですよ。
イルミはどう?とユナの方を見た。
「ど、どうって…」
店員さん目の前に悪く言えるわけないじゃん。
ライトアップされたケースから取り出されてもなお輝く指輪は、確かにデザインも可愛い。
「素敵だとは思うけど…」
「じゃあこれで」
「え!?待て待てイルミ待って!」
「なに?」
いくらなんでも即決すぎる。
だいたい私はゴテゴテと仕事の邪魔になるような指輪なんていらないって言ってるのに…
だがそこににっこりと営業スマイルを浮かべる店員さんがいるため、ユナは目だけでイルミに訴えた。
「あー、ごめんごめん。ユナは指輪じゃない方がいいんだっけ?」
「う、うん」
通じた!奇跡だ!
「じゃあいっそ指輪じゃなくて首輪にする?」
「…あのさ、イルミ。
それ、ネックレスのことだよね…」
「ううん、首輪」
「…」
「嘘だよ」
一瞬凍った場の空気。
イルミは嘘だよ、と言ったがどう見たって目が本気だ。
冗談じゃない。
これは変に首輪を買われる前に、この指輪で納得する方がいいのではないかとすら思えてきた。
「嘘か〜なぁんだ〜、ははは…
じゃあもう、お言葉に甘えてそれ買ってもらおうかな」
「これでいいの?」
「うん」
もう何でもいい。
正直早くこの買い物を終わらせたい。
だが、ありがたいことに言葉というのは言い方一つでとっても印象を変えるもので…
「イルミが選んでくれたのなら、何でも嬉しいよ」
一瞬、目を丸くしたあと、
ふわっと柔らかくなったイルミのオーラ。
あぁ…ヒソカがイルミにちょっかいかけたくなるの、わかるような気がするな。
「じゃあこれで」とちょっとだけ嬉しそうに告げた彼を、不覚にも可愛いと思ってしまった。
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