- ナノ -

■ 気づかない、気に入らない

「わからないんだ、どうしても」

困り切った様子の弟の言葉に、イルミは表情に出さず内心で驚く。確かにミルキはあまり暗殺向きではなかったけれど、情報収集に関してはこの家の誰よりも秀でているし、そこはイルミも信頼していた。

だが、そのミルキをもってしても、フィリアの恋人が誰なのかわからないというのだ。
まだあれから2日しか経っていないと言えばそうなのだが、どう考えても相手は只者ではないだろう。ミルキが自分の言いつけた仕事に手を抜くとも思えず、イルミは黙り込むしかなかった。

「イル兄、ほんとに俺も一生懸命探してんだけどさ……」
「わかってるよ」

しかし返って怒らないことがミルキを不安にさせたのか、頼んでもいないのに余計な弁解を始める始末。

「せめてもっと情報とかあれば……」
「直接聞けって言うの?フィリアに?オレが?」
「あ、いや……そこまで言ってはないんだけどさ……」

お望み通りすごんで見せれば、ミルキは冷や汗をかきながらキーボードに指を走らせた。「じゃあもう少し時間をくれよ」「……いいよ」まぁ、相手はあの全く靡かないフィリアを落とした男だ。舐めてかかっていたこちらのミスと言われれば否定はできないし、そんな自分にも腹が立つ。
イルミは無意識のうちに舌打ちをすると、少し屈んで画面を覗き込んだ。

「ってか……イル兄その男見つけてどうすんの?」
「え?もちろん殺すけど」
「なんで?」

「なんでって……」

邪魔だから、に決まってる。そんなこともわからないのか。しかし当たり前すぎる質問にちょっぴり虚をつかれて、一瞬反応が遅れた。

「フィリアってそんなに男に入れあげてんの?
……言いにくいけど、普通に仕事してくれてるんなら別に、」
「放っておいてやれって?」
「あ、いや……うん、まぁ、イル兄が気に入らないってんなら俺は協力するけど!」

どうやら知らず知らずのうちに不穏なオーラを出してしまっていたらしく、ミルキは取り繕うように引きつった笑みを浮かべる。
確かに、弟の言うことにも一理あった。念の制約で連続使用ができないのなら、フィリアがゾルディック専属の能力者になっても今と大して変わりない。口説き落としたところで依頼料が浮く程度のメリットならば、この労力とは釣り合わないような気がした。

「ま、どのみち、取引相手の情報が多いに越したことはないからね」
「わかったよ」
「じゃ、引き続きよろしく」


なんだか腑に落ちない。

それがミルキの部屋を出たイルミの感想だった。
自分は何にこんなに拘っているんだろう。酷く子供じみているが、もしかすると自分の思い通りに行かないから気に入らないのかもしれない。それならばいっそ無理やりにでも自分のものにしてみるか?
どうせ明日また彼女はやってくる。

イルミはそこまで考えて、ふう、と溜息をついた。
だんだん自分でも何をしたいのかわからない。そもそもなんでフィリアはあんなにも自分を避けるのだろう?
確かにこちらも純粋にではなく、確固たる目的を持って距離を縮めようとしたが、別に過度にスキンシップをしたわけでもどこかの奇術師みたいに甘ったるく口説いたわけでもない。ただ、イルミにしては大目に言葉を交わして、気遣っているふうを装い、ちょっと食事に誘っただけじゃないか。一体何が問題だったと言うんだ。

考えれば考えるほど苛立ちが募って、イルミは廊下を歩く足を速める。

明日こそは。明日こそは何が何でも。
多少強引なやり方だったとしても、構いやしない。


[ prev / next ]