- ナノ -

■ 16.天然



「ねぇ、親父はさ、どうして母さんと結婚したの?」

仕事を終え、ゾルディックへと向かう私用船の中。
普段はめったに自分から話しかけてこないイルミが、突然そんなことを言い出した。

「……どうしたんだ、急に。
子供みたいだな」

「そう?
なんとなく気になっただけだよ」

自分の息子ながら、よくここまで無表情でいられるものだと感心する。
だがそれもやはり他人から見たイルミであって、家族ならばオーラの動きだけでなく、その微かな表情の変化から彼の感情をうかがい知ることができた。

「俺と母さんは完全に恋愛結婚だからな……
母さんは美人で強くて、どうして結婚したんだって聞かれると、やっぱりそれは『好き』だからじゃないか?」

息子にノロけ話をするのは少々気恥ずかしいが、真剣な表情で質問されてははぐらかすわけにもいかない。
キキョウは自分が流星街出身であるからこそ、息子の妻の家柄にはかなり拘っていたが、本来ゾルディック家に必要とされるのは、強さもしくは特殊な能力である。
それは何も即戦力としてだけでなく、暗殺者の妻たるもの命を狙われる可能性も危惧してのことだった。

「ふーん、『好き』か……」

酷く難しい言葉を聞いたかのように、イルミはただ繰り返した。
思えばこうして、親子らしい会話をしたのはいつ以来だろう。
イルミが物心ついた頃には既に、暗殺一家の長男として相応しい教育を授けてきたつもりだった。

「何か思うところがあるんだろう。
……ユナさんと上手くいってないのか?」

話の流れ上、ほとんど確信を持って投げ掛けた言葉。
だが、イルミはそれにうーん、と唸っただけだった。

「上手く……わかんないな。
母さんが言うから結婚したってのもあるけど、オレはユナのことを嫌いじゃないしユナも別にオレのことを嫌ってる風じゃない。
だけど、なんかすごく遠いんだよね」

「遠い?」

何事にも理屈っぽくて論理的なイルミから発せられた抽象的な表現に、シルバは思わず首を捻る。
それはあれか?
新婚なのにベッドは別、的な話なのだろうか?
けれども隣のイルミ自身も、自分の伝えたい内容にぴったりの言葉を上手く見つけられないようだった。

「何て言うんだろ、近くにはいるんだ。
話も出来るし、手を伸ばせば触れられる。
だけど、いつまでもオレの物にならない……そんな感じ」

「…なるほどな」

驚いた。
本人は気づいていないのかもしれないが、基本的に他人に無関心なイルミがそこまで考えているなんて。
しかもいままでのこいつなら、欲しければ操作してでも手に入れようとする性格なのに。

こうして悩んでいる横顔を見ると、こいつも暗殺者である前に一人の男なんだなとしみじみ思った。


「…俺は少し心配しすぎていたみたいだな」

「え?」

イルミをこんな風にしてしまったのは、もちろん親であるシルバ、そしてゾルディックという家名である。
それでも長男という責任感からか、はたまた本人の生まれ持った性格が災いしてか、彼の完璧すぎるまでの闇人形ぶりには、少なからず心配していた。

もちろん、イルミは暗殺者としては極めて優秀。
だが、何も仕事以外の時まで心を殺す必要はない。
シルバの父、ゼノがそのいい例だった。

「ん?いやな、お前のことだからきっと放っておくと結婚しないだろうって母さんがしつこく言うから、俺も認めた結婚だったんだが……
ユナさんに来てもらって正解だったな」

「……なんで?」

むしろ俺は今悩んでるのに、と呟くイルミが自覚するようになるのはいったいいつなんだろう。
キルアが産まれてからは、ほとんど構ってやることがなかったが、シルバは今、息子の成長を感じていた。

「お前はユナさんと一緒にいて、嫌な気持ちになったことはあるか?」

「……ないね」

「他の女はどうだった、なんて聞くまでもないだろう」

「……うん」

既にこれまで、婚約者候補を何人も鬱陶しいからという理由で殺しているイルミ。
流石にある程度の家柄になれば殺すわけにはいかなくとも、イルミが操作をして破談にしたお見合いだっていくつもあった。
それなのに、たった一度会っただけでユナと結婚してもいいと思ったのはイルミなのだ。

そこにどんな感情や思惑があったのかは知らない。
だが、一つだけ言えることは、イルミがユナの何かに惹かれたということだ。
そして当然、そのことには自分で気づくべきである。

イルミは顎に手をあてて、うーんと唸った。

「……そっか。確かにユナは鬱陶しくはないもんね。
でもさ、自分からガンガン来られたら嫌だけど、素っ気ないのもそれはそれで気になるし……」

イルミは腕を組み、真剣な表情で首をかしげている。
確かに、他の婚約者候補はもっとイルミにベタベタしていたような気がした。
その点、家で見かけるユナは至極あっさりとしていて、特に自分からすり寄っていくタイプには見えない。

その距離感が良かったのだろうか。
シルバはシルバなりに考察していると、イルミは何かひらめいたのか、突然ぽん、と手を打った。

「……なるほどね、知らなかったよ」

「ん?どうした?」

目が覚めたと言わんばかりに頷いて、彼はそっか、と呟く。
やっと気づいたのか、とシルバは父親としてちょっと嬉しい気持ちになった。

「いや……オレ、冷たくされた方が気になるなんて」

M だったんだね

「……」

どうしてそうなる……
息子が超のつくほどの天然であることに、今更ながら気づかされたシルバだった。

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