■ 19.邪魔者
これは一体どういうことなのだろう。
ヒソカは面白いことになった、とアジトに現れた客を見て、口元をにんまりと緩める。
珍しく団長が自分から人払いをするから、興味をもって残ってみて正解だった。
イルミから連絡が来たのは2日前。
珍しく興奮ぎみに早口で喋るから何かと思えば
『ヒソカの言ってたアレ、効果あった』
とのこと。
アレ、とは奥さんとの関係に悩むイルミに教えた、ちょっとしたテクニックだった。
『行かないで、って頼んだら、わかったって言ってくれた。
行かないって約束してくれたんだ』
「へぇ、それはよかったね☆」
どうせイルミのことだから、普段は怒ったり脅したりしていただけなんだろう。
ギャップ効果というのはいかなる場面においても有効である。
彼の話を聞くに、なかなか掴み所のない奥さんだとは思っていたが、所詮はひとりの女。
人間心理は結局のところ共通なものか……なんて思っていたのだが。
「本、返しに来たよ」
そうだよねぇ……
約束は破るためにあるんだもんねぇ……◇
アジトに現れたのは他の誰でもない、イルミの妻のユナその人だった。
「……あれ、ヒソカ……さん?」
ばっちりと目が合うなり、彼女の顔からはすうっと笑顔が消える。
反対にヒソカはにやぁ、と笑った。
「おお、来たのか。やはり2日くらいはかかるな」
気配を感じたのか、クロロが奥の自室から出てくる。
そして黙ったまま見つめ合ってる二人に困惑した。
「ヒソカ、まだいたのか」
「うん、残ってて正解だったよ◆」
「……クロロ、どうなってるの?」
ヒソカに対する話し方よりもクロロに対する方が随分と親しげだ。
というか、前に会ったときと全然雰囲気が違う。
猫を被っていたのか、とヒソカはくつくつと笑った。
「ん?ああ、そうか。イルミ経由でヒソカも知り合いなんだな。
こいつも蜘蛛のメンバーだよ」
「……」
ユナはそれを聞いて黙りこむ。
一体どうでるつもりなのか、楽しみで仕方がなかったから、あえてこちらからは何も声をかけない。
ヒソカがじっと見守っていると、ユナはぱっ、と顔を輝かせた。
「知らなかったわ、イルミったら私には蜘蛛に関わるなって言ったくせに……。じゃあ改めてよろしくねヒソカさん」
にこっ、と無邪気に笑う彼女は、当たり前のように握手を求めてくる。
当然ヒソカが断るはずもなく、二人は固い握手を交わした。
「ヒソカでいいよ、ユナ◇」
「そう。よろしくね、ヒソカ」
彼女はあっさりと受け入れると、すぐに手を離す。
そしてもうヒソカには興味ないとばかりに、くるっと背を向けた。
「で、クロロにはこれね、はい」
彼女が手渡したのは本。
ヒソカには何のことやらわからなかったが、ユナがここに来た理由はこれらしい。
受け取ったクロロは、ふむ、と中身を確認して小脇に抱えた。
「ああ、確かに受け取った」
「……キミたちって、そんなに仲良かったのかい◇?」
まぁ、本人たちの性格もあるが、直接仕事を依頼する間柄のイルミとでさえ、クロロは言うほど仲良くない。
あのイルミがクロロに奥さんをわざわざ紹介するはずもないし、どうやって知り合ったのかわからないが、二人はとてもくだけた雰囲気だ。
ヒソカの当然とも言える疑問に、クロロは苦笑を浮かべた。
「なんなんだろうな……このお転婆な奥さんは人を振り回すのが上手い」
「本の貸し借りしてるだけよ、イルミも知ってるし」
ふーん、イルミも知ってる、かぁ……
貸し借りをしてるのは知ってても、今日こうして会ってるってことは知らないんじゃない◇?
ヒソカはにんまりと怪しい笑みを浮かべた。
**
最悪、最悪、最悪、最悪!!
せっかくめんどくさい裏工作までしてシャルを遠ざけたのに、関わりたくない奴と普通に会ってしまった。
ヒソカとは『メリル』として会うばっかりで、『ユナ』としてはほとんど知らないことになっている。
クロロにも単にゾル家の妻ってことで通ってるし、ここで仕事の方がばれることは無さそうだ。
だがもしも、私がここに来たことをヒソカがイルミに伝えたら、とてもまずい。
お仕置きはもちろんのこと、あのイルミのことだから、もう一生外に出してもらえないかもしれない。
だから私はせめてもの抵抗として、
クロロとはやましい関係ではないこと
イルミもこの本の貸し借りを知っていること
を強調して言ってみたんだけど……
駄目だ、あのピエロ。
嬉しそうにニヤニヤして笑ってる。
本を返してはいじゃあさよなら、だとまったく旅団と繋がりができないじゃないの、とも思ったが、ここはひとまず帰った方が良いだろう。
あんまり長居していたら、それこそイルミがこのことを知ったときに余計怪しまれる。
先手を打って、ヒソカに「イルミには内緒にして」と言うのもないわけではないが、たぶん奴の性格上、そんな言い方をすれば面白がって告げ口するだろう。
まったくもうヒソカって面倒くさい。
私は仕方なく内心の苛立ちを押し隠して、クロロに帰るね、と言った。
「お、もう帰るのか?」
「私もなにかと忙しいしね。
でもなにかまた本貸してくれる?」
「…まぁ、いいが……」
とりあえず、この貸し借りの関係は続けた方がいい。
そうじゃなきゃ、せっかく得た繋がりはここで切れてしまう。
別に幻影旅団の情報を売って儲けようだなんて酷いことは考えてないけれど、知っていて損はないし、何しろシャルがここの団員だとわかった以上はこちらも何か切り札があった方がいいに決まっている。
「クロロのお勧めがあれば、それがいいな」
「わかったよ、少し待っていろ」
「あ、私」も行く、と言おうとしたら、不意に後ろ向きに引っ張られる体。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
ヒソカと二人っきりになりたくなかったのに、クロロはどの本にするかあれこれ悩みながら、書庫へと向かっていってしまった。
「え、これはなに……?」
どうせバンジーガムでしょ、知ってるよ。
だけど、ユナは知らないことになっているので、仕方なく戸惑ったフリをする。
後ろからヒソカに抱き締められて、不快感MAXだったが、強力な粘着力で一切身動きがとれなかった。
「ん〜◇いつもはイルミに邪魔されて、あんまりユナと絡めないからねぇ★」
「あのね、こんなことされたら困るの。イルミに言うよ」
「へぇ、言えるのかい◆? 」
ピエロ野郎はさも面白そうにニタニタ笑う。
なるほど、こいつはちゃんとイルミと私の約束を知っているらしい。
イルミったら、無口なように見えて意外とお喋りなんだから……
だけど、ユナだってここで押しきられてしまうわけにもいかなかった。
「まぁ、あくまでクロロとの本の貸し借りは知られてるけど、ヒソカとこんなに密着してるなんて知ったら、イルミも怒るかも… 」
ヒソカの手がさりげなく腰の辺りを撫でてくるから、にっこりと微笑みながらその手を押し返す。
ホントにこいつわかってるのかしら、私は人妻なんだけれど。
「なぜだか、ヒソカには近づくなって前から言われてたし……そんなに悪い人には見えないんだけどなぁ」
―私がここに来たことをイルミにバラしたら、私も貴方がしたことをバラすから。
言外にそんな意味を込めて、ユナはだから放して、と乞う。
もし最悪ヒソカがバラしても、私は「言い付け破ってごめんなさい。旅団に行ったらヒソカがいて、ベタベタ触られてホントに怖かった……もうしないから許して」でイルミの怒りの矛先の大部分をヒソカに向けさせることができる。
私を脅そうたってそうはいかないんだからね。
「なるほどねぇ☆」
ヒソカはちょっと考えた後、クックッ…と笑いながらユナを解放した。
「見た目からもっと大人しい奥さんかと思っていたけど、これは楽しめそうだ◇」
「やめてよ、イルミから聞いてるわ。貴方は強い人と戦いたがるんでしょう?
私は弱いわよ」
「でもとっても美味しそうだよ★イルミに飽きたら是非ボクのところにおいで◆」
「なんてこと言うのよ……」
こんな堂々と不倫まがいのお誘いをしてくるなんて、頭がイカれてるとしか思えない。
っていうかこの男、メリルの時も口説いてきたし、ホントに最低ね。
ユナは呆れてしまって肩をすくめた。
「待たせたな」
「あ、クロロ。ありがと」
ようやく本が決まったのか、クロロは再びホールへと戻ってくる。
そして、微妙な距離感で向き合う二人に向かって「何かあったのか?」と聞いた。
「旅団はすぐに女性を口説くような低俗な集団なの?」
「……ヒソカは特別だ」
「団長、あなたも前科ありでしょ」
パーティー会場で自信たっぷりに声をかけてきたのはそっちだ。
ユナがそう指摘すると、クロロは少し苦い顔になる。
「おや、団長も狙っているのかい☆?」
「馬鹿言うな」
クロロは呆れたようにため息をつくと、ほら、とユナに本を手渡す。
これでまた繋がりができたというわけだ。
「ありがと。今度私もお勧めの本持ってくるね」
「ああ…」
じゃ、さよなら。
ユナはヒソカが立ち上がろうとする前に、短く別れの挨拶を口にした。
「ボクが送っていこうか☆」
「結構よ。一人で帰れるから」
これ以上ヒソカとは関わりたくない。
ユナでもメリルでも中身は同じ人間なんだから、ヒソカが苦手でも仕方がなかった。
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