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■ イルミTwitter SSまとめ(ネームレス)

@片思いの相手を見つめる

よく表情の変わる女だな、と思った。
顔に全部出ると言った方がいいのかもしれない。ここからではキルと話している内容までは聞き取れないけれど、彼女は笑って、一瞬驚いた顔をして、眉を寄せて考え込んで、それから最後に悪戯っぽく笑った。どうせまた、くだらないことでも思いついたんだろう。オレが内心で呆れていたら、彼女と不意に目があった。

「さっきからすごいこっち見てくるけど、もしかしてイルミも興味ある?」
「……あると思う?」
「だよねぇ」

二人が何の話をしていたか知らないし、たぶんきっと内容に興味もない。そっぽを向いたオレに彼女が苦笑したのがわかったけれど、それに対しても知らんぷりをした。
だってオレは彼女に言われるまで、自分がそんなに長く彼女を見つめていたことすらも知らない。

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A好きな子に告白された

「好きです!」と勢いよく言われて、戸惑う気持ちの方が強かった。そんな、子供じゃあるまいし。いくらなんでも直球すぎやしないか。そもそもそれはオレが時期を見て言おうと思っていたのに、どうしてこんななんでもない日のどうでもいいタイミングで告げてくるんだろう。

「じゃあ式はいつにする?」
「え!?」

動揺してるのは実はこっちのほうだ。お陰でだいぶ間を省いてしまった気がする。彼女は存在しないカレンダーを見るように、視線を斜め上に走らせた。

「え、えっと、うーん……とりあえず次の休みは2週間後なんですが」
「だったらそれで」

天然な彼女からストップがかからなかったのをいい事に、話はとんとん拍子に進んでいく。いくらオレでも、ここまで急ぐつもりはなかったんだけれども。

「まあ、いいか。遅かれ早かれ結婚したし」

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B彼女がナンパに合う

「"絶"してたらいいだけの話だろ」
「だから普段からそんなのしてたら不便極まりないでしょ!レジに並んでも気づかれないのに、どう生活すんのよ」
「会計の時だけやめればいいだろ」
「それだと今度は不審極まりないよ!」

そうは言うけれど、彼女がよその下らない男に声をかけられるなんてオレが不愉快極まりない。

「じゃあ街に行く時は針で男装しよう。男になれば絡まれることもないだろ?」

名案だ、と手を打つと、革のバッグが顔面目掛けて飛んでくる。オレはそれをさっとかわして、まあその気の強さがあれば大丈夫だろうかなんて思った。

「だったらデートのとき、イルミは女装してきなよ!」
「え」

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C初めて手を繋いだ

子供の頃のはノーカウントだ。でも、子供の頃から長い付き合いだからこそ、大人になって、恋人として、改めて手を繋ぐのはなんだか気恥しい。

「これ……どうすればいいの?」
「……どうって?」

何か明確な目的や行き先があって手を繋いだわけじゃなかった。はぐれないように、なんて理由が暗殺者同士に通用したら笑い話だし、むしろ片手が塞がって不用心なことをしているのはわかっている。「別に、どうもしなくていいよ」俯いた彼女の髪から覗く耳が、真っ赤に染まっている。昔は手を繋いでもそんなことなかったのに、その変化にじわりと喜びが込み上げた。

「でも、握り返すくらいはしてくれてもいいんじゃない?」
「……うん」

自分でも信じられないけれど、本当にこの手を繋いだことに意味なんてないんだ。ただオレが、彼女に触れたかっただけだから。

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D彼女の事を帰したくない

オレの能力では天候を操ることはできない。だから突然の土砂降りや大雪で足止めは無理だし、泊まっていけば?と "自然に"言うことは難しい。
ならば、突然帰る場所が無くなればどうだろう。例えば火事で家が焼けてしまったり、例えば帰宅すると見ず知らずの他人の死体が転がっていて、とてもじゃないがそこで住む気分になれなくなったり。

「どう思う?それならうちに泊まっていけばって提案してもおかしくないよね?」
「そうだね、"提案自体"はね

ヒソカはどこか投げやりな調子で頬杖をつくと、ふわあと大きな欠伸をした。そっちが飲みに誘ってきて、彼女とのことをしつこく聞いてきたくせに。人の話はもう少し真面目な態度で聞くものだろう。

そう思い、ふと時計を見ると、店に入ってからもう四時間近く経っていた。

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E酔っ払って気持ちがダダ漏れ

拷問訓練のひとつに、中枢神経に作用する薬物に耐えるというものがある。耐性をつけるという意味では普段の食事の際の服毒と変わらないのだが、体感としては正直なところ、毒のときよりも厳しくつらい。

「家族構成と、家族の念能力について教えて」「……言わない」

度数の高いアルコールと併用され、朦朧とする意識の中でオレは首を振る。情報漏洩という意味では、自白剤や麻薬というのは致死毒よりもタチが悪い代物だ。毒で死ぬのは飲んだ自分だけだが、自白剤で漏れた情報では家族全体が危険に晒される可能性がある。

「今、他の家族はどこにいる?ターゲットはこの写真の男?」

先程からそうやって矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくるのは、うちお抱えの研究者だった。
幼い頃からゾルディック家で専門の教育を受けて育った彼女は、毒と薬のエキスパートであると同時に、幼なじみとも言えなくない存在である。もっとも、その前に雇用関係が存在する以上、これまでお互い深入りはしないように努めていたのだけれど。

「……家族は、売ら、ない」
「そう?じゃあ話題を変えましょうか。あなたの好きな色は?」
「……」
「黄色と緑だったらどっちが好き?」
「……みど、り」
「じゃああなたの大切な人はどっちの色が好きかしら?」
「……みどり、かな」
「そう。で、その人は誰?今どこにいる?」

ふわふわと意識が揺蕩い、簡単な質問には反射で返してしまいそうになる。もはや薬物というよりも自制心との戦いになるわけだが、こんなとき、隠さなくていいことまで無理に黙秘する必要はないんじゃないだろうか。

「……目の前」
「そう、じゃあその目の前の人の念能力は、って……え?」

こちらの反応をノートに書き留めていた彼女の手が、ぴたりと止まる。そんな怪訝そうな顔をしなくても、お前の作った自白剤はつらいほどの効き目だ。

「……人をからかう余裕があるなんてすごいわね」

彼女は皮肉気に口元を歪めると、それからすぐに小さく肩を竦めた。おそらく、今のイルミの反応も記録にとるのだろう。再びさらさらと動き始めたペンに、オレは少し面白くない気持ちになる。

「自分の仕事に……自信持って、いいよ」
「じゃあ口座の暗証番号教えて」
「……言わ、ない」

薬の力があるからって、そんな雑な聞き方があるか。

「家族に……なったら、教えてあげる」

オレがそう言うと彼女は呆れたように笑い、ぱたん、とノートを閉じた。「考えとく」それがあまりにもあっさりした答えだったから、ああ流されたな、と思った。薬で上がった呼吸に紛れ込ませ、密かにため息をつく。

「イルミの家族になっとかないと、情報売られるみたいだしなぁ」
「……」

ああ、考えとくってそっちか。
"より強力な自白剤を"って意味かと思った。


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