■ さようなら、お幸せに
「それじゃ、フィリアが一時期ハンター協会に拘留されてた理由ってそれなの?」
「あぁ、小さいとはいえ、村一個壊滅させたんじゃ。本人も力の使い方がまだわかっておらんようじゃったし、拘留というか保護みたいなもんじゃな」
祖父が仕事から帰って来るなり、イルミは聞きたいことがあると言って呼び止めた。フィリアに聞いても埒が明かない。ただあの有様は念の制約であるらしく、深く聞こうにもただ「追い出してくれ」としか言わなかった。
もちろん、イルミとしても厄介事は抱え込みたくないのが本音だ。今は部屋が荒れるくらいで済んでいるが、これ以上どうなるかわからないのでフィリアを手元に置いておくのは非常にリスクが高かった。けれどもうずくまって泣いていた彼女を目の当たりにして、すぐに追い出す気になれなかったのも本当だった。
イルミは彼女に一体何があったのか知りたかった。どうしてあんな制約にしたのかも。
そしてフィリアを紹介してきた祖父ならば何か知っているかと思って、尋ねてわかったことがこれだった。言われてみれば8年ほど前、ニュースになっていたように思う。滅茶苦茶に荒らされ皆殺しにされた村人に、表向きは賊の仕業なんて言われていたが、実際のところはその村人全員が不審死を遂げている。賊なんてどこにも存在しなかった。
「じゃあなんでそんな危険な物を……」
「正しい師についてフィリアは自分の能力と折り合いをつけられるようになった。前は距離や移動先の精度もいまいちじゃったそうだが、生業に出来るくらいまで高めた。わしらは今まで通り、期間を空けて仕事の時だけ呼び出してりゃ問題ない」
「それは……そうだけど……」
「そうだけど何じゃ?迷惑はかけないからイルミに制約のことを言わないでくれ、と言うのが条件だった。今後あの子が仕事を引き受けてくれるかどうかはもうわからんが、今はとりあえず帰ってもらわねばならんの」
「……」
まったくもって祖父の言う通りだ。フィリアをうちに置いておくことはできない。危険すぎる。イルミは返す言葉もなく、自室へと引き返すしかなかった。フィリアはまだそこにいる。おそらくまだうずくまっている。
鍵をかけた扉の前で、イルミは立ち止まった。自分は彼女にあの村の人間と同じことをしているんじゃないだろうか。イルミにとってはどうでもいいことのはずなのに、それがすごく胸の内で引っかかった。小さく溜息をついて、中に入る。
「フィリア、」
相変わらず部屋は酷い有様だったが、フィリア自身に怪我はないようだ。声をかけると今度はすぐにこちらを向いて、諦観の色濃く滲んだ瞳でこちらを見る。荒れ果てた部屋に一人ぽつねんとしている彼女は、ひどく儚げで綺麗だった。
「もう話は決まった?」
「……」
話というのはフィリアを追い出すかどうかの話。イルミははっきりと答えないで彼女の傍に寄った。どんなに気を遣って触れても彼女が壊れてしまいそうで、伸ばしかけた手は控えめに元の位置へ戻るしかない。「ごめん」一体何に謝っているのか自分でもわからなかったが、気づけばそう口にしていた。
「……いいの、最初に言わなかった私も悪かったし」
「フィリアはさ、どこにも落ち着けないの?」
「うん、だから恋人の話も嘘」
「……どうにかならないの、それ」
「ならないよ、制約だもん」
彼女はゆっくり立ち上がると、服についた汚れを手で払う。そしてまるでこれ以上話すことはないというみたいに、目も合わせてくれなかった。
「部屋ごめんね、仕事のことは……考えさせて」
「フィリア、」
「イルミのこと、好きだったの」
遮られた続きに、自分は何を言おうとしていたのだろうか。
彼女の言葉の意味を理解した瞬間、頭の中が真っ白になる。唇は彼女を引き留めようと動いたけれど、肝心の声は出なかった。
「さよなら」
フィリアは最後にそう言うと、静かに部屋を出て行った。
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