- ナノ -

■ 13.興味



「ユナ、なかなか似合ってるよ」

「いや、やっぱり無理……」

会場に到着して、イルミにエスコートされつつ中に入る。
ぴっちりと体の線に沿った深緑のドレスは胃も同様に締め付けているような気がして。
きっと今のユナは青ざめているに違いない。

なにしろ、出かけるだけでも酷く時間がかかった。
というのも、たった一着のドレスを選ぶためだけに、まるでファッションショーか何かのように着替えさせられたからだ。
ユナは既に心身共にボロボロだった。

「大丈夫だよ、ダンスが始まるまでには仕事するから」

「…この状態でダンスなんかしたらホントに吐くからね」

「でも、吐いたら誰も寄ってこなくて好都合じゃない?」

偽名で受付を済ませたイルミは、他人事のようにそんなことを言う。
確かにスーツを着たイルミはとても颯爽とした感じでかっこよく、周りのご婦人達から熱い視線を浴びていた。

「なによ、人を虫除けみたいに……」

ボーイから手渡されたシャンパンをイルミに押し付けると、ユナは一人で壁際へと向かった。

「どこ行くのさ?」

「もう会場に入れたからいいでしょ。
食べ物の匂いも今は辛いの」

「つわり?」

こてん、と首を傾げるイルミがどこまで本気で言ってるのかわからない。
もうどうでもいいから、早く仕事終わらせてよ……頼むよ……

「じゃあオレ行ってくるけど、ここで待っててね。
変な男に声かけられても付いていっちゃ駄目だよ」

「大丈夫だって」

イルミがお兄ちゃん気質なのは知ってるが、ここまでくるとお兄ちゃんというよりお母さんだ。
彼はそのあとも何度も念を押すと、ようやく人混みに消えていく。

一人になったユナはよしきた!とばかりに隠し持っていた薬を取りだし、水なしで飲み込んだ。

「ホントにゴトーのおかげだわ……」

出かける前に、イルミには内緒で渡してもらった吐き気止めと鎮痛薬。
彼もまた、それでは耐性がつきませんとか何とか言っていたけれど、イルミの仕事の邪魔はしたくないのだと訴えると、渋々ながら薬を出してくれたのだ。

ユナはようやく一息つくと、新鮮な空気を少しでも吸おうと窓から顔を出した。
即効性はなくとも、これでいくらか精神的にも救われる。
もうお酒はこりごりだと思った。


**




あの男……どこかで見たと思ったら、暗殺一家の長男坊じゃないか。

クロロは新しく会場に入ってきた客達の中に見知った顔を見つけて、思わず隠れた。
別に鉢合わせしたところで何もないのだが、ひとまず様子を見たい。
可愛い娘に変な男が寄ってこないよう、女性連れであることを義務づけたパーティーであるから、当然イルミは隣に女を連れていた。

へぇ…なかなかの美人じゃないか。
ぱっ、と目を惹く華やかさはないが、顔の造作が丁寧で、あまり表情が動かないのも、彼女の人形めいた美しさを引き立てている。
ぴったりとしたドレスからうかがえる体の線にも隠しきれない色気があった。

イルミも案外といい趣味してるな……

クロロはここへちょっとした暇潰しと仕事を兼ねて来ていた。
だから、会場の入り口付近で適当な女を見つけてはこっそり男を気絶させ、持ち前の爽やかな雰囲気と甘言でなんなく入場したのだが。
あのイルミが仕事とはいえ女に甘い言葉をかけるとは思えない。
だとすれば彼の場合、針で操ってしまうのが妥当というわけだ。

クロロは遠目に二人を観察し、女の顔色が優れないことや、少し足取りがふらついているのを見て、やはりなと一人頷いた。
しかし、どちらにせよイルミが仕事なのは疑いようもない事実。
それならばそのどさくさに紛れてこちらも仕事をした方が楽でいい。
クロロは近くにいた人間と談笑しながら、ちらりとちらりとイルミの動向をうかがっていた。



そんな感じでちょっと観察していると、意外にも先に女が動いた。
何事かと思って視線で追っていると、
イルミを放ってつかつかと壁際へと歩いていく。
そのすぐ後をイルミが追いかけたのを見て、クロロはおや、と思った。
この距離では二人の会話の内容まで聞こえない。
だが、イルミはこてん、と首をかしげたりしていて、針人間に指示を出しているにしては様子がおかしかった。

…もしかして操ってるんじゃないのか?

だとしたらあの女はイルミの女ということになる。
イルミはなにやら女に長々と話しかけていたが、女の方は煩いな…と言わんばかりに少し眉をひそめていた。

一体どうなっているんだ…?
様子からして、女がイルミにベタ惚れというわけではなさそうだ。
ならば、全く異性に興味がないようにすら思える仕事人間のあいつの方が、女を気に入っている?

クロロはだんだんと好奇心が沸いてきて、イルミが去った後の彼女に声をかけてみようと、足を踏み出した。

「あら?どこへいらっしゃるの?」

「ああ……」

忘れていた。
入場の際に利用した女だ。
決して不細工ではないし、この女だって美人の部類に入るのだろうが、いかんせん頭と股の緩そうな女である。
クロロは爽やかな笑みを浮かべると、彼女の耳元で甘く囁いた。

「ちょっと挨拶しておきたい人がいてね。
先に部屋で待っててくれるかい?」

そう言って、あらかじめ用意しておいたホテルの鍵をそっと手渡す。
本当はもっといい女を物色してから遊ぶつもりで用意していたのだが、それよりもっと面白いものを見つけたから今日はもうどうでもいい。
頬をぱっと染め、嬉しそうに鍵を握りしめるこの女には悪いが、俺がその部屋に訪れることはないに違いなかった。

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