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■ 選挙編後 ヒソカとイルミの会話

ヒソカってよっぽど暇なんだな。

間をあけず鳴り響いた着信音に、イルミはいらだちを感じるよりも呆れてしまう。
こっちは家を出たっきりのキルアや、キルアが連れて行ってしまったアルカのことで忙しいと言うのに、本当迷惑な話だ。

しかしいつものイルミなら怒ってしばらく無視するのだが、生憎今はそのアルカのことで非常に機嫌がいい。ゾルディック家に対する危険因子としてしか見なしていなかった弟の能力を有効に使えるとわかって、多少のことなら目を瞑れるくらいには寛容になっていた。

「もしもし、今度はなに?オレ忙しいって言ったよね」

ちなみに先ほど電話をかけてきたヒソカの要件は、『蟻』についての情報をもっと知りたいというものだった。クロロを追い掛け回すのに忙しかった彼はニュースも見ていなかったらしく─もっとも最近の時事問題に詳しい殺人鬼というのもなんだか微妙だが─選挙で久々に顔を合わせた際に少し説明すると驚いていた。

あの時蟻の話はイルミの話したい本筋とはあまり関係ないために割愛したが、後になってヒソカはその新種の生き物に興味を持ったらしい。しかしイルミも祖父と父がその討伐に協力したこと、その生物のトップは死んだこと、それから協会が残りの蟻を人語を解する『魔獣』として扱うように決めた、という話までしか知らなかったし興味もなかった。

「酷いなぁ、今回は結構キミに協力したのに」

「それは助かったと思ってるよ。ま、結局ゴン復活にはノーリスクってオチで、オレ達が動かなくても良かったんだけど」

「それは結果論だろ。そういやキミ、キルアに売られそうになってたらしいじゃないか、ボクがあの男を殺しておいて良かっただろ」

「何言ってんのさ、悪辣なハンターに対する処分は十か条に元からあったことでしょ。キルのあれは所詮牽制に過ぎないよ。第一、普段の行いならヒソカの方が余程該当すると思うけど」

どうせヒソカは詳しい十か条の内容まで確認していないだろう。そもそも、前会長とうちの祖父が旧知の仲だし、こうやって大っぴらに所在を明かして暗殺業を行っていても協会から何かお達しが来た前例はない。そもそもハンターライセンス自体に殺人の免罪符的な効果があるのだから、イルミからすると『ハンターたるもの』なんておめでたい精神論は馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。

「ボクは快楽殺人者だからね。でもキミは仕事以外の殺しはしないんだろう?」

「仕事以外、というと少し語弊があるね。必要以外の殺しはしないと思っててくれたらそれでいいかも。今回はゴン復活におけるお願いのリスクで死ぬ人間の数と、それをオレが阻止するために犠牲になる人間の数とを比べて、後者の方がマシだと思ったから殺しただけ」

「よく言うよ、リスクがキミの家に降りかからなければ、何十億人死のうと興味ないくせに」

「あ、バレた?」

確かにヒソカの言うとおり。イルミにとっては家族以外は基本的にどうだっていい。だからこそ裏を返せば、協会がイルミを悪辣なハンターとして狩ることを決めたとしても特に問題ないとも思っているのだ。ライセンスはあくまであると便利、なだけでその気になれば剥奪されてもなんとかなる。大事なのはこの件のイルミの行動を当主である父シルバがどう判断するかであって、協会の考えなど関係なかった。

「ほんっと、キミってイイ性格してるよねぇ」

「一般人を巻き込んだことについては既に親父からお咎めがあったし、オレとしてはもう終わったことなんだよね。ヒソカの知りたい『蟻』に関しては特にめぼしい情報はないし、どうせ残党なんて雑魚ばっかりだよ」

「ちぇっ、面白くないなぁ」

珍しく溜息をついてみせたヒソカはどうやら本当に暇を持て余しているらしい。こうして頻繁に電話がかかってくるのも面倒なので、早くクロロが見つかってくれればいいのにと思う。イルミはこれで話は終わりとばかりに「じゃあそういうことだから」と電話を切ろうとした。

「ちょっと待ちなよイルミ」

「何?まだ何かあるの?下らない話に付き合っただけでも感謝してほしいくらいなのに」

いくら機嫌がいいと言っても無駄話はあまり好きではない。しかしそんなイルミの態度に流石にヒソカもムッとしたみたいだった。

「キミねぇ、今回ボクが頑張ったのに、キミってばそのことに関してなんにもないのかい?」

「え?助かったってさっき言ったよね。第一ヒソカにもリスクが及んだかもしれないんだから協力して当たり前だろ」

「はぁ、テイクだけはきっちりしてるんだから参っちゃうよ」

「何が言いたいの?そもそもヒソカがキルアとアルカを殺ろうとしたこと、オレが気づいてないとでも思ってるの?」

逃げるキルアを追い詰めて説得を試みようとした際、わずかながらにヒソカの殺気を感じた。それも牽制などではなく隠そうとしていたところを見るに、本気だったのだと思う。
そのことを指摘すれば、ヒソカは悪びれるわけでもなく喉を鳴らしてくつくつと笑った。

「だってキミたちがあんまりにも美味しそうだったから」

「キルには手を出すなって言ってるだろ」

「だったら代わりにキミがこうして話に付き合ってくれてもいいじゃないか」

「無理。忙しい」

嘘ではない。暗殺の仕事に加え、今後のキルアとアルカのことも考えなければならない。イルミには長男としてやるべきことがたくさんあって、特にどこにも属していないヒソカとは立場が違うのだ。もう一回旅団にでも入れてもらえば?なんて適当なことを言ってみると冗談キツイなぁなんて笑っているが、早く新しい遊び相手かやるべきことを見つけてほしい。
そこまで考えて、イルミは一ついいことを思いついた。

「あ、でも確かにヒソカには今回世話になったね」

「え?どうしたんだい、いきなり」

「報酬が欲しいって言うんなら渡すよ。ちょうどヒソカも欲しがってたものもあるし」

「ん?」

いつもは冷たいなァ、というくせにこうやって提案するとヒソカはあまり食いついてこない。「ボクが欲しがってたもの?」それどころかどこか訝るような雰囲気で同じことを聞き返してきた。

「うん、明日なら会えそう。渡すよ」

「待って、なんなんだいそれ。全然思いつかないんだけど」

「自分で言ったことなのにヒソカって忘れっぽいんだね」イルミは動揺するヒソカに、はははと言葉だけで笑う。こちらとしても丁度処分を考えていたところだから都合が良かった。

「欲しいって言ってただろ、マネージャー」

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