- ナノ -

■ 9.奇妙な面子




しばらくの間、ベッドに沈んでいたユナは、ゆっくりと体を起こした。
いつまでも落ち込んでなんかいられない。

イルミは仕事さえ終われば私の話を聞いてくれると言った。
だから、まだ落ち込むには早い。
それまでは精神衛生上、少しでもこの件から意識を反らせたかった。

「…仕事しよ」

今も昔も、辛いときにすることは変わっていない。
変装に特化した能力も、もしかしたら心の底では「違う自分」になりたかったから生まれたものかもしれなかった。

「まったく、こんなときに嫌がらせ…?」

しかしせっかくやる気になったというのに、メールボックスはまるで何かのホラー映画のように同じ人物からのメールで一杯だった。
ユナは呆れながらもその内の一通を開ける。

「こいつ、私のがEメールだってわかってるのかしら…」

From ヒソカ
――――――――――――――――

メリル、お願いがあるんだよ◆

また会ってくれないかい?
緊急の用事なんだ、ボクの命に関わる

―――――――――――――――

全て確認しても、だいたい似たような感じの文。
要はまた会ってくれ、と言うのが一番伝えたい内容らしい。

正直、ヒソカほどの実力者の命に関わるような重大なことを頼まれても困るし、というかまたこれは会うための方便なんじゃないだろうか。
だが、メールの頻度はどんどん激しさを増しているし、後に送られた物を読んでいくにつれ、なかなか切迫した状況のようだ。

ユナは一番新しい、10分前に届いたらしいメールに返信をした。


From メリル
――――――――――――――――――

どうしたの?
とにかく概要がわからないとこっちも動けない。
というか、ヒソカまだ生きてる?

――――――――――――――――――

送ってから気づいたけれど、命に関わる依頼ならユナではなく、イルミに頼んだ方がいいに決まってる。
ヒソカは情報屋を過大評価しすぎなんじゃない?とかなんとか思っていたら、すぐさま返信が返って来た。


From ヒソカ
――――――――――――――――――

説明してる時間もないようでね◇

ボクを助けると思って、今すぐパドキアに来て。
メリルのことを信じているよ★

―――――――――――――――


絵文字を使ってる暇があったら説明してくれ、と思ったが、どうやら今回は本気らしい。
ヒソカは頻繁に会いたがるものの、こうして今すぐに来い、だなんて言うことは無かった。

「わかった、偶然近くにいる。すぐ行く…っと、送信」

幸いにもヒソカが示した場所はここからすぐ傍。
訳がわからないが、とにかく急がなきゃと焦っていたユナは、指定場所の近さを不審に思わなかった。

「えっと…これはやっぱり戦闘の準備とかした方がいいのかな…」

ヒソカが手を焼く相手では、きっと私なんて戦力外。
それでも丸腰よりかはマシだろう。
ヒソカのことは別に好きじゃないけれど、こうも直球で助けを求められては無視することなんてできなかった。

「これで、嘘だったりしたら絶対許さないんだから…」

ユナは迷った末に、手近にあったナイフを2、3本忍ばせて出掛けた。


**



「よかった★
本当に来てくれたんだね◇」

ユナが到着すると、ヒソカはなぜか店の入り口で待ち構えている。
いつもは先に席についていて、やぁ☆と声をかけてくるのが普通なのに、一体どうしたことなのだろう。

咄嗟に周りの気配を探るが、誰にも狙われているようには思えなかった。

「意外と元気そうね、何があったの?」

「おや、今日は銀髪かい?綺麗だよ、メリル◆」

「あのさ…帰るよ?」

どこが命に関わる問題だ。
急いできたこっちが馬鹿みたい。
あえて自分を繕わず、不機嫌モード全開になったユナは、その場で踵を返そうとした。

「冗談だよぉ★
ホントに困ってるんだ、キミが来てくれないとボク、殺されるところだったんだよ◇?」

「へぇ、じゃあ来なきゃ良かった」

「酷いなぁ☆」

ホントに困ってる奴が、にやにやと笑ってられないと思う。
ヒソカは強引にユナの手を取ると、店内へと入った。

「で、依頼って何?」

路地裏にある寂れた喫茶店だからか、ヒソカみたいな奇抜な格好をした奴が入ってきても、誰も見向きもしない。
ヒソカはいつも高級でお洒落なお店にしか連れてこないから、ユナは少し物珍しそうに店内を見渡した。

「依頼があるのはボクじゃないの◆
キミに会わせたい相手がいてさ☆」

「は?」

なにそれ、聞いてない!と文句を言う間もなく、ずんずんと店の奥に連れていかれる。
いくらヒソカからの紹介とは言え、一見さんに会うつもりなんてさらさらなかった。

「ちょっ、待って!私は!」

「ヒソカ、遅い」

ぴりぴりと冷たい殺気を出して、ヒソカに文句を言う男。
ユナは座っていた相手を見て、開いた口が塞がらなかった。

「連れてきただけでも感謝してほしいくらいなのに…★
キミってば、ホントに自分勝手だなぁ…
イルミ」


ユナはバッ、とヒソカを仰ぎ見る。
もしかして、私のこと知っててわざと…
だが、ヒソカは何を勘違いしたのか「そう怒らないでよ◇」と笑った。

「その女が情報屋?」

「そうだよ◆彼女がボクのパートナーのメリルだよ☆」

旦那の前で何言っちゃってくれてるの!
しかし、イルミはちらりとこちらを見ただけで、目の前の情報屋がユナだと気づいた様子はなかった。

「そ、どうでもいいけど、腕は確かなんだよね?」

そのまま流れで席につかされ、どう考えてもおかしな面子にユナだけが戸惑いを隠せない。
ある意味これはカミングアウトするチャンスかも、と思ったが、ヒソカがいてはそういう訳にもいかなかった。

「…あなたは?」

「イルミ。イルミ=ゾルディック」

情報屋相手にいちいち素性を隠さないのは流石、と言ったところか。
でも私だからいいものの、隠し撮りなんかされてはマズいはずだろう。
ユナがそんなことを考えていると、それを見透かしたのようにイルミは口を開いた。

「あ、変な気起こさない方がいいよ。
お前に名前を明かしたのは、いつでも殺せると思ったから」

「…依頼主の秘密は守ります」

「うん、その方が賢明だよね」

…怖いな!
イルミって外ではこんな感じなんだ。
家にいるときはどっちかっていうと子供っぽくて、怒っても「拗ねる」という感じだ。
けれども今目の前にいるイルミは全然違う。
迂闊に近寄れば、肌が焼けそうなくらいの殺気をまとっていた。

「イルミは物騒だなぁ◇
大丈夫、いざとなったらボクがキミを守るよ★」

「だったら初めから会わせないでくれない?」

当たり前のように肩を抱いてきたヒソカを押しやって、ユナは冷たい視線を投げる。
彼は特に悪びれた様子もなく「脅されたんだ☆」と肩を竦めた。

「それで、依頼ってなんなんですか?」

とにかく、受ける受けないは別として(受けない選択肢はなさそうだが)話を聞かないことには始まらない。
ユナはイルミの方に向き直ると、真面目な顔で訊ねた。

「無駄話はしない主義か。
気に入ったよ」

「駄目だよイルミ◇メリルはボクのものだからね★」

「「うるさい」」

見事にイルミとハモった。
それから、あ、とお互いに顔を見合わせる。
ヒソカはそれを見てまたニヤニヤと笑った。

「やっぱりキミ達って似てるよねぇ◆」

「ヒソカが皆を苛立たせるってことじゃないの?」

「ホントの依頼主には会えたからもう帰っていいよ」

両方から冷たい言葉を浴びせられ、それでもヒソカは笑顔を絶やさない。
むしろ、今の状況を楽しんでいるようでさえあった。

「ヒソカ、お前がいると話が進まないから席を外してくれない?」

「お疲れ」

「ちょっと、誰のお陰で会えたと思ってるんだい☆」

だが、文句を言うヒソカにイルミが黙って睨みをきかせると、はぁ、と彼にしては珍しくため息をついて席をたった。

「やれやれ◇
イルミ、最近すごく機嫌が悪いから…」

ヒソカは頑張って★と言わんばかりに、ユナにウインクすると「ボクは外で待ってるよ◇」と店を出た。

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