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■ わるいこコンプレックス

「いい子にしていれば、サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるよ」

 十二月二十五日。それは宗教を信仰している者には神の誕生を祝う祭りの日であり、それ以外の多くの子供たちにとっては審判の日だ。もしも普段の行いが良ければ、望んだものは枕元に、暖炉に吊るした靴下に、あるいは煌びやかに飾られたモミの木の根元にご褒美として置かれている。プレゼントがあれば“いい子”。なければ“悪い子”。目に見える形ではっきりと示されるそれが苦しいと思うようになったのは、一体いつからだっただろう。とはいえ、十四になったイルミはもう、サンタクロースの正体などとっくの昔に知っていたのだけれど。

「イル兄、何頼んだの?」
「何も。オレはもう子供じゃないしね」
「ミル兄は?」
「俺は最新式のPCとヘッドセット」
「へー、ミル兄はまだ子供」
「まぁな」

 二歳になったキルアはまだ、当然のようにサンタクロースを信じている。暗殺一家の子供が世間的に“いい子”であるはずがないし、堅牢なゾルディック家の屋敷に侵入し、寝首をかけるほどの距離まで気づかれずに侵入できる人物がいたらそれはまったく歓迎すべき事態ではない。が、それでも幼いキルアは純粋に、サンタクロースがプレゼントを届けてくれているのだと信じているのだ。
 一方で、九歳のミルキはおそらくそんなものは存在しないと知っているのだろう。次男にあたるこの弟は暗殺の才能こそいまいちではあったが、頭は良かった。現にイルミに対しては「プレゼントをくれるならサンタだろうがヨンタだろうが構わないぜ」といけしゃあしゃあと言ってのけるほどなので、プレゼント欲しさに両親の前ではわざと知らないふりをしているのだろう。イルミも別にそうしたって良かった。けれど、欲しいものも特になかったし、いつまでも知らないふりをして両親の探りに答えるのもなんだか居心地が悪かった。だからキルアが生まれた一昨年のクリスマスの朝、イルミは自分から両親に言ったのだ。

――来年から、オレのところにサンタは来なくていいよ

 それを告げた時の両親の反応は今でも思い出せる。イルミの言葉に二人して顔を見合わせ、少しばつの悪そうな表情になった。もしかしたら両親はまだバレていないと思っていたのかもしれない。しかしその気まずそうな顔はすぐに照れくさそうな表情にとってかわり、それから息子の成長を切なく感じているような口ぶりで、そうか、と言われた。お前ももう、子供じゃないんだな、と。

 シルバとキキョウにとって、イルミは長子だ。だからおそらく彼らにとっても、子供がサンタクロースを卒業してしまったのは初めての経験だったに違いない。どうせいつかはバレることだった。むしろいつまでも信じているようでは困ってしまう。それでも親というのはやはり、子供には子供でいて欲しいものなのだろうか。切なそうな顔した両親を見て、イルミはその時しまった、と思った。
 
 親を喜ばせるのが“いい子”なのに。
 イルミは別にプレゼントの為でなくても、“いい子”ではいたかったのだ。

「ミル兄、いつまで子供?」
「何歳になってもパパとママの子供であることには変わんねーからな。ずーっとプレゼントもらうんだよ」
「でも、イル兄は子供違うって。なんで?」

 もはや可愛さどころか図々しさしかないミルキはさておき、キルアからすれば、九歳の兄も十四歳の兄も同じように大人に見えるのだろう。特にミルキは発育もいいし、キルアが不思議がるのも無理はない。大人と子供の線引きなんて、酷く曖昧だ。サンタクロースがやってくるのは何歳までと明確に決まりがあるわけでもない。

「オレだって父さんと母さんの子供ではあるよ。でも要らないって言ったから」

 イルミはそこまで言って、あ、と思った。

「要らないって言ったの? イル兄、サンタさん会った?」
「いや、会ったわけじゃ……」

 まだ二歳のキルアに秘密を明かすのはあまりに無粋で残酷だ。きらきらと輝く瞳に見つめられ、言葉を濁すしかないイルミにミルキから呆れたような視線が飛んでくる。「手紙に書いたんだよ」苦し紛れの嘘は本当に苦しかった。うちではプレゼントの要望は執事や両親が口頭でさりげなく探りを入れるもので、サンタクロースに手紙を書くというシステムは存在しなかったからだ。

「イル兄、サンタさんにお手紙書けるの!?」
「……ごめん、嘘」
「うそ!? うそついたらいけないんだよ!」
「うん」
「嘘ついたから、悪い子だから、プレゼントもらえないの?」

 “悪い子”の言葉に、ひゅっ、と喉を空気が通り抜けた。違う。そうではない。イルミは自分からプレゼントを辞退したのだ。もう子供ではないから。サンタクロースにいい子かどうか裁かれたくないから。サンタクロースの名前を借りた両親からの評価を見たくないから。
 キルアが生まれて跡継ぎではなくなった今、どうかプレゼントが置かれていますようにと祈りながら目覚める十二月二十五日が嫌だったから――。

「はぁ? うちでイル兄ほど“いい子”なんて、」
「そうだよ、オレは嘘つきだからね」

 ミルキの言葉を遮るようにして、イルミはまた嘘をついた。いや、確かにイルミはいい子ではないので嘘じゃないのかもしれない。“いい子”だったらミルキみたいにわざとサンタクロースを信じているふりをして両親を喜ばせるだろう。“いい子”だったらキルアみたいに銀と青の色彩を持ってこの家を支えていけただろう。おまけにイルミは臆病だった。だから自らプレゼントを辞退した十三歳のクリスマスは、随分とすっきり目覚めることができたのだ。

「イル兄?」
「……何でもない。ちょっと用事思いだしたから」

 驚いた顔をする弟たちをおいて、イルミは足早にその場を去った。一体なにをそんなに動揺しているのか自分でもわからなかった。どうせ今年のクリスマスもイルミのところにサンクロースはやってこない。それは自分が望んでそう仕向けたことだ。だってもう、イルミは子供ではないのだから。自分から子供であることをやめたのだから。


▼△

「やったぁ! 見て! すごおい!」
「あらあらキルったら。よかったわねぇ、サンタさんが来てくれて」
「うん!」

 十二月二十五日の朝は、子供たちは早起きだ。いつもはもう少し、とぐずって訓練に行きたがらないキルアも今朝は自分ですっきりと目覚め、早速貰ったプレゼントで遊ぶのに大忙しだ。確かキルアが頼んだのは、ごく普通の車のおもちゃのはずだった。けれどもリビングに飾ってあるモミの木の下に置かれていたのは、オーダー通りの手のひらサイズの車のおもちゃと子供が乗れるようなサイズの小さな電動自動車だった。

「見て、すごいでしょ!」
「ほんとだ。いい子にしてたからだね」
「うん!」

 心底嬉しそうにはしゃぐキルアは、前にイルミと会話した内容など忘れているのだろう。本来は室内用でないそれも、この広いゾルディック家の屋敷なら問題なく走らせることができる。なんども意味なくリビングを往復する息子の姿を見て、プレゼントに色をつけた両親も満足そうだった。

「キル、すごく喜んでるね」
「ああ、そうだな」
「ミルは部屋?」
「そうなのよ。あの子ったらプレゼントをもらったらすぐに部屋に引っこんじゃって」

 苦笑を浮かべた両親はそれでもミルキの行動を不快に思っているようではなかった。イルミは思わずちらりとモミの木の根元に視線を走らせたが、当然そこには何もない。キルアはご覧の通り開封済みだし、ミルキは自分の分を取ってさっさと部屋に戻ってしまった。あと二人キルアの下には弟がいるけれど、どちらもまだサンタクロースを理解するには早すぎる年齢だ。わざわざプレゼントをこんなところに置いたりはしない。
 イルミがなんだか馬鹿らしい気持ちになって視線を逸らせば、こちらをじっとみる父親の青い瞳とかちあってどきりとした。

「お前は本当にいいのか?」
「……いいよ、オレもう子供じゃないし。去年もなかったでしょ?」

 物欲しそうに見えたのだろうか。だとしたらとんでもなく恥ずかしい。実際、欲しいものなど何もないのに。
 しかし去年はプレゼントの審判から解放されてほっとしただけだったのに、どうして今年はこんな気持ちになるのだろう。はしゃぐキルアの声がやたらと耳についた。二歳の子供は一歳とは違ってあんなにも喜ぶものなのか。

「別に子供じゃなくても、」
「欲しいものもないんだよ。仕事してるから自分で買えるし。今日もこれから仕事なんだよね」

 イルミがそう言うと、両親はあの時みたいに顔を見合わせた。
 あぁ、またやってしまった。
 仕事をするのは“いい子”のはずなのに、どうしてこう上手く両親を喜ばせられないのだろう。

「わかった。気を付けて行くんだぞ」
「……うん」

 子供を卒業したくせに、“いい子”に拘る自分がとてつもなく馬鹿みたいだと思った。そしてそんなやりきれない気持ちで仕事に出たせいか、その日はいつもよりターゲットを殺るのに随分と時間がかかってしまったのだった。


 結局、イルミが帰宅をする頃にはとっくに日付が変わってクリスマスは終わっていた。十二月二十六日。後夜祭をやる国もあるらしいが、ここパドキアでは前夜祭であるイブとクリスマス当日は祝っても、後夜祭まではあまり祝わない。
つまり、二十六日はごく普通のなんでもない日だった。だからイルミも普通に帰宅して、休息をとるために自分の部屋へと戻る。今日は疲れた。珍しくそんなことを思いながら、自室のドアを開いた。

「……なんで」

 イルミの部屋は本人の気質を反映してか、とても殺風景な部屋だった。ベッドとソファとテーブル、クローゼットに書棚。書き物机。必要最低限のものが、やたらと広い部屋に置かれているのだから、閑散とした雰囲気になってしまうのも仕方がない。しかしそんな物の少ない部屋だからこそ、ベッドサイドに置かれたプレゼントの包みはどうしても目に付いた。赤地に緑のツリーと白い雪ダルマが散りばめられた、いかにもな包装紙。近寄ってみれば、それには可愛らしいメッセージカードがついていた。

――やっぱりもう少し子供でいなさい。お仕事お疲れ様、よく頑張ったな。

「……いらないって、言ったのに」

 ぽつり、と呟いた言葉には、その内容とは裏腹に喜色が滲んでいた。欲しいものなんてなかったはずなのに、プレゼントそのものよりもこんな紙切れ一枚が嬉しいだなんて。
 イルミはきゅっ、と唇を真横に引き結ぶと、そのままベッドに倒れ伏した。サンタクロースは存在しないけれど、“サンタクロース”から手紙をもらったのはきっとイルミだけ。
 クリスマスは終わってしまってまた何でもない日が始まっていくけれど、これさえあれば明日からも頑張れるだろう。もう一度メッセージカードを眺めたイルミは自然と口角が上がるのを感じた。本当はこうやって感情を表に出すのはあまりいいことではないのだが、今日だけは許してほしい。

 なんてったってイルミはまだ子供で、それもとびきりの“悪い子”なのだから。



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