- ナノ -

■ 手順通りに蝕んでいって(イルミ/シリアス)

それは、誰がなんと言おうと教育だった。

兄弟の中で一番初めにこの家に生を受けたくせに、この家を継ぐだけの才能を持ち合わせなかったオレにできた唯一のこと。

弟キルアを立派な後継者に仕立て上げる。
それがオレの使命であり存在理由だった。

「イルミ、キルアを頼むぞ」
「わかったよ、親父」

親父によく似た銀色の髪と青い瞳を持つキルアが生まれたその日から、幾度となく聞かされてきた言葉。
ほんの僅かな嫉妬心でさえも抱かせぬほどに繰り返されたその言葉は当たり前のようにオレを蝕んでいき、『イルミ』という兄を作り上げた。

そのことは別に、恨んじゃいない。
弟が優れているのも、弟が可愛いのもどちらも事実だ。
むしろ、オレに存在理由をくれたことに感謝したいくらい。

けれどもオレがキルアに厳しい訓練を課せば課すほど、キルアは俺を嫌った。
無理もないだろう。誰だって痛いのや苦しいのは嫌だから。
でもまぁ、嫌われたってどうってことない。オレはキルアが立派な暗殺者になってくれればそれでいいのだ。どんなに嫌悪されようと恨まれようと、それだけでオレの存在が証明される。


「その後は?じゃあその後はキミ、どうするんだい
「え……」

弟を憎いと思ったことはないのかい?なんてヒソカが聞いてきたから、オレはそんな話をした。酒の勢いもあったのだろう。
けれども話を聞き終えた彼が発した疑問は、オレが今まで考えたこともないようなものだった。

「その、後……?」
「うん。弟がキミの望み通り家を継いで、暗殺業をちゃんとやっていって、その後のことだよ

今のヒソカに、悪気があるのかどうかはわからなかった。
だって、隣を見てその表情を確認する余裕さえ無かったから。
オレは突如として投げかけられた至極当然な疑問に、思いもがけず動揺していた。

「オレは……オレはキルを立派な後継者にするように言われて……」
「うん、それは聞いたよ
「長男として弟の手本になるように完璧にこなしてきたつもり、だけど……」

――もしも、その弟に手本などいらなくなったら?

いや、そうなることがオレの目標であり望みだ。
でも…………本当に、オレの?


「蝕まれてるのは一体誰なんだろうねぇ

ぽつり、と呟いたヒソカの言葉に何かが壊れたような気がした。「誰も」誰も蝕まれてなんか、ない。
オレは席を立った。カウンターにどう考えても多すぎる額を置いて、帰る、と言った。
早くこの答えを親父に教えてもらいたかった。

「バイバイ、イルミ

その言葉にオレは返事もしないで店を出る。他愛ない挨拶の言葉に訳もなくゾッとした。
オレは、『イルミ』はその後どうしたらいいんだろう。言われたとおりにキルアを完成させた後、『イルミ』は存在していてもいいのだろうか。


「親父、」

いつもは多少走ったくらいでは息なんて切れなかった。それなのにその日家に着いて、父の部屋を訪ねる頃には呼吸が乱れていた。

「どうした?」

勢い良く飛び込んできたオレに、当然親父は怪訝そうな表情になる。とっくに気配でオレが向かってきていることくらい、知っていたんだろうけれど。

「聞きたいことがあるんだ」

キルアを立派な後継者にするようにオレに言ったよね。まだまだずっと先のことだろうけど、じゃあその後は?
その後オレは何をすればいい?ねぇ教えてよ。

けれども頭の中で浮かんだ様々な問いかけが実際にオレの口から放たれることはなかった。聞けなかったのだ。


「……イルミ?」
「……ごめん」

聞きたいことがあると言ったっきり黙ってしまった俺に、親父はますます訳がわからないといった表情になる。「明日の仕事、何時からか確認したかった。それだけなんだ……」見え透いた嘘に親父は何も言わなかった。時間を聞くとオレはもう一度謝って部屋を出た。体が、心が重い。
それなのに、自嘲で口角はゆっくりと上がった。

だって、聞くまでもないじゃないか。その答えをオレは知っているのに。

キルアはゾルディック家を継ぐ。単純な力も能力も技術もきっとオレより上になる。
けれども離れすぎた歳と幼い頃からオレが少しずつ蝕んだせいで、一生キルアは心のどこかでオレを恐れるだろう。
当主より上の存在などあってはならないというのに。そんなの、完璧じゃない。

「だからその時はさよなら、キル……」

『イルミ』が居なくなることで、刷り込まれた恐怖に打ち勝つことで初めてキルアは完成する。
オレはオレで望みが叶うし、何の問題もないじゃないか。
家の為に生きているオレが家の為に死んで、それの一体どこが間違っているというんだろう。

「はは、今度会ったらヒソカにも教えてやらなくっちゃ……」

蝕まれてるのは、オレかもしれないって。

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