- ナノ -

■ 11.意味



「あ、良かった。まだ起きてた」

「…おかえり」

「ただいま」

時計を見れば丁度日付が変わった辺り。
いつものイルミにしては早い方だ。
昼間、メリルとしては会話したものの、彼が久しぶりに自分から声をかけてきたのでユナはちょっとびっくりする。
イルミは意外にも機嫌が良さそうだった。

「オレがシャワーから出たら、アルコールの訓練ね」

「えっ」

急な話に、もしかしてイルミって気まぐれな変化系じゃないの?と思うが、彼の中では唐突ではないらしい。
まさか今日になるとは思っていなかったものの、ユナもお酒を買ってきていた。

「何か問題があるの?あ、そういや朝に何か話があるとかどうとか言ってたね」

「いや…いいの。
私もお酒買ってきたから、それで仲直りしようってそれだけ」

「ふーん、なら丁度いいね」

朝の気まずさが嘘みたいに、すんなりと会話は進む。
あの写真もちゃんと処分したし、イルミの機嫌さえ直ってくれれば他はもう何も心配要らなかった。

「うちならどれだけ酔っても安全だからね」

「た、大量のお酒は体に良くないと思うけど…」

「ははは、大丈夫だよ」

イルミは口ではあっさりとそう言ったもののとても上機嫌なようで、浴室へと向かう後ろ姿は嬉しそうだった。



**



「うわぁ…すごいたくさん用意したんだね」

ずらりと並べられたお酒の瓶。
一般的なボトルからウイスキーのこ洒落た小さなものまで、ありとあらゆるものが揃えられている。
訓練というから覚悟していたのに、蓋を開けてみれば、自室にテーブルとイスをセッティングして二人で飲むだけのようだった。

「ユナ、なかなかいいワインを選んできたんだね」

「あ、そう?」

「自分で選んだんだろ」

まさかヒソカが選んだなんて、口が裂けても言えない。
ユナはお酒のことなんて全くわからなかったので、結局全部彼に任せきりにしたのだ。
他にもヒソカはお酒を飲むときのちょっとしたルールやうんちくをわざわざ語ってくれていた。

「いや、お店の人に選んでもらったから…」

「そっか。まぁいいや。
じゃ、まずはそれ飲む?」

「うん」

コルクを抜き、真っ赤なワインがグラスに注がれる。
ワインなら何度か飲んだことがあるため、ユナは特にためらうことなく口に含んだ。

「どう?美味しいでしょ」

「まぁ…まだワインは飲めるかな」

そこまで好きではないため、爽やかな酸味とまでは言えないが、値段を出したことだけはある。
イルミも少しグラスを傾け、うん、と頷いた。

「それじゃ、さっきよりも少し強めのワインね。
これは甘めかな…ポートワインって言うんだけど」

「あっ、ポートワイン?」

聞いたことのあるワイン名に、ユナは反応する。
それもそのはず、その名前は今日の昼にヒソカから聞いたばかりだった。
そして、それを勧められた時にどうするのがマナーかということも。

ユナは不思議そうに首をかしげるイルミに向かって、自信満々でこう言った。

「ポートワインじゃなくて、ブルームーンがいいな」

「…」

ブルームーンがどんなお酒なのかは全く知らない。
ただ、ヒソカは男からポートワインを勧められたら、絶対にブルームーンを頼むのだ、と言った。

ただ単にユナは、素直にそれを実行しただけなのだが…

「…ユナ、それって意味わかって言ってるの?」

「へ?」

「ふーん、オレは別にそんなつもりで勧めたわけじゃないけど、ブルームーンって言われて思い出したよ」

「…な、なんで怒ってるの?」

一気に機嫌が悪くなるイルミ。
私はどうやらヒソカにハメられたらしかった。

「えっ、だって…こうするのがマナーだって聞いたから…」

「…あのさ、お酒の名前にも花言葉みたいに意味があってね。
ポートワインは確か、『愛の告白』なんだよ」

「あ、愛…」

「うん、それでね。男が勧めて女が飲めば、今夜はお任せしますってことになるんだけど…」

イルミは真顔で説明してくれるが、聞いてるこっちが恥ずかしい。
というか、そんなの勧めないでよ。
結婚してるとは言え、なんだか気恥ずかしい。

ユナはとりあえず、頷いて続きを促した。

「それを断るときは女はブルームーンを頼むんだ。
意味は『出来ない相談。』
あ、何度も言うけどそんなつもりで勧めたわけじゃないから。
でもなんか不愉快だよね」

「待って待って、違うから!」

きっとヒソカはユナが他の男と飲むと聞いたから先手を打っておいたのだろうが、相手が悪い。
イルミはポートワインを開けると、有無を言わさずユナのグラスに注いだ。

「じゃ、飲めるよね?」

「う、うん…」

この場合は意味はノーカウントでよろしいのでしょうか。
ユナがワインを飲みきるまで、イルミはじっとこちらを見つめている。

飲みづらくて仕方がない。
ワインをこんなスピードで飲むのは始めてだった。

「…これ、甘いけど結構強くない?」

「うん、普通のワインが10〜15度ってとこなら、これは20度前後かな」

「ちょっと、暑くなってきた。休憩」

「ダメに決まってるだろ」

イルミも話ながらちゃっかりユナより飲んでいるのに、全く酔いが回っていないようだ。
既にこちらは少しふわふわとした気分になってきて、もうこの辺でやめておいた方がよさそうなのに。
彼は次から次へとユナのグラスに様々なお酒を注いでいった。


**



「いる…みぃ…」

とろんとした瞳で自分の名前を呼ぶユナに、思わずドキッとさせられる。
お酒で濡れた彼女の唇は艶やかで、上気して紅く染まった頬も色っぽい。
それでもイルミは平常心をなんとか保とうと、わざと厳しい声を出した。

「もう無理なの?
そんなんじゃ全然だよ」

「うふ、ふふふ…いるみがいっぱーい」

お酒のせいで視界がブレて見えるらしい。
ユナは無邪気に笑うと、テーブルの上につっぷして、いつしかすやすやと寝息をたて始めていた。

「ねぇ、起きなよ。寝たら訓練の意味ないだろ」

「んに…」

少し強めに揺さぶってみても、彼女は駄々っ子のように首を振るだけだ。
仕方なく、イルミはちょっと考えてから、ロックアイスを彼女の服の中へと滑り込ませた。

「ひゃっ!!」

突然の冷たい感覚に、びくんと背をのけ反らせるユナ。
ふらふらの足で立ち上がると、服の裾からコロンと氷が落ちた。

「いる…ひどい…」

「ダメ。訓練なんだから。
ほら、次飲んで」

いつもはどっちかっていうとツンってしてるくせに、お酒が入るとユナはまるで子供だ。
彼女はたくさんあるお酒の中から、うーんと唸りながら一つの瓶を選び出した。

「チェリー酒……これ、飲みたい。さくらんぼ」

「チェリーじゃなくてシェリーね。
これはさくらんぼ関係ないよ。白ワインだから…」

酔ってぼーっとしているユナに説明して、どれだけ伝わっているんだろうか。
イルミはため息をつくと、そういや確かシェリー酒にも意味があったな…と思い出し、固まった。

「ユナは…もちろんシェリー酒の意味を知らないんだよね?」

「う?知らなーい…」

「そう…じゃあ覚えておくといいよ。ただし、オレ以外に使っちゃダメだからね」

「ん……?」

イルミはユナから瓶を取り上げてテーブルの上に置くと、今度は彼女を抱き抱えた。

「どしたの……?」

きょとんとこちらを見る顔には、まだ幼さが残っている。
そういや、ユナは今年成人したばかりだった。

「あのね、女がシェリー酒を飲みたがったらね」

イルミはユナの体をベッドへと沈め、逃げられないようにその上から覆い被さる。
訓練はまた今度でもいいや、なんて都合のいいことを考えながら。

そしてイルミはそのままユナの首もとに顔をうずめ、耳元で囁いた。

「シェリー酒は『今夜は貴方に全てを捧げます』って意味なんだよ、ユナ」

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